第9話 甘えるな
(……中谷は、引っ張っても流してもスタンドまで軽く運ぶ怪物。だからコースに逆らうことなく、素直にバットとボールをこすり合わせる)
ショートの守備位置からは、キャッチャーの構えがよく見える。
捕手の清水が構えたのは内角いっぱい、強気のチョイス。
(……引っ張る。鈴本がコントロールミスするはずがない。足を三塁側に、迷いなく、大胆に運べ! 一瞬でも
鈴本がインコースに思いきって投げたストレートに、中谷は反応してバットを当てる。
並のバッターなら力負けするところを強引に振り抜き、火を纏う打球は三遊間に飛ぶ。
(……ドンピシャ。手を伸ばせば届く。飛び込む必要のない……俺にとって、理想の守備)
「アウトッ! スリーアウッ、チェンジ!」
試合は、0-0のまま三回の表を迎えた。
「……うっし」
左打席に立った守と相対する中谷は、1度気を引き締め直す。場面的には力を入れるような場面ではないが、中谷は試合の流れを掴むには守を完璧に抑えるべきだと考えていた。
(……コイツのさっきの守備で、俺が引き寄せた流れは再び向こうに流れていっちまった。
初球、中谷はインハイへのストレートを守へと投じる。
結果は空振り。しかも、明らかな振り遅れだ。
(……思った以上に振り遅れた。ストレートの体感速度は、だいたい143~4キロ……今の時代、このくらいで速いなんてヒーヒー言ってちゃいけないわけだが……)
2球目、今度は低めに投じられたストレートに、守は辛うじて食らいつく。……だが、それは当てるのが精一杯という意味でもある。
(……やっぱり、140kmを超えると何かが変わる。理論的なヤツじゃなくて、気持ちの問題だ。昨日戦った140も出ない連中と、今日相手している中谷……コイツらに違いを感じないようにならなきゃ、上のレベルにはいけねぇ!)
「ストライック! バッターアウッ!!!」
最後は高めのボール球のストレートを振って空振り三振。守の第一打席は、三球三振に倒れた。
(……ショッボ。手応えなさすぎだろ……こんなんじゃ、抑えたところでノレねぇなぁ……)
(……これが、今の俺のレベルだ……相手が一定のレベルを越えれば手も足も出ない、ザコ狩り専門……そんなんでレギュラー取れるわけねぇだろうが! 甘えんな森内守! 俺は……俺は……甲子園出てホームラン打って! 結を彼女にしてS◯Xするんじゃ!!!)
4回の裏。三杉学舎大付属の先頭バッターは4番中谷。再び右打席から、球場全体を包み込むような威圧感が放たれる。
(あくまで強気にいきましょう、鈴本さん。それこそ、おちょくるくらいの勢いで)
(了解。お前がビビらないキャッチャーで助かるぜ)
ノリに乗っている鈴本、清水バッテリーはもはや中谷の威圧感にも動じない。
まずは初球、インコースを抉るスライダー。2球目、外角いっぱいへのストレート。3球目、高めのボール気味のストレートでファールを打たせ、4球目は打ち気を逸らすかのような緩いカーブ。
これでカウントは2-2になった。
(……コースに拘った1打席目と違い、2打席目は各所にボールを散らしてくる……かといって、逃げている弱気な感じは一切しない。俺が打つか打たないか、ギリギリのコースを攻めてみて試されてる感じだ……)
(1~3球目はちょっとコントロールミスればスタンドまで運ばれるギリギリのボールで焦らし、追い込んだ直後の4球目で露骨なボールを投げることで更に打ち気に逸らせる。後は今まで溜め込んだ分を、一気に発散させるだけ……インハイへのストレート。これで中谷を釣りだしましょう)
ボールはインハイ。やや高く、ボール気味である。
(これは……打ちたいタイミングで来たら、思わず手を出したくなる絶妙な高さ。ただ、高すぎて振っても凡フライが精々……だがな、俺のパワーを舐めてもらっちゃ困るぜ!)
インハイのボール球を、中谷得意の力任せのバッティングで振り抜いた。
(……なんちゅーコンパクトで無駄の一切ないスイング……最短距離でバットを出しているクセに、打球の飛ばし方自体は力任せの強引なそれ……助っ人外国人かよ!?)
打球は、どこまでも高く昇る。高く、高く、高く。途中で雲に紛れて外野が行方を見失うほど、高く昇ってから落下をはじめ……レフトスタンドの最前列に打球は落ちた。
(んなぁっ……嘘だろ? アレでスタンドまで持っていくのか!?)
(あまりにも高く上がった分、レフト側に僅かに吹く風に影響される時間が増えて……普通なら外野フライになるところが、あそこまで伸びたのか?)
会心の当たりではなかったとはいえ、それでも中谷が規格外のパワーを見せつけて三杉学舎が1点を先制。
しかし、勝負はまだ始まったばかり。打った中谷も、打たれた鈴本と清水も、すぐに気持ちを切り替えて自分のすべきことと向き合うのであった。
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