第5話 頑張るのはご褒美のため
9月6日、土曜日。秋のサバイバル第一試合、vs平沢学園戦が始まっていた。
『9番、ショート……森内クン』
この試合、守はスタメンで出場。しかし非主力組が中心に出る試合に出されたということが、今の彼の立場をよく表していた。
(……流石に守の守備力を考えれば、ベンチから外されるようなことはないはず……でも、このままじゃレギュラーはまず無理! このサバイバルで結果残さなきゃいけないわよ! 守!)
「………………フー………ッ………」
しかし、今の守はもう以前までの守ではない。死に物狂いでレギュラーを取って甲子園に出場し、愛しの結と付き合うためにとにかく貪欲にヒットを狙っている。
(……甘い球を打って、それ以外を捨てる……それだけだ。ボールをよく見ろ……)
ランナー無しの場面で、打席には9番打者。投手は油断し、気を抜くタイミングである。
(……高い! 打ち頃だぜ!)
コンパクトに振り抜かれたバットが弾いたボールは、素早く一二塁間を抜けてライト前へと落ちた。
森内守、実戦では4月以来、26打席ぶりの外野へのヒットである。
「やったぁ! スゴいよ守!」
(うおっしゃあ! これでハグゲットぉ!)
やる気を出した守の勢いは止まらない。第2打席は
「……ボール!」
(……初球はボールで見送ったけど……あのファースト、随分勢いよく前に飛び出してきたな……甘いボールが来たら、狙ってみるか……)
2球目、前進している一塁手の元に打球を転がさせるために内角へとストレートが放られる。
が、これは守が狙っていたドンピシャのボールだった。
(……あらかじめベースから遠い位置に立って、内角のボールに余裕を持って対応出来るようにしておいた。後はちゃんと、ボールが一塁側に転がるようにバットの角度を調整して……当たる瞬間にバットを引くんじゃなく、押す!)
一塁側に、勢いの強い打球が飛ぶ。思いの外勢いの強かった打球に、前進しすぎた一塁手は対応することが出来ず……打球は一塁手の脇を抜け、転々と転がっていった。
「プッシュバント!」
「これで2安打目! いいぞー守!」
(ッシャー!!! ハグ×2だから……なんだ? 押しつけられる胸の感触を存分に味わえばいいのか?)
そして3打席目、再びランナー無しの場面。
バッテリーはここまで2安打の守を警戒し、ストレートにカーブやチェンジアップを織り混ぜた投球で翻弄しようとする。
(……でも、コントロールはよくない。必ずどこかで甘い球は来るから、それまでひたすら……ファールで粘る!)
クサいところは徹底してカットし、泥臭くボールに食らいつく。カッコつけてプレーしていた以前までの守は絶対にしないようなバッティングで、実に10球を粘った後……
「……甘い!」
高めに抜けたボールを、綺麗にセンターへと返したのであった。
「やったあー!!! スゴいスゴいよ、守! 人生初の猛打賞じゃない!?」
「……へッへへ……これで……結と……」
守の頭にあるのは邪念ばかりだが、そんなことは本人以外の誰も知る由がない。
彼が確かに残した結果を見た全員が、守のことを見直したのだ。
(……練習の時からスイングが鋭くなったと思っていたが……実戦でもそれを見せてくれたか。……後は、強豪相手でも同じように打てるか否か、だな)
そう監督は満足そうに笑い、主力組として試合を観戦していたエロガッパ三人衆は……
「……エサやり作戦、効果は抜群だ!」
「沢登のヤツ、森内にどんなエサ渡しやがったんだ……?」
「……俺にはなんとなく分かるぞ、門倉、柳生……男がここまで力を発揮出来るモノ、そして……
「……『エロ』か!?」
「正解だこん畜生ッッ!!!」
相変わらずである。
朱護学園高校と平沢学園高校の練習試合は、10-1で朱護学園がコールド勝ちの圧勝。守は3打数3安打の猛打賞で、監督から明日のスタメン抜擢も告げられた。
そして、この日の練習が終わり……守と結の家の近くにある公園まで辿り着くと、いよいよ守が今日の本題を切り出した。
「……この物陰なら誰も見てないだろうし……いいか?」
「……うん、いいよ。……約束、だもんね」
正直、結は恥ずかしがっていた。口で誘う時はあんなにノリノリだったクセに、いざ本番になるとビビる自分に結は少し嫌気がさす。
それでも、1度した約束を破るわけにはいかない。自分自身を、守を活躍させるためのエサにすると決めた時の決意を思いだし……結は、守を抱き締めた。
「……………………おおぉ……」
「……今日は、お疲れ様……よく頑張ったね、守」
ずっと好きだった結に抱き締められている。この喜びによって、守は既に昇天寸前になっていた。
しかし、彼は必死に自我を保つ。五感のうちの触覚に全ての神経を集中させ、自分に密着する結の体の感触を……特に、彼女の柔らかい胸の部分に意識を集中させていた。
「……もう、いい?」
「……ち、ちょっと待ってくれ……なあ、折角猛打賞打ったんだし、もうちょっと要求していいか?」
「え、いいけど……何したいの?」
「……その……俺も、結のこと抱き締めても……いいか?」
「……なあんだ、そんなことか……うん、それなら全然いいよ」
「本当か……そ、それじゃ……」
結の許しを得たことで、守は思い切り彼女の体を抱き締めた。
この時守は、自分よりも小さい結の体がどれだけ細くてか弱いかを肌で感じ……結は、いつの間にか自分の思っていた以上に守の腕が、体が、1人の男らしい頼りがいのあるそれに成長していたことを、改めて知ることになった。
「……ありがとう、結……えっと、明日の試合でも活躍したら……また……」
「もちろん、いいよ。……結構、満更でもない気分だもん」
そう。結は自分の思っている以上にこの瞬間に幸せを感じられていることに気づいたのだ。……もしかしたら、自分は……自分が思っていた以上に守のことが好きなのかもと、結はそう思っていた。
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