第3話 ムッツリはチョロい

「あのムッツリ野郎の性癖は、1に沢登おまえ、2に胸、3に唇だ……よーく覚えとけよ?」


「……何言ってんの? アンタ……」


 結は、船曳の言うことがまったく理解出来ていない。が、当の船曳はいかにも言ってやったという感じの得意気な顔をしている。


「話は終わりだ。俺達は甲子園目指して1秒でも長く練習しなきゃいけないんだからな」


「あっ、ちょっ……待ちなさいよ船曳! ……何が言いたいの? アイツ……私が、守の性癖って……」


 困惑する結の声を背中で聞きながら、船曳はグラウンドへと戻っていく。とはいえ船曳の言動に困惑しているのは結だけというわけではなく、門倉、柳生も船曳の真意を理解しかねていた。


「……何がしたいんだ? 船曳……」


「あんなことばっか言うから大将はモテないんじゃねぇか?」


「うっさい! 俺だっていろいろアイツらのコト考えてんじゃ! 一応キャプテンだぞ俺!」


「……考えって?」


「……お前らもとっくに分かってんだろ? 森内が沢登のコト好きだって。それを知ってるからこそ、俺らはどんなに女に餓えても沢登には手ェ出してこなかったんだ」


「……まあな」


「俺も欲しかったぜ、幼馴染み」


「俺達ゃずっと、我慢してきた。陰ながら、アイツら2人を応援してきたつもりだ。……だがな、もう我慢の限界だ。森内のムッツリに任せても状況が変わらないんなら、俺達が無理矢理動かすしかねぇだろ」


「にしては、動かし方が強引な気がするけどな」


「でも、こっちの方がオモローよ」


「だろ? ま、これから俺らは経過を見守るだけだ。果たしてアイツらはくっつくのか、森内は打てるようになるのか……楽しみだぜ」






「……何ボーッとしてんだ? 結」


「……守……」


 ベンチの裏の壁にもたれて考えを纏めていた結のもとに、守が姿を現す。相変わらず守は無表情で何を考えているのか読めないが、結は船曳の言葉のせいで守のことを変に意識してしまっていた。


「……もうすぐ練習再開すんぞ。早くグラウンド来い」


「うん……その前にさ、1ついいかな?」


「……何を?」


「……守は……何が好き?」


「……何って……急にどうした?」


「いや、聞きたくて……守がさ、これのためなら頑張れるっていうものがあるのかどうか……知りたくてさ」


「……これの、ためなら……」


 守は何かを言おうとしているが、言葉としてはそれを出せずにいる。言いたくても、言えない、そんな自分に嫌気がさしているのか、守は己の唇をぐっと噛む。


「……私は、守」


「……俺?」


 そんな守を見て、結は再び船曳の言葉を頭の中でループさせる。

 もし、船曳の言うとおり守の性癖が自分だとしたら……あらゆる仮定のシミュレーションをした上で結は、意を決して大きく1歩を踏み込んだ。


「……うん。守をレギュラーにするためなら……私はなんだってするつもりだよ」


「なんだってって……なんで? 急に何言ってんだ、お前……」


「それだけ、私は守の守備が好きだってこと。……途中出場なんかじゃなくて、スタメンフル出場で見たいくらい惚れてるってこと」


「……俺の……守備に……」


「……そのために、守にはもっと打ってほしい。だからさ、守。私は守が頑張るためなら、なんだってする。……だから、私は守にエサを与えるよ、」


「……エサ……だと?」


 結の覚悟は決まった。守のためなら、自分は喜んで彼のエサになるという覚悟が。


「うん、そうだな……じゃあ、試合でヒット1本打ったら、ハグしたげる」


「……はっ、ハグ!? 何言ってんだ、お前……!」


 結の言葉を聞いた守は、らしくもなく顔を真っ赤にして動揺している。そんな守の反応を見た結は、守が本当に自分のことを好きなのかもしれないと思い始めたのである。


「……打点なら……キスまであげちゃおうか?」


「キ、キキキ、キスて、おま……」


 結は、守の反応を見るのが楽しくなってきていた。いつもはクールぶって格好つけている守が、自分というエサに息を荒げて反応している様を見るのが。


「……もし、ホームラン打てたら……どうしよっかな……?」


「……キ、キスの、その先といったら……え、えっと……やっぱり、アレ……」


「……そうだね。キスのその先は……守の想像にお任せしようかな?」


 気分が乗ってきている自分が、不思議だった。自分の本性は、こんな風に男をもてあそんで楽しむ女なのかと、自分に幻滅している。

 それでも、結は思わせ振りな仕草をやめることはない。自分が守を誘えば誘うほど、興奮している彼の気力がみなぎってきているのが分かるから。


「……守」


「……は、はい……」


 結は、これでもかと守に顔を近づける。守の顔から発される熱が自分の顔に当たって、自分の顔も赤くなっていくのを感じていた。


「……私のコト、好き……?」


 そう迫ってくる結を前にして、守はとうとう隠し続けてきた思いを全てブチまけた。


「……好きだよ。大好きだ。リトルの頃からずっと、俺はお前が大好きだ!!!」


「なら、私を手に入れるために頑張ってくれる?」 


「もちろん!!!」


「……ありがと。それじゃ……」


 守は、エサに食いついた。後は、導くべきところまで彼を釣り出すだけだ。


「……もし、守がレギュラーになって甲子園出場したら……あなたと付き合ってあげる」

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