第2話 男が食いつくエサはみんな同じ

「ドラアァ!」


「ウガアァ!」


「目指せ甲子園ンッ!」


 夏休み最終日である8月31日。新チーム2度目の対外試合は圧勝だった。

 相手は夏の神奈川大会でベスト8に入った新興校、藤礼とうれい高校。先発はプロ注目の投手であり、甘いマスクも相まって高校野球ファンからの人気急上昇中の左腕、神谷かみやだったのだが……


「死に晒せイケメン!」


 初回から朱護学園打線が大爆発。神谷を2回8失点でノックアウトし、試合も17-0の圧勝となった。


(……スゴいな。新チームはエース鈴本君を筆頭に守備は堅いが打撃に不安って出来だったけど……プロ注目の投手相手にコレなら、秋の大会も優勝出来るかも……!)


「結、アクエリ頂戴ちょうだい


「あっ、うん……はい、守」


(まあ、そんな中でも守は相手のエラー気味の内野安打1本……ヤバイな。いくら守れても、そろそろスタメン外されても文句言えないぞ……)


 結が守の現状に危機感を抱いている一方、ネット裏では主将の船曳が記者からのインタビューに答えていた。練習試合ではあったが、神奈川四天王の一角とプロ注目の投手の対戦というだけはあり、マスコミもそれなりの数が集まっていたのだ。


「そうですね……好投手である神谷君を打てたのは、日頃の練習の成果をしっかりと出し切れたのもありますが、やはり1番の要因は……」


「……要因は?」


「……練習試合にも関わらず、大挙して応援に駆けつけてくれた(女性)ファンの声援のお陰です!」


 そう。この日は藤礼のイケメンエース神谷と朱護学園のイケメンエース鈴本の投げ合いということもあり、女性ファンが大勢グラウンドに応援に来ていたのだ。

 朱護学園打線の爆発はそれへの嫉妬心の爆発に他ならず、あわよくば神谷をボロッカスに打ち崩すことで女性ファンを奪ってやろうかとも考えていたのだ。


「船曳クーン! カッコいいー!」


「小久保クン可愛いー!」


「門倉クンと柳生クンの筋肉スゴーい! 触りたーい!」


 鳴りやまぬ女性ファンからの声援。それを聞く朱護学園ナインは、グラウンドでは平静を装いながらもベンチ裏では気持ち悪いほどニヤニヤしていたのだ。


「ああ……これだ……俺達はこの時を待っていたのだ……」


「この快感を得るためなら、いくらでも辛い練習を乗り越えられる!」


「女のためなら、俺達は強くなれる……!」


 女にモテたい。その一心で結果を残した結果を残した船曳達を見て、結は考えを巡らせていた。この作戦を、なんとか守を打たせるために使えないものか。何か守にエサを与えることで、絶対打ってやるという気持ちを彼に植え付けられないものかと。


「……ねぇ、船曳。ちょっといい?」


「……どうした、沢登? もしや俺に告白……」


「キモい、違う、そうじゃなくて……守の性癖、アンタ分からない?」


 普段は真面目なチームのマネージャーが、突然チームメイトの性癖を聞いてきた。その衝撃たるや、話を聞いていたエロガッパ三人衆、船曳、門倉、柳生が揃って目を点にするほどだった。


「……沢登、言わせてもらうけどさ……お前の今の発言の方が、よっぽどキモいぞ」


「だああ、うるさい! 私もそれは分かってる! ていうか言い方を間違えた!」


「言い方? つまり何が聞きたいんだ? 俺達の性癖?」


「アンタらのそれに興味はない。……えーっと、私が聞きたいのはさ、守を釣れるエサは何かないかってこと。アンタらが女に釣られて打ちまくったみたいなことを、守にもやらせたいんだよ」


 それを聞いて、ようやく三人衆は結の意図を理解する。

 とにかく結はどんな手段を使ってでも守を打てるようにして、守備の要である彼をレギュラーにしようとしているのだ。


「……なるほど……まあ確かに森内の守備と打撃を見ていれば、何とかしてもっと打ってもらいたい気持ちも理解出来る……」


「まあ、アイツが9イニングショート守ってくれりゃ、1試合の失点も1点……場合によっちゃ2点防げるからな」


「そう! でも守の打撃じゃ、敵の得点よりも味方の得点の方が減るのがオチだ! でも、守が人並みに打てるようになるだけで……」


「甲子園のマモノに立ち向かう、武器に成り得る」


「そういうこと。私が思うに、守が打てないのは技術よりもメンタル的な問題だと思うんだ。守は自分が練習してもどうせ打てないと思い込んでるだけで、真面目に練習さえすれば絶対打てるようになる!」


 守は打率こそ低いが、バントは上手く選球眼もいい。つまり、ボール自体はよく見えているのだ。三振の殆ども見逃しの三振であり、バットにボールを当てる技術自体は打率0~1割をウロウロするレベルのバッターではないはずなのだ。


「……そうだな。いいぜ、俺もお前と気持ちは同じだ。森内の打撃改善作戦、協力するぜ」


「本当!? 助かるよ船曳! それじゃあ早速……」


「分かってる。あのムッツリ野郎の性癖だろ? 心配すんな、去年の合宿で同部屋になった時に聞き出してやったぜ」


「う、うん……別に性癖じゃなくてもいいんだけど、まあいいや。聞かせて」


 とにかく、守を突き動かせるエサならなんでもいい。守をレギュラーにするためなら、自分はなんでもやってやる。……そう思っていた結に、船曳が提示した守を釣るエサは……


「……お前だよ、沢登」


「……は?」


「森内の性癖は、お前だっつってんだよ」

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