目指せ欲望の甲子園

竹腰美濃

第1話 思春期の男は例外なく猿

 夏真っ盛りの8月。全国の高校球児達が憧れてやまない夢の舞台、甲子園での激闘に日本中が湧いている。

 しかし、その夢の舞台に立てるのはたった49チームの選手のみ。それ以外の数えきれないほどのチームは、甲子園での激闘の裏で、いつも通りの血と汗にまみれた夏を過ごしているのだ。


 8月20日、14時頃……神奈川県鎌倉市、私立朱護しゅご学園高校野球部グラウンドにて……


「ヘイヘイピッチャービビってるぅ!」


「ナイッセーン!」


一死ワンアウト満塁! 二遊間はゲッツー! それ以外はホームでアウト取れ!」


「外野! 相手4番だ! 間抜かれないよう下がっとけ!」


 朱護学園高校vs横浜蒙光もうこう高校の練習試合は、9回表、一死満塁の状況を迎えていた。打席には神奈川ナンバー1スラッガーとの呼び声高い4番、原田。185cm92kgの体格から高校生離れした威圧感を放つ原田に対し、マウンドの朱護学園エース、鈴本は不敵に笑う。


(……鈴本……フッ、お前は本当によく笑う奴だ)


(野球は楽しまなきゃソンだろ? 原田クン)


 気温35℃の炎天下の中、汗だくになりながらも鈴本は足を上げ、腕を振るう。

 インコースいっぱい、147kmのストレート。並のバッターなら詰まらされるところを、原田は力でそれを強引に飛ばす。


「!!!」


 打ち返したボールは、マウンドの鈴本のすぐ右側に向かってライナーで飛んでいく。鈴本は反射的に左手に着けたグローブを打球に向けて伸ばすが、到底間に合うことなく打球は抜けていく。


(全然届かねぇ! 打球速度速すぎるんじゃ!)


(決まった! 華麗なセンター返し……)


「よっ! ……っと」


 しかし、打球は外野まで届くことはなかった。ショートが横っ飛びでライナーを捕球。そのまま、セカンドランナーが飛び出していた二塁ベースをタッチして……


「アウッ! ゲームセット!」


 朱護学園高校vs横浜蒙光高校、『神奈川四天王』同士の練習試合は2-1で朱護学園が勝利した。






「ナイスキャッチ! 最後のプレースゴかったじゃん、守!」


 試合が終わり、お互いの健闘を称え合った選手達がグラウンドに戻ってくると、朱護学園マネージャーの沢登さわのぼりゆいが殊勲の選手に声をかける。

 その選手こそ、最後のスーパープレーでチームを救い、試合を終わらせたショート、森内もりうちまもるである。


「いや……あれくらい普通だろ。原田は今日の試合、鈴本のストレート相手には徹底してセンターから右方向へのバッティングに徹していた。だからあらかじめ守備位置をセンターに寄らせていたわけだし……むしろ、あれなら横っ飛びせずに取らなきゃダメだ」


「理想が高いなあ……その守備への拘りを、もう少しでも打撃に向けてくれればいいのに……」


 結と守は、小学生のリトルリーグ時代からのチームメイトだ。当時は2人で二遊間を組んでおり、中学生になって結が選手を引退してからも、守の練習には付き合い続けてきた。

 守の守備力は、リトル時代から他と比べて頭一つ抜けていた。打者の打球傾向や打席での仕草によって1球ごとにポジショニングを変え、他の選手よりも1歩早く動き出し、ファーストの胸元へと寸分たがわぬストライク送球をする。

 横っ飛びやジャンピングスローのような派手な動きはせずとも、難しい打球を難なく処理する玄人好みの守備力。それを1番近くからずっと見てきた結は……守の守備に惚れていた。彼の守備力は高校生ナンバー1、今からでもプロで通用すると、結は本気でそう考えていた。


 だからこそ、結は歯痒はがゆく思っていた。そんな守備力を持つ守が、壊滅的な打撃力のせいで高校野球のレギュラーすら奪えていない現状に。


「3年生が引退した後はじめての対外試合で、スタメン抜擢……監督が秋のレギュラー候補の筆頭だって言ってくれたようなもんなのに、結果は2打数無安打ノーヒットの2三振……これで、高校通算打率は0割台に突入したかな?」


「興味ないね。今日の打撃バッティングは送りバント1個決められたから満足だ」


「それで満足されたら困るんだって! 守はあんな、守備だけでお金取れるほどのセンスがあるのに、打てないからってレギュラー取れないのは勿体もったいないよ!」


「野球は点取りゲームだ。打てない奴がスタメン外されるのは当然だろ」


「だーかーらー! スタメン取るために打てるようになろうって言ってるんじゃん! 今の守は、ハナっから打つこと諦めてるのがイライラするんだよ!」


「はぁ……俺だって、打てるようになるんなら打ちたいよ。……でも、ガキの頃から俺を見てる結なら分かるだろ? ……俺に打撃の才能はないって」


 そう言い残して、守は試合後のグラウンド整備へと走っていったのだった。






 この日の練習が終わり、野球部員達はそれぞれの家路へとつく。朱護学園は強豪ではあるが選手は地元、神奈川の選手中心であり、そのため強豪がよくとる全寮制も採用していない。一部の野球留学生以外は、こうして家から学校へと通っているのだ。


「男気じゃんけんじゃんけんポン!!!」


「んなぁ……じゃなくてよっしゃあ! 今日はコロッケ全部俺の奢りだぁ!」


「ヨッ、流石はキャプテン!」


「藤沢のエロガッパの名はダテじゃねぇ!」


「誰がカッパじゃ! 俺は藤沢の若大将、船曳ふなびき裕也ゆうや様だ!」


 今日も学ランを着た猿達がワイワイ騒ぎながら、夕焼けに染まる鎌倉の街を歩く。そんな集団から一歩離れた所を歩きながら、結は冷めた目でコロッケを歩き食いしていた。


(いつもいつも騒がしい……ったく、コイツらの騒音のせいで古都鎌倉の風情が台無しだよ……)


「…………」


(その点、守は静かでいいわぁ~。あーあ、他のみんなも、もうちょっと守のクールさを見習ってもらいたい……)


「……あっ、テンちゃん! 今帰り?」


「……おっ、カナぁ~。うん、今帰り~!」


 野球部が歩く道路の反対側の道から、朱護学園の制服を着た女学生が野球部に……正確には、エースの鈴本すずもと天明てんめいに向けて声をかけてくる。


(あれは……確か鈴本君の彼女さんだったっけ。つーか鈴本君、ホントに彼女の前だとギャグみたいな顔になるなぁ……)


「ちょうどよかったぁ。じゃあさ、今から一緒にあっちに出来たお店行かない? 美味しいクレープがあるって評判なんだ~」


「ホント? 行く行くっ! 今すぐ行く!」


「うん、行こっ! ……じゃあ、野球部の皆さん、お疲れ様でした! 甲子園目指して練習頑張って下さいね!」


 鈴本がスキップしながら道路を渡って彼女の元へと向かっている間に、鈴本の彼女は野球部に向かって深くお辞儀をしてから爽やかな笑顔を見せる。その笑顔に野球部全員が癒されたのも束の間、彼女の肩を掴む鈴本の勝ち誇ったような顔を見ると人様に見せられないような顔をするのであった。


「だああー! 羨ましい! なぜ俺達は強豪朱護学園のレギュラーでありながら女にモテないのだ!」


「キャプテン! それは甲子園に出ていないからであります!」


「ミーハー女子にとって、甲子園に出ていない高校球児はただの高校生の猿! 俺達顔の良くない男がモテるには、甲子園のスターになるしかない!」


「やっぱそうだよなぁ! よっしゃあ、それじゃあ甲子園目指して特訓あるのみ! イケメン鈴本に天誅を下せ!」


(味方の鈴本君に天誅下してどうするのよ、猿ども……ま、こういう話題はやっぱり高校生好きよねぇ……私も高校生だけど)


 結は上目遣いに、隣を歩く守の顔をチラリと見る。守はチームメイトの騒ぎぶりなど意にも介していない様子で、携帯の画面をジーッと見ている。


(……守はこういう話にも興味はないのか? アンタも一応高校生でしょ? あそこまで女女言うのも嫌だけど、そこまで反応ないと逆に心配に……アレ? 今一瞬チラッと見えたけど、携帯の画面が真っ黒だったような……)


「甲子園に行って~……女にモテる!」


「セブンティーンの読モと付き合う!」


「バカ言え! それよりも国民的美少女グランプリだろうが!」


「甲子園出場程度でそんなのがイモ臭い高校生に寄り付くかよ! どうしてもそんな高嶺の花を掴みたいなら……」


「……なら?」


「甲子園優勝! ついでに熱闘甲子園に特集されてスターになるんじゃ!」


「うおおおお~! 甲子園! 甲子園!」


 高校球児は日本では神格化されているとはいえ、実像はまだ10代の高校生である。

 野球はもちろん大好きだし、他を全て投げ捨ててでも本気で打ち込む覚悟も持っている。その上で彼らは、溜め込まれた性への欲求の解消を目指して甲子園への決意を新たにするのであった。


「……ああ、めまいがしてきた」


 まあ、そんな男の事情は女にとっては知ったこっちゃないのだが。

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