第4話 ブレスレットは誰の物?


 角を曲がったところで。

 ぶつかりそうになった。

 同い年くらいの女の子。


 びっくりさせたようで。

 尻もちつかせちまった。


「ごめんね!」

「ううん?」


 迷いの森を抜けて安心しきったところにこんな罠とは……。


 なんて巧妙な!


 でも、無事に回避できた俺は。

 女の子の手を引っ張って立たせながら。


 この罠の意味について考えた。


 ……もしこれが、テキの仕掛けたものだとしたら。

 上手く回避できた俺にはご褒美が待っているに違いない。


 何かのアイテムか。

 財宝の情報か。


 いや?


 それとも。

 まさか。



 ……パーティーメンバー?



「お前、操舵手?」

「え? ……違う」

「じゃあ航海士?」

「違う……」

「じゃあなんだよお前。ただの迷子か?」

「そ、それ……、で、いいかも?」


 それでいいって。

 変な言い方しやがるな、この迷子。


「なんだ。じゃあ、帰り道教えてやるよ」

「そ、そう?」

「どこの駅だよ、お前んち」


 俺が地べたに海図を広げて胡坐をかくと。

 女の子は、辺りを見回して。

 しばらく逡巡した後。


 白いドレスを膝裏に折り込んで。

 しゃがみながら、一緒にのぞき込む。


「ほら。どこだ?」

「……どこって?」

「お前んちがあるの、どこの駅かって聞いてるんだ」

「知らない」

「知らないわけないだろ。よく探せよ」


 俺の言葉を聞くたびに。

 誰かを探して困った顔しやがる迷子が。


 急に、長いまつ毛の目を見開いて。


「あ……。ここ……」


 ようやく。

 地図の隅に書かれた駅を指さしたんだが。


「へへっ。……やっぱり、な」

「やっぱり?」


 目的地が同じってことは。

 やっぱこいつは仲間になるってわけだ。


 ただ…………。


 ここに住んでるって。

 ほんとかな?


 たしかにあそこ。

 家みたいのはいっぱい建ってるけど。


 いいなあ。

 毎日アトラクション乗り放題じゃん。


 よし、大きくなったら。

 俺もここに家を建てよう。



 ――そして今更気付いたけど。

 この子、凄い綺麗なドレス着てる。


 あそこに住んでて。


 ドレス。


「……まさか、お前、お姫様?」

「え?」

「キラキラなお城に住んでるの?」

「キラキラ……、じゃ、無いかも……。いつも暗いかも」


 まじか。

 そりゃ悪いこと聞いた。



 ……あっちのマンションの方だったのか。



「まあいいや。じゃあ、行くぞ!」

「え? こ、困る。ここにいろって……」

「面倒な奴だな。いいから、電車乗ってお前んちに行くぞ!」

「電車!? 乗る! 乗ってみたかった!」


 散々渋ってた女の子が。

 急に元気に立ち上がると。


 俺の腕を引いて。

 意気揚々と赤い表示の駅に向かって。




 ……ゲートに挟まれた。




 泣くなよ。

 面倒な仲間だな。




 第4話 ブレスレットは誰の物?



 駅と駅とを地下で結んだ連絡路。

 その両側にぎっちりと埋まる。

 ありとあらゆる店、店、店。


 ああ。

 実に懐かしい。


 それぞれが意味を成すのに。

 混ざり合ってただのノイズに聞こえる喧噪。


 左側通行の地下通路。

 エレベーターは追い越したい人が右を歩く。


 すっかり忘れていたけど。

 東京の路上には。



 トロッコの切り替え機が無い。



 どの車両も。

 決まったレールを決まった方向へ。


 ただ機械的に。

 携帯を見つめながら過ぎ去っていく。



 ……でも。



 何人もの男性が振り返るその姿。

 この美貌に類まれなプロポーション。

 しかもミニスカサンタ服といういで立ちの。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 お前のせいで。

 東京の歯車がちょっと狂う。


「……傾国の美女、降臨」

「え?」

「なんでもねえ」



 ――東京の。

 イブの夜。


 独特な緊張感。

 フィルターのかかっていない。

 輪郭のはっきりしたどぎつい赤と緑色。



 大人になったら慣れるものと。

 自ずから求めるものと思っていたけれど。


 ……俺には。

 雪色のクリスマスの方が落ち着くな。


「ち、ちょっと怖い……、ね?」

「お前だってもともと東京住まいだろうが」

「そうじゃなくて……、視線?」


 うん。

 そうだな。


「次にじろじろ見られたら文句言ってやる」

「後ろから誰かに見られてるって思って振り返るとね? 必ず、さっきまで前を向いてた方から見られてる気がして……」


 そりゃそうだろ。

 お前が後ろ向かないと。

 俺がじろじろ見れねえんだから。


「こ、怖い……」

「大丈夫。もう見られねえよ」


 さっき写真撮ったから。


「それより、親父さんたちどこにいるんだ?」

「ちゃんと覚えてないんだけど……」

「たぶん分かるから。言ってみ?」


 東京23区のありとあらゆる駅名、地名。

 完璧に記憶してるからな。


 小さなヒントからでも。

 論理的に導き出してやろう。


 それが大人の推理力。


「お菓子の名前が二つ並んだ感じの場所」

「そんな子供向けなぞなぞある!?」


 分かるかそんなの!


「携帯は!」

「ずっと出てくれない……」

「しょうがねえな……。三軒茶屋とか?」

「違う……」

「千歳烏山。雨間あめま

「もっと、洋風な……」


 うおお。

 これ、見つからねえかもしれねえな。

 だったら何のために出てきたのやら。


 俺は手で顔を覆って。

 やたらと低い天井を仰ぐことになった。



 ――地下通路は、絶え間のない水の流れ。

 まるでさっき使った動く歩道のように。

 流れが途絶えることはない。


 立ち止まることができるのは。

 店の中か。

 俺たちが立ち尽くしている。

 通路の中央だけ。


 右と左。

 行く人と。

 帰る人。


 東京という時間の流れから。

 コロンと転げ落ちたような俺たちが。


 それぞれ、頭を抱えながら見つけたもの。


「あ……、美味しそう……」

「ん? ……よし。お前はあの店にいろ。余計なとこ行くなよ?」

「うん」

「ぜっっっったいだぞ?」

「うん」


 まるでフラグ並みに念を押してから。

 俺は急いでアクセサリーショップへ足を踏み入れる。


 プレゼント交換の結果も待たずに。

 そのままこいつ連れて来ちまったからな。

 代わりになんかあげないといけねえ。


 …………今夜はクリスマスイブだからな。


「ええい、迷ってる暇ねえな。これ下さい!」


 ちょっと高いけど。

 線の細い意匠のシルバーブレスレット。


 ストーンも控えめだし。

 これなら秋乃に似あうだろう。


「申し訳ない! そこに人待たせてるから急いでくれ!」


 店員さんに笑われながら。

 恥ずかしい思いで料金を支払ったけど。


 包みを渡してもらった時に。

 優しくかけて下さった言葉。



 きっと、喜んでいただけますよ。



 その一言が嬉しくて。

 俺は、心からの礼を言って。


 すぐに渡してやろうと意気込んでお菓子屋の前でショーケースを眺めていたはずの秋乃がいねえじゃねえかばかやろう!!!


「ちきしょう! 俺はテンプレって言葉をこの世から駆逐してや……、いた!」


 お菓子屋の向かい。

 赤い服にみっつの白いポンポン。


 でも、そんな秋乃のすぐそばにも。

 縮小コピーのサンタ服。


「あれ? さんたちゃん? いや、違うか」

「さんただよ!」

「お前もか!」


 お母さんと秋乃が笑顔で見つめているのは。

 長めの髪をソバージュにしたさんたちゃん。


 その両手に。

 大きな箱のクラッカーと。

 大きな袋のスナック菓子抱えて。


 今にも落としそうになってるが。


 ……これ。

 代わりに持つって言ったら怒るんだよな。


「ちょっとこの箱持ってろ」

「クリスマスプレゼント!?」

「お前にじゃねえよ。えっと……、もっとこの辺持てお前は。箱の方は……、ちょっとへこませて……」


 微妙な加減だし。

 ここからしばらく歩いてるうちに、またずり落ちちまうだろうけど。


「よし、こんなもんだろ」

「ありがとー!」


 三人目のさんたちゃん。

 お母さんと一緒に離れていくが。


 俺の調整のせいで。

 前が見えなくなったみたい。


 よろよろと歩くのを。

 お母さんがおろおろフォロー。


 責任を感じて、しばらく見守っていたが。

 そのうち人波に飲まれて。

 二人の姿は見えなくなった。


「……やれやれ。それにしてもあのお菓子、すっかり関西土産の定番になったな」

「なにが?」

「小さなころは、東京でも近所で普通に売ってたの……、に……?」


 ん?



 お菓子が。


 二つ。



 クラッカーと。

 スナック菓子。



「お前、親父さんたちがいる場所、まさか、地名じゃなくて……」

「え?」

「リッツ・カールトン東京?」

「あ。それ」


 それ。

 じゃねえ!


 気楽に言うようなとこじゃねえだろ!


「最高級ホテルじゃねえか!」


 唖然とする俺を。

 きょとんと見つめていた秋乃が。


 携帯の着信に慌てて反応する。


 そしてメッセージに目を走らせると……。


「い、急いで来いって。そんなに、時間ないみたい……」

「わかった!」


 俺は慌てて記憶をたどって。

 日比谷線にどう乗り継ぐか算段を立てると同時に。


 ミッドタウンのイルミネーションの中を歩きながら。

 このプレゼント渡せば秋乃が喜んでくれるんじゃないかと考え……?





 あれ?




 ない。





「うわあああああっ!? フラグ立ててたの俺の方だったのか!?」

「わ、分からないけど、急ご?」

「ちきしょおおおおおお!」


 こうして、機械じみた東京の皆さんに。

 人間らしい、驚きの表情をさせながら。


 俺は、決まった速度で流れる通路を。

 人を掻き分けながら走り続けた。



 …………せめてもの救いは。


 さんたちゃんが、心から嬉しそうな顔でありがとうと言ってくれたこ……。



「救われるわけあるかーーーーーっ!!!」

「保坂君。皆さんの視線が、痛い……」




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




「…………こちらになります」

「なっちゃうんだ。そりゃ困った」


 やたらと高い天井にシャンデリア。

 赤い絨毯にタキシードとドレス。


 厳かな生演奏が優しく耳朶を打つ。

 ホテル内の、立食パーティー会場は。



 とてもじゃねえけど、デニムとサンタが入って良さそうな場所じゃなかった。



 それに、よく見りゃ。

 テレビやWEBニュースで見かける政財界の大物がちらほらと。


「うそだろ? なんのパーティーだよこれ」


 …………でも。

 帰るわけいかねえし。


 どうしよ。


「あ。お父様」

「お、おお。おま、行ってきて、あの、いいですぞ?」

「うん。……待っててね?」


 送り出しちゃったけど。

 大丈夫かな、サンタ。


 …………あ。

 おおうけしてる。


「さすが舞浜さんのお嬢様!」

「なんと可愛らしい……」


 あっという間に主役になった秋乃が。

 タキシードに囲まれて見えなくなる。


 その人だかりのそばにいた。

 舞浜母と春姫ちゃんが、俺に気付いてくれたけど。

 他の人とお話し中で、席を外せなさそうだ。



 ……うん。

 会場を出よう。



 テーブルに乗った豪華な料理には後ろ髪引かれるけど。


 あそこまで近づくのもムリだし。

 お皿によそってるとこ誰かに見られたら。

 きっと肝が潰れる。


 でも。

 入って来た扉の方へ。

 返したきびすをぴたりと止めた。


 だって、扉のすぐそばに。


「…………彼の隣にならいてもいいかな?」


 トナカイの被り物で。

 所在なさげにしてる人を見つけたから。



 なるべく意識しないように。

 彼の隣に立つと。


 これでも背の高い方の俺が見上げるほどの給仕さんが。


 飲み物をくれた。



 なんもかんもでけえ部屋だこと。



 やっぱり居心地悪いなあ。

 ここはもう、トナカイさんを観察して時間を潰していよう。


 そう考えて。

 改めてよく見ると……。



 あんたよくそのかっこでここに立っていられるな。



 全身、茶色の毛むくじゃらタイツに。

 顔だけ出したトナカイスーツ。


 でも、このトナカイさん。

 白い胸毛の位置がおかしいだろ。


 ……いや?

 ひょっとして、これ。


 首から前足までってことか。


 胴体と後ろ足の作り物。

 それをずるずる引きずって歩くのが完成形と見た。


 でも、さすがにパーフェクト・トナカイの姿でこんな会場歩いてたら。

 どんな大物に迷惑かけるか見当もつかない。


 外して正解だぜ。


 ……なーんて推理してたら。

 トナカイさんと目があったから。


 お互い、何となく苦笑い。


 うん。

 いい時間つぶしが出来た。



 そんなトナカイさんが。

 何かに気付いて背筋を伸ばす。


 よっぽど大物が近寄って来たのかな?

 俺も正面を向いてみると…………。



「……なぜ秋乃と一緒に来た」


 体の芯が震えるほどのバリトンボイス。

 精悍で引き締まった体躯。

 俳優でもやってるんじゃないかって程のルックスを持つ、この完璧ナイスミドルは……。


「舞浜父……」

「質問に答えろ」


 一度だけ会った時にも。

 こんな態度取られたな。


 あの時、俺は。

 なんとか反撃したかったんだが。


 どうしても。

 言い返す言葉が見つからなかったんだ。



 そして今回は。



 こんなダンディーが後ろ向いたらパンツ丸出しとか。

 あの日見た、ぶっ飛んだ笑いのセンスが脳裏をよぎって。

 思い出し笑いをこらえるので精いっぱい。


「ふん……。答えられぬということは、邪な狙いでもあったということだな?」

「ち、違う!」

「黙れ。ここはドレスコードも知らない田舎者が紛れ込んでいい場所ではないのだよ。すぐに出て行きたまえ」

「くっ……」


 悔しいが。

 ドレスコードと言われたらその通り。


 でも、相変わらずだな。

 その反撃したくなる嫌味な口ぶり。


 顎をさする筋張った手の甲も。

 妙に男らしくて腹が立つ。


「……あんたは随分高そうなスーツ着てるけど。また後ろ半分が裸だったりするんじゃねえのか?」

「下種の勘繰りというものは度し難いな。TPOに合わせるのが私にとってのスーツの概念。服装は心を、名は体を表すものだ」


 ちきしょう。

 この俺が何も言い返せないなんて。


 こんなやつに秋乃を会わせるために。

 俺は頑張って来たのか?


 複雑な思いが胸の中で暴れて。

 今にも口からあふれ出しそう。


 でも、意味を成さない感情だけの言葉をぶつけても。

 きっと鼻息ひとつで一蹴されるだろう。


 ……子供みてえな反骨心。

 せめて、お前の思い通りにはなるまい。


 俺は会場から出ていく気はないと。

 踏ん張る足で、その態度を示すと。


 舞浜父は、軽くかぶりを振っただけで。

 こんな会場に見合う、彼なりのTPO。

 蝶ネクタイと襟元を丁寧に整えてから。

 テーブルへ戻っていく。


 …………そう。


 こいつが背中で物語るTPO。




 茶色い毛並み。

 お尻に生えた尻尾に。

 トナカイの後ろ脚。




「わっははははははははははははははははははははははははははははははははははははは! こいつと合体して歩いてたのかよ!!!」




 踏ん張っていた足もこらえきれず。

 膝を屈したどころかそのまま前のめりにうずくまった俺は。



「あは! あっははははははははははははははははははははははははははははははははは! くるし……! 息が…………っ!!!」



 TPOをわきまえていないという罪で。

 ガードマンにつまみだされた。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




 十二月二十四日の夜。

 ミッドタウンと言えば、都内でも有数のイルミネーションスポット。


 東京のクリスマスは。

 光の奔流が夜を鮮やかに染め上げる。


 でも、そこには。

 曖昧さやグラデーションは存在しない。


 あるのは。

 はっきりとした境界線だけ。


 光と闇。

 赤と緑。



 カップルと、俺。



「…………何度会っても意味が分からん。あいつは一体何なんだ?」


 俺は、不快に思ったはずだ。

 悔しく思ったはずだ。


 でも。

 あれほど爆笑させられたら。

 全部吹っ飛んじまう。


「まあ、いいじゃねえか、俺。……あいつの解釈は、秋乃が大好きなお父様ってことにしとこうぜ」


 イルミネーションの波を。

 ゆっくり漂いながら。

 俺は、自分のことを納得させた。



 ――今夜は家族そろって水入らず。

 一泊、五万円はくだらないであろう。

 高級ホテルにご宿泊。


 久しぶりにみんな揃ったんだ。

 イブの東京を見下ろしながら。

 楽しく過ごすといい。


 多分、そこからの眺めなら。

 緑と赤。

 境界線が混ざり合って。



 優しい色に見えるだろうから。





 ……でも。





「…………ぶふっ! ……うははははははははははは!!! なんだあいつは!」


 すれ違う人たちに気持ち悪がられながらも。

 どうしてもこらえきれずに大笑い。


「ちきしょう、覚えてろよ!? 今度会った時には、絶対てめえを無様に笑わせてやる!」


 俺は、遥か天までその手を伸ばすほどのビルに向かって。


 あの、意味の分からん強大な敵に向けて。

 啖呵を切った。



 さて。

 六本木にだって、漫喫くらいあるだろ。


 俺は、着飾る恋人たちがイルミネーションに目を細めながら歩く流れに逆らって。


 聖なる夜の宿屋を探すことにした。

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