第3話 ネックレスは誰の物?



 俺は、海賊船の船長だ。


 海の上では絶対無敵。

 どんな敵が来たって平気なんだが。


「おかしい……。なんだ、このダンジョン」


 船を乗り換えるために上陸したこの島。

 まさか、島そのものが冒険者を拒むトラップになっているなんて。


「さすが、レッド・ラインへの入り口だ」


 グリーン・リングエリアを出て。

 レッド・ラインエリアへ至る道標には。


 四百メートル先の突き当りを左。

 確かに、そう書いてあったのに。


「これがうわさに聞く、迷いの森……」


 リュックに入れた七つ道具、その三。

 『目覚まし時計』。


 こいつが無ければ。

 俺は一生、罠にとらわれたままになっていたかもしれない。


「間違いない。……間違いなく、さっきの場所から三分たってる」


 足を止めて振り返ってみたが。

 罠の仕組みは、まるで想像がつかない。


 仕組みは分からないが。

 確実に分かることがある。



 この通路は……、ループしている!



 そんじょそこらの海賊だったなら。

 この罠でふるい落とされるんだろう。


 だが、俺は違う。

 俺の知識は完璧だからな!



 百メートルは九秒五八!

 だから四百メートルは四十秒くらいで歩けるはずだ!



 このまやかしを突破する方法。

 俺はリュックを下ろして。

 七つ道具を外に出して並べてみる。


「……これだ。間違いない」


 リュックに入れた七つ道具、その五。

 『ソプラノリコーダー』。


 まやかしに対抗するにはこれだ。

 俺は、笛を吹きながら。

 ループする通路をひたすら進んだ。


 ……まだ抜け出せない?

 曲が間違ってるのか?

 あるいは、この方法では脱出できないのか?


 焦りで、『ソ』の音がひっくり返る。

 つばが溜まって、音の出が悪くなる。


 落ち着け。

 まだ慌てる時間じゃない。


 俺は一旦床に座って。

 ティッシュを敷いて。

 ケースから棒を取り出して。

 笛を掃除しながら考える。


 …………やはり。

 あの曲か。


 でも。

 あの曲は正直、自信がない。


 下手だとみんなに笑われたから。

 嫌いになった『笛星人』。


 どうしよう。


 どうしよう。


 でも……。



 ここで諦めるわけにはいかない!



 勇気を振り絞る。

 リコーダーを口にする。


 上手に吹けるかな。

 今度は笑われないかな。


 リコーダーの穴だけを見つめながら。

 テストと同じで、二回繰り返す。


 あの時の俺は。

 笑われたせいで途中でやめたけど。


 こんどこそは…………!




 ――吹き終えた。

 最後まで、間違えないで吹くことができた。


 やり遂げた清々しさと共に笛を見つめて。

 そして顔を上げると……。


「おお! 突き当りだ! やったぞ相棒!」


 苦手だった笛が。

 嫌いだった曲が。


 俺の中で、今。

 最高の相棒に変化する。


 そんな仲間と共に駆けだして。

 角を曲がったところで。


 ……俺は。

 あいつに会ったんだ。

 



 第3話 ネックレスは誰の物?



「……いいのか?」

「ああ! 一日休むのも二日休むのも三日休むのも大して変わらねえ!」

「変わるよっ!? カンナ君! ほんとに大丈夫なんだよね?」

「うるせえぞあほんだら! てめえはいつも以上に気合入れて、ケーキのデコレーションしてりゃいいんだよ! ようしお前ら騒ぐぞ! メリークリスマス!」

「「「メ、メリークリスマス……」」」


 うん。

 いやはやほんと。


「なんでそこまで初心者向きに出来てねえんだお前は」

「わっはっはっは! ほら飲め! 食え! 歌え!」


 ハンバーガーショップをまるまる貸し切り。

 参加費ゼロで、飲み放題食い放題歌い放題。


 そんな夢のようなパーティーが。


 この灰汁の強い酔っ払いを追い出した瞬間、有料になるわけで。



 我、総員ニ命ズ。



 ……慣れてくれ。



「お姉さん、楽しい人~! お酌させて~?」

「お? お前さんは見どころあるな!」


 みんな揃って距離を探っている中。

 こいつだけはお構いなしに急接近。


 助かるぜ、パラガス。


「お酌って、ルールとかあるの~?」

「いいんだよ、適当で! えーっと、お前あれだな! あれに似てるなお前!」

「げ~。嫌な予感~」

「俺が言うのもなんだが、お手柔らかに頼むぞカンナさん」

「えっと、あれだ! その……、『棒』!」


 これには一同大爆笑。

 きけ子に至ってはカンナさんに握手を求める始末。


 そして店長が料理を運んでくると。

 途端にパーティーらしく盛り上がり始めた。


 何とか無事に開催されて。

 カンナさんも受け入れてもらえて。

 会場提供者としては一安心。


 でも、このパーティー。

 目を凝らして見てみれば。


 ところどころにダウトが仕込んである間違い探しゲームだったりする。


「た、楽しい……、ね?」


 完全とは言わないまでも。

 ほとんど風邪の気配を感じないこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 まず。

 一つ目のダウトがそれだ。


「お前、珍しいな、ヘアピン」

「寝込んでた時に、おばさまが下さったの……。髪がペッタンコだから、せめて可愛くしましょうねって」


 色褪せたちょうちょが三匹。

 赤白黄色。


 赤いちょちょとは珍しい。


「クリスマスプレゼントにしちゃ、安っぽいな」

「そんなこと無い……。嬉しい……」


 そうか。

 やっぱり、アクセサリーは嬉しいか。


 良かった良かった。


「じゃ、願い事書けたから。オーナメント飾ってくる……」


 そして二つ目のダウト。


 ツリーから下がる。

 人数分の短冊。


 誰が始めたんだよこんな面白いこと。


 さらに。


 椅子から立ち上がっただけ。

 それだけの動きで、後ろパンツが見えそうになった秋乃のかっこが。

 三つ目のダウト。


「なんでサンタ服着てんだお前は」

「こ、今月の女子ユニフォーム……」

「ひと月そのかっこでバイトしてたのか!?」


 しまった。

 なんという腿まで見放題。

 だったら、俺も通えばよか


「保坂ちゃん!」

「ちげえよ!? 俺はこんな足とか全然興味ねえし!?」

「え?」

「え?」

「…………足に興味ないなら、こっちに寄こしなさいよ骨付きモモ肉」

「…………わお。赤いリボンのガーターベルトがなんてセクシー」


 ローストチキンと引き換えに。

 鳥肌ものの、冷たい視線を受け取った俺。


 苦笑いしてる王子くんにまで、考えてたことがバレたようだが。


 店長手伝って料理を運ぶ秋乃が。

 気付いてないからギリギリセーフ。


 とは言えここは居辛くなった。

 俺はツリーの元に。

 飲み物片手にエスケープした。



 ……木の根元に並ぶプレゼントの山。

 この中に、俺が持って来た人形と。

 そしてもう一つ。


 朝から出かけて買って来た。

 ネックレスが入った箱がある。


 アクセサリーは重いと言った、高校生二人の言葉。

 アクセサリーが欲しいと言ったさんたちゃんの言葉。


 天秤にかけた、なんてことはなく。

 他にアイデアを思いつかなかっただけ。


「もっと、こういう常識を身につけないと」


 短冊に書いて吊るしておこうか。

 そんなバカなことを考えながら。


 みんなの願いを何となく眺めてみたんだが。



 『無事に夢を叶えられますように』


 『願 成功』



 この二枚は王子くんと姫くんか。

 誰の夢を、成功を願っているのか。

 そこを書かないあたりのセンスがいい。



 『世界が平和でありますように』



 硬い。


 甲斐のか。

 なんも面白くねえ。


 じゃあ、こっちの二枚は。



 『髪』


 『女』



 見なかったことにしよう。


 ……そして。

 裏っ返しになった短冊が目に入る。


 少しだけ躊躇。

 みんなの視線が俺から外れていることを確認してから。



 赤い紙を手に取り。

 ひっくり返すと……。



 『来年のクリスマスは、お父様とみんなと、一緒に過ごせますように』



 …………昨日出会ったさんたちゃん。

 プレゼントを落としたおっさんと。

 その娘さん。


 凜々花と。


 秋乃。



 やっぱり、この地のクリスマスは。

 淡い色の緑と赤は。



 恋人じゃなくて。


 家族と過ごしたい。



 そんな色をしているのかな。



「……たつ、保坂君?」

「ああ。俺も何か手伝おうか?」

「そうじゃなくて、あの……」


 急に話しかけられたから慌てて振り返ると。

 秋乃が、苦笑いのまま。

 俺の席を指差しているんだが。


「あれ!? フルーツバスケット?」


 そこには。

 綺麗な黒髪をぱっつんに切り揃えた。

 小さなさんたちゃんが腰かけて。


 美味しそうにジュースを飲んでいた。


「どうしたんだあの子!?」

「貸し切り知らなくて、お母さんと入って来たんだけど……、ね?」

「わっはっは! あとでケーキも出してやるからな!」

「す、すいません! でも、ほんとによろしいのですか?」

「いいっていいって! 今日の主役は子供たちなんだからさ!」


 なるほど。

 そういう事情じゃしょうがねえ。


 だがな?

 俺はこういうことはきっちりさせないと気がおさまらない小さな男だぜ?


「お嬢ちゃん。お前がその席に相応しいかどうかテストしてやろう」

「しいか?」

「難しい課題だぞ? 覚悟しろよ?」

「いいよ?」

「じゃあ……、お名前は?」

「さんた!」

「お前もか!」


 みんなが、そりゃそうだよねと拍手と笑いで店内を満たす中。

 俺だけはなんだか釈然としない気分で肩を落とす。


 昨日の子と同一人物なわけねえけど。


 なにそのネタ。

 流行ってるの?


「あっは! 保坂ちゃん、イヤミなこと言わなくなって可愛いくなったね~!」

「……そうだな。いやらしい細い目をやめてパッチリ開いたから好感度もアップ」

「お前ら後で覚えとけよ?」

「立哉~。そのサンタコスいいね~。ちょっとめくってパンごふっ!」

「てめえは退場!」

「警察呼ぶぞ長野!」

「あ。もう呼んじゃったのよん」


 どうしようもないパラガスはともかく。

 みんなに大人気のさんたちゃん。


 意味は分かってないだろうけど。

 俺たちのドタバタを見て。

 楽しそうに笑ってる。


 でも、その笑顔を向ける相手は。

 お隣りに座るお母さんなわけで。


「…………そう、だよな」

「ん? ……どうしたの?」


 家族と過ごしたい。

 お母さんと、お父さんと一緒に笑いたい。


 そう考えるのは。


 子供として当然だよな。


「……あのね? 私、クラスのみんなとクリスマス……、初めて」

「俺もだな」

「た、楽しい……、ね?」


 秋乃の声に。

 仮面は感じない。


 つまり、今の言葉は本心なんだろうけど。


 それを素直に受け取ることが。

 俺にはできなかった。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




 まだ、パーティーは始まったばかり。


 でも、妙な緊張が取れて。

 みんなの笑い声と悪口に。

 ようやく容赦がなくなってきた頃合い。


 俺と秋乃だけは。

 さんたちゃんとお母さんに席を譲って。

 後ろに立っているせいもあり。


 ちょっと距離を感じたまま。

 みんなと馴染め切れずにいた。



 ……まあ。

 俺がいまいち馴染めずにいるのは考え事のせいもあるわけで。



 秋乃は。

 みんなを見つめる大きな方のサンタは。


 やっぱり。


 東京に行きたいと思っていたんじゃないだろうか。



「ママ! 東京、何時かわかった!」


 偶然。

 気にしていた単語が耳に飛び込んで来て。


 ぎょっとしながらさんたちゃんのぱっつん頭に目をやると。


「あら。時計の読み方教えてもらったの?」

「あっは! さんたちゃん、賢いからすぐ覚えちゃったよ!」

「三時………、十五分に出るから、八時二十五分だって!」

「私たちが乗る電車は、もう一本後よ?」

「……わかんない」


 そうか。

 さんたちゃんとお母さん。


 これから東京に行くのか。


 なるほど。

 十五時に出れば。

 九時前には東京ね。


 …………そのくらいなら。

 家族とゆっくり過ごせるのでは?


 無意識に携帯をいじっていた俺は。

 画面を見て。

 小さく声を上げる。


 あと十分後。

 十五時ちょうどに。

 アラームをセットしてるとか。


 パーティーが始まったのが十四時。

 まさか一時間で解散なんてことはできまい。


 人知れずため息をついていると。

 甲斐が実にこいつらしいことを言い始める。


「じゃあ、さんたちゃんが帰る前にプレゼント交換しちまうか」

「いいわねそれ! あたしの分あげるから早速始めると良いのよん!」

「おお~。夏木、いい女~!」

「でしょ?」

「だろ?」

「…………優太が威張ることね~だろ~?」


 みんなが、三人のやり取りに笑いながら。

 プレゼントをツリーから運ぶと。


 小さな輪を作って。

 ちょうど店内に流れていたクリスマス曲に合わせて。


 プレゼント交換の始まり始まり。


 回るプレゼントが、上に下に。

 揺られて楽しいメリーゴーランド。


 音楽に、ららら合わせて。

 秋乃が女の子に箱を渡して。

 女の子は、両手で俺にそれを渡して。


 片手じゃないから、渋滞が発生するが。

 秋乃が二つ抱えて。

 うまく調整してくれていた。


 ……親父さんと仲間。

 そんな二つのレール。


 音楽に、ららら合わせて。

 女の子から黄色い箱を受け取って。

 それと同時に、緑の箱をきけ子に渡して。


 ……どっちも大切にしてるくせに。

 こいつは良く決断できたな。


 音楽に、ららら合わせて。

 女の子から赤い箱を受け取って。

 黄色い箱をきけ子に渡して。


 ……今でも、まだ気持ちが揺れたままなんじゃねえか?


 音楽に、ららら合わせて。

 女の子から青い箱を受け取って。

 赤い箱をきけ子に渡して。


 ……そのせいで、心から楽しんでいないとしたら。


 音楽に、ららら合わせて。

 女の子から白い箱を受け取って。

 青い箱をきけ子に渡して。


 ……こいつが一番欲しいプレゼントは。


 三時のアラームが、ぴぴぴ鳴って。

 女の子から秋乃の腕を受け取って。

 掴んで引き寄せたところで。


 音楽終了。


『お前、さんたちゃんから何貰ってんだ!』


 全員から、怒りの突っ込み。


 でもな?

 このプレゼント。

 ちょっと厄介なんだぜ?


「……宴たけなわだが、俺たちは抜ける。お前らは楽しんでってくれ」

「ちょっと! お持ち帰り!?」

「そんなプレゼントなら俺が貰う~!」

「ちげえっての。……秋乃。行くぞ」

「ど、どこに行くの? 折角のパーティー、急いで帰らなくても……」


 そうだ。


 パーティーは、まだ終わってねえ。



 友達いなかった男の貯金額舐めんなよ?



 みんなが騒然とする中。

 俺は秋乃の手を引いて店を飛び出した。


 駅まで走って十分ちょい。

 なんとしても間に合わせる。


 店のガラス越し。

 惚けた顔したみんなに手を振る秋乃にも。


 俺が走り出した方角のおかげで。

 意図は通じたよう。


 ちょっと感じていた抵抗が和らいで。

 次第に、俺と並んで走りながら。


「……さんたちゃん。たつ、保坂君のプレゼント貰ってた……、よ?」

「どっち?」

「小さな箱の方」


 そっちは。

 ネックレスか。


 ははっ。

 やっぱりあの子。


 昨日のさんたちゃんなんじゃねえか?


「秋乃。……あの箱、重かったか?」

「ううん? ……ねえ、中身、なに?」


 俺は、秋乃の質問には答えずに。

 目の前に迫った駅に向けて。

 ラストスパートをかけながら呟いた。


「じゃあよかった。……サンタはまだ、高校生じゃないらしい」


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