第1話

「 これで百人目……」

 私は突風によって無残に切り裂かれた少年の体をいつものように溶かしながら呟いた。無数の星のような美しい光を見るのも、これで百回目だ。いや、正確には敵の魔法によって体が木端微塵にされた人もいたから九十回目くらいかもしれない。夜の暗闇を慎重に進みながらいつものように家に帰る。魔法ランプを灯し、その暖かい空間に癒されながらソファーに体を沈めた。

「今日でもう五年目か……」

 そう、私がこの森に閉じ込められてからゆうに五年もの月日が流れていたのだ。私は囚われている、この森に。脱出できないまま五年間、よく耐えたものだ。………もう、無理なのかな。最近は諦めようとか、無駄なことはやめようとか、そんなことを考えてしまうことが多くなってきてる気がする。実際のところ希望はほとんどなくなってきたし、ただ淡々と同じことを繰り返しているだけで、意味があるとは思えなくなってきていた。本当に成果はほとんど得られてなくて、ただ結果だけが増え続けている。私はふと最初に召喚した人物を思い出した。彼と脱出を挑戦したときは初めてにもかかわらず、一番ソルドゴに近づくことができたのだ。結局は頑張らさせすぎてあんなことになってしまったけど…………。私は立ち上がり浴室へと足を運んだ。お湯が出る魔法具を起動させると、ほんの十秒ほどで浴槽にお湯がたまりきる。衣服をさっさと脱ぎ捨てると急に寒さが感じられた。今の季節は秋の中盤ごろで、最近はかなり冷え込んできている。同様に魔法具から出るお湯をシャワーから出し、頭から浴びた。一気に体の汚れを洗い流す。このお湯にはそれだけで体をきれいにする作用がある。シャワーを止めると、浴槽にそっと足を入れた。足元からじんわりと温かさが広がってくる。

「ふぃー……」

 全身をお湯につからせると、ふと声が漏れた。ずいぶん前からこのひと時のためだけに生きている気がする。

「ふわぁー……」

 …………もし私からお風呂が奪われたらとうとう限界が来てしまうだろう。お湯が冷めてくるころ、たっぷり満喫した私はお風呂から上がり、寝間着を着て寝室へ向かった。ちなみに脱いだ服は他の洗い物と一緒に魔法具で洗濯してあり、既に乾燥まで終わっている。寝室に着くと、運んできた愛剣を抱えながらベットに座った。いつものように抜剣しないまま剣の柄を握り、目の前に小さな氷の塊を発生させる。めちゃくちゃ冷たいそれを口の中に放り込み、剣をベットのそばに立てかけた。同時に体を布団にもぐらせる。一応寝る前の水分補給である。口の中で氷をころころと溶かしながら、これからのことを考えた。もし次も失敗したら、その次もまたその次も失敗したら、私はあきらめないで頑張ることができるだろうか。私の頭の中にある人物が浮かぶ。届かない願いは、私を容赦なく痛めつける。瞳がうるんでくるが、私は決して拭わない。「絶対に諦めない」と、その意志力を証明するために。しかしとめどなく涙はあふれてくる。今までに何度も流してきたのに、枯れることを知らない。嗚咽を漏らしながら私は再度自覚した。会えないと言う痛みは、どんなに大きな傷よりも深く心に響くのだ。


 私は日の出前に目を覚まし、冷えた水で顔を洗っていた。凍える顔をタオルで包み込むと、深く息を吐いた。一息つくと、タオルをカゴに投げ込み、リビングに足を運ぶ。昨日は結局あまり眠れてないのだが、不思議と頭はすっきりしていた。相変わらず体のだるさは消えないが。こういうときは決まってソファーに座り込み、目を閉じながら思案することにしている。もちろん、この森から脱出するためについてのことだ。どのルートを通るべきか、敵の守備態勢はどうなっているか、ペース配分はどうするかなど考え出すときりがないが、最善の方法を見つけるために今まで何度も何度も模索してきた。でもまだまだ情報が足りない。とりあえず今日も探索に出ないといけないことは明らかなので、立ち上がり、準備に向かった。次に呼べるのは一週間後なので、とにかく出来ることをしていかないと。出来るだけ時間を無駄にしたくない。私の焦りは凄まじかった。ただ目的を果たすために最善の行動を長い時間し続けている。とうにその体は、疲れなど感じなくなっていた。


 一週間後、その日は再びやって来た。約一週間ほどで、現実世界から人を召喚する魔道具の魔力が充填されるのだ。私はいつも通り、家の地下室へ向かう。実はこの空間自体が魔法具になっていて、敵に察知されないように無理やり地下に設置したのだ。私がどうやって他の人を連れているのかはまだバレていないはずだ。手を部屋の壁に当て、魔法具を起動させる。すると、壁一帯に無数に光の直線が描かれる。線の向きはどれも不規則で、様々なところで交わり合っている。それに反応するように、部屋の中にはホタルのような光がふわふわ浮かび出した。魔法具の魔力が一気に放出され、空気中の魔力が飽和しているのだ。そうなることで、魔力は目に見えるようになる。そのくらいたくさんの魔力がここにあるということだ。次は、上手くいきますように。ささやかな願いを込めて、召喚されるのを待ち続けた。二分ほど経つと、辺りは漂う魔力の光でかなり明るさが増していた。もう少しだ。そう期待したとき、丁度一際大きい光が前方に現れた。あの光の中に次の人物がいるはずだ。徐々に光が小さくなり、やがて部屋はいつも通りの薄暗さに戻った。目の前には人影が見える。召喚に成功したのだ。しかし、いつも見る光景とは違いが感じられた。おかしい、彼、もしくは彼女は、妙に落ち着きすぎている。

「…………リハ……?」

 思いもよらない声が前方から発せられた。

「え?」

 もちろん私が自分の名前を呼ぶなんてことはない。これは……、目の前の人物の発言だ。しかしどういうことだ?まだ会ったこともないはずなのに……。私が剣の柄に手を当て魔法で辺りを明るくすると、そこに現れたのは見覚えのある青年だった。かつて私が自らの手で命を奪ったあの人。

「でも、どうして………?」

 この時、私は一つの可能性を見落としていたことを自覚する。そう、今までの彼らはこちらで死んだとしても向こうの世界で死んだわけではない。だって、彼らにとっては全て夢の中の話なのだから。それなら二度目が会ってもおかしくはないのではないか………。私は葵の顔をもう一度直視する。彼は不思議と私の記憶に残る、懐かしい声をこぼした。

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ユメセカイ Shimoma @Shimoma

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