ユメセカイ
Shimoma
プロローグ
気づくと俺は薄暗い部屋の中に立っていた。あれ、何してたんだっけ、俺。
「よく来たね」
その、小さくも聞き取りにくさは感じない声をかけたのは、鋭い目でこちらを見つめる1人の女性だった。背中まで届く髪を持ち、小柄な俺と同じくらいの身長。そして腰に物々しい剣を下げている。わかるのはそこまでだ。何と言っても薄暗い。先ほどの言葉からすると一応歓迎されてるみたいだが、歓迎された当人がこんなところに来た経緯を覚えていないし、そんな目で見られるとちょっと怖い。
「なあ、ここはいったいどこなんだ?気づいたらここにいて……」
そう質問をすると、彼女は1つとして表情を動かさず淡々と答える。
「あなたからすると、ここは異世界」
「は?」
ん?異世界!?どういうことだ、全く意味がわからないぞ。俺は焦りながら某ライトノベルを思い浮かべる。
「なんだ?俺はとうとう異世界転生を果たしてしまったのか?」
「いや、転生とは違う。あなたの体は元の世界に留まったままだよ」
ん?つまり転生ではなく、異世界複製か!?それはそれで意味がわからんぞ。
「それはつまり、俺のもう1つの体がこの世界に現れたってことか?」
「それとも違う。うーん、あなたはいわゆる……そう、夢を見ているような状態」
「夢……」
ここまでリアルなのは初めて見たけど、まあ夢なら一安心だ。つまりは俺が現実で寝ているってだけだろ。じゃあこの貴重な体験をしっかり味わうとするか。……とはなるはずもなく、流石にこのリアルすぎる感覚では到底信じられない。
「んー、よくわからんけど、とりあえず何をすればいい?」
「まずはこの世界のことを、そしてあなたがここに来た目的を知ってもらう」
その言葉と共に、彼女は左腰に下げた剣の柄に触れた。すると、ほとんど真っ暗だった部屋に中心から少しずつ光が広がっていく。辺りがじわじわと青白く光り、なんだか空気が膨張する感じだ。その空気が身体中に血液が流れるようにじんじんと伝わるが、不快な感じはしない。
「こっちよ」
ぼーっと突っ立っている俺に声がかかる。明るくなった部屋でふと彼女を眺めると、そこには美貌を放つ可愛らしい女性がいた。先程までのトゲトゲした印象は一瞬で消え失せ、柔らかな羽を持った天使が羽ばたく。そんな感じだ。顔こそ無表情でクールだし、身長もそれなりに高いが、溢れ出す雛鳥みたいな輝きをまったく隠しきれていない。なんかもう、心に直接響くよね。笑顔とか見たら一生忘れられないよ、たぶん。いや確実に。感動に打ちのめされていたが、自然と体は動いた。また、彼女の服装が確認できた。紺色を基調とした、白いラインが入ったコートのようなものを着ている。彼女の雰囲気と合致していて、まるで合わせて一つのものって感じだ。不思議と見慣れた光景……みたいな感じ?黙って彼女についていくと正面には扉があった。彼女が扉を開けるとその先には淡い光が広がる。さっきの部屋とは打って変わって、暖かみのある木造の作りの階段が続いている。階段をギシギシ鳴らしながら登っていくと、また扉があった。どうやら次の部屋へと続いているらしい。またもや年季を感じるキーッという音を鳴らしながら扉が開かれると、そこには様々な家具が並んだリビング、と言うべき空間が広がっていた。そこそこの広さの部屋には、机やソファー、キッチンからタンス、暖炉まで備わっていた。高級感があるわけではないが、一つ一つの家具が木造を活かした柔らかいデザインで、綺麗な統一感を放っている。窓もいくつかあり、薄いカーテン越しに日差しを取り込んでいる。その先に見える景色からするとここは一階、さっきの部屋は地下だったらしい。そんなことを考えている間に1つの疑問が浮かんだ。
「ここは、きみが住んでいる家?」
先ほどと比べると少しトーンの上がった声が帰ってくる。
「そうよ。結構気に入ってるの」
「ふーん、だいぶ年季も入ってるね」
「この家は最近貰い受けたのよ、家具は新調してね。多少無理を言っちゃったけど……後悔はしてないわ」
最後の一言には確かな圧を感じた。本当にこの家が気に入っているのだろう。しかし、その様子から多少の無理ではなく大した無理をしたことが容易に伝わってくる。この部屋には彼女の思いが詰まってる。そんな気がする。
「うん、いいところだよ」
俺の印象を正直に伝えると、彼女は少し困ったように目を泳がせ次の言葉を探す。
「そ、そんなことより町に行くよ。あなたの武器とか色々揃えないといけないし」
……そう、ちゃんと感じていた。地下の部屋での不思議な現象、彼女の腰に下げてある地面にまで届きそうな長さの長剣。さらに俺の武器を揃える必要があるとまでくれば、この世界が普通でないことは明らかだ。どうやら銃刀法は存在しないらしい。そもそも法律的な決まりがあるのかすら定かではない。
「な、なんで武器が必要なの?」
まさかいきなり人が襲ってきたりして……。彼女も立派な武器を持っているけどあくまで華奢な女性だ。
「うーん、行きながら話すよ」
焦らす〜、また焦らすー。さっきはこの世界のことを知ってもらうとか言ってたくせに、先のことは全く不透明だ。
「ほら早く行かないと暗くなっちゃうよ」
彼女は扉(おそらく玄関)に手をかけながら急かしてくる。
「うす……」
進まない足を無理矢理持ち上げ、彼女の家を後にした。心に残るのは不安と恐怖、そしてそろそろ目覚めないかなーという願望だった。彼女の笑顔を見てからでも遅くないけどね?この世界で寝て、起きるころにはなんとかなるだろう。たぶん……。ふと、大事なことを彼女に聞くのを忘れていたことに気づく。
「そういえば君の名前は?」
彼女は歩みながら答える。
「リハ、あなたは?」
「葵、比留川葵」
その時、彼女は振り返り、じっとこちら見つめてきた。必要以上に、とても儚い顔つきで。
俺たちは歩いて 二時間くらいかかる場所にあるソルドゴという都市に向けて歩み始めた。この世界というか、この国の地理的に丁度真ん中に位置しているらしい。そこから東西南北を囲むように大きな都市が四つ位置している。東がサウスバード。西がヨナカウント。南がオーシャノバード。北がエトロフ。この4つの都市が国の防衛及び他国との貿易拠点になっているらしい。ソルドゴが四方から守られているように設置されているのはそこにこの国を治める政治的な拠点があるからだ。ソルドゴができた歴史としては、東西南北四つの都市それぞれが一つ一つの国として栄えていた時代まで遡ることになる。ある日大陸の東の大国、アメリーから攻撃を受け、東のサウスバードから順に領土を奪われていったらしい。だがその時1人の戦士が突如として現れ、とても現実ではありえない不思議な力でアメリーの兵隊を壊滅させていった。その後四つの国は無事領土を取り戻したのだが、今度はその中で四国を救った最強の戦士の取り合いとなった。よもや戦争が始まろうとしていたその時、件の戦士の「いっそまとめて一つの国にしちゃえば?」という安易な提案によりすべての国民は対等であるという決まりの元、一つの国にまとまったのだ。二度と大国に領土を侵されないように力を合わせるという表向きの理由を掲げていたが、もちろん戦士が相手国に取られて戦力に差が生まれないようにというのが本当の理由だ。そして各国は四つの都市として生まれ変わりそれぞれの代表者が集まり政治を行う場として中心部にソルドゴという都市を作った。また、国名はそのままソルドゴとした。最強の戦力を持ったソルドゴは大陸全土に恐れられたが、その後新たに不思議な力を持った者が全世界にとどまることなく現れ始めたので一気に国力の差はなくなり、今では注目されることもなくそれなりの国として認識されている。
俺が一通り国についての説明を受けた頃、すでに三十分ほどの時間が経っていた。今は森林に挟まれた、車一台位は通れる幅の道を歩いている。
「それで、その不思議な力を持った者っていうのは今も存在しているのか?」
歩きながら訪ねるとリハはこちらにその美貌を向け、いつもの調子で淡々と話し始めた。
「うん、そこら中にいるよ。なんならあなたと私もそのうちの一人」
「ん?どういうことだよそれ」
俺が説明を促すと、リハは両手をいっぱいに広げて踊るように優雅に回り始める。
「ていうかこの世界にいる人みーーんな不思議な力を持ってるんだよ。いわゆる魔力ってやつをね」
「なんだそれ。つまり、最初から平等にその力をみんなが持っていたけど、使い方を知らなかった。あるいは使えなかったってことか?」
「まあ、私もあんまり詳しくないけど、多分そういうことだよ。たまたま使い方を知った人が今のソルドゴに一番早く現れたってだけ。発見が遅かっただけで、結局世界中に力を使える人が実際に現れたし」
リハはそこまで言うと、回るのをやめた。代わりに両手を合わせて、上に向かって伸ばしている。ちなみに胸を張っているが、彼女の胸部はそこまで目立っていない。どうでもいいことだけどもう一度言う、"ちなみに"だ。今までの話を整理していると、ふと疑問が浮かんだ。
「それで、魔法っていうのは俺みたいな普通のやつでも使えるのか?」
ん、よく考えてみたら俺は異世界から来たので、この世界においたら普通のやつではない……一応。
「魔法の強さはその人の魔力の質によって変わってくるけど、誰でも使えると思うよ」
俺はさらに質問をぶつける。
「そもそも魔法と魔力って何が違うんだ?」
「うーん、質問が多いなー」
「しょうがないだろ、まずは情報収集が大事だ」
今の俺は疑問がとどまることなく浮かんでくる。
「 教えないって言ったら?」
「え……逃げる?」
すると、リハは突然歩みを遅めた。気がする程度ではあったが、確かに体が俺の言葉に反応していた。しかしそれも一瞬のうちで……
「へー、意味わかんな」
とか言い出した。うーん、ちょっとウザいな。話しているうちに口数が多くなってきたと思ったら、めちゃくちゃめんどくさいし。イマイチリハの性格が掴みづらい。それに加えてずっと真顔だしめっちゃ馬鹿にされてる気分。いや確かに俺も変な返答をしたよ。けど、いわゆる初心者で気が気でない俺にそんな対応する?
「で、結局どうなんだよ?」
俺はうんざりしながらも問いただす。
「えーっと、魔力っていうのは魔法を使うための力の源みたいな感じ。それは身体中に流れていて、普段は使われないんだけど……」
リハは腰に下げてある長剣の柄に右手をかけてゆっくりと引き抜いた。深みのある動きに軽く心を奪われる。その長剣の表面は鉄とは違う、いわゆる銀みたいな輝きを放っていてなんだか物々しかった。
「この剣みたいに魔金属っていう魔力が含まれた金属で作られた剣を媒体にして、人の魔力を表に出す。やってみようか?」
いや剣抜いた時点でやる気満々でしょ。と生意気なことを言ったらこちらに魔法を打たれそうなのでやめておこう。
「うす……」
思わず控えめな返事を返すと、変わって大きな圧力がリハから迫ってきた。思わず数歩後ずさる。リハは脇の森林の方を向くと、右半身を前に向け、剣を前に突き出した。その体制のままで静止する。すると、一瞬で辺りが沈黙に染まった。太陽が雲に隠れ、風が止み、木々の葉が揺れる音も消える。彼女の表情が変わることは無かったが、そこからあふれる気迫は段違いに増していた。そして、突き出した剣に変化が現れ始めた。剣の根本から徐々に薄い青色の光で染まっていく。先端までたどり着くと、そこに一層まばゆい光がともった。
「フッ…!」
鋭く吐いた息と共に、剣の半分ほどの長さの柱状の槍が五本ほど剣の周りに現れた。それは氷のように輝いていて、淡い冷気を帯びている。いや、氷そのものなのか。彼女が剣を持つ手に力を入れると空中に浮いていた槍が打ち出された。その槍は前方に広がる森林のに向かってすごい速さで飛んで行き、立派に育った太い樹木たちを容易に貫いた。槍は三十メートルくらい先でシャラーン……という幻想的な音を響かせて、溶けるように消えた。貫かれた木たちは、その穴の部分を中心に広い範囲が白く輝いている。凍っているのだ。一連の光景に呆気にとられていると、彼女は少し離れた場所に居る俺の方に振り向いた。口を開けて声を出そうとした瞬間、彼女はぶるっと身体を震わせ、同時に綺麗な髪もユラっと揺れて、なんだかその動きにすごい愛嬌を感じた。かわいい犬とかわいい猫を足して二で割らなかったような贅沢な可愛さだ。少し頰を赤らめていて、さらにキュンと来てしまう。直前に恐ろしい威力の魔法を放ったとは思えない凄まじいギャップを感じて、しばしの沈黙……。と同時に自分の体も寒さを感じだした。彼女の魔法によって気温が下がっているのだ。彼女が身を震わせる光景を思い出すようにに呆けていると、バタッ、という予想外の音で沈黙は途絶えた。二人は音がした方に顔を向ける。先程魔法を打った方向だ。
「あ」
急に彼女がつぶやいた。思わずビクッと驚いてしまったが、彼女がつぶやいた原因をその直後に理解した。小柄な人間が例の樹木のそばに倒れていたのだ。頭巾のようなものをかぶっていて顔は見えないが、おそらく幼い少年か少女だろう。この状況を作り出したのは明らかに彼女による魔法のせいだ。さっきまで頰を赤らめていたのが嘘みたいに、彼女の顔は真っ青になってあわあわと震えている。あれは寒さからではなく、心配や恐怖から来るものだろう。ちらっちら、と必死にこちらに目を合わせてくる彼女の顔は初めて真顔から変化していた。それはもう彼女に似合わない悲惨な顔だ。今はとにかくあの人の安否の確認が最優先だろう。
「行こう!」
俺が声をかけて走り出すと、彼女もハッと我に返り、後ろにピッタリついてきた。樹木のそばまで来るとより鮮明にその人物の様子を確認することができる。白い頭巾をかぶっていて、中の髪は長い銀髪で顔はとてもあどけない。倒れていたのはとても幼い少女だったのだ。しかし目をずっと閉じたままで、起きるような様子は微塵もなかった。ていうか、
「さむ!」
この場所は魔法の影響でさらに寒さが増していた。こんなところにいたら寒さで凍えてしまうだろう。この少女はなおさらだ。
「どうするんだよ、この子!」
俺は必死に尋ねる。
「魔法は直撃してないから、命にかかわることは無いと思うけど……」
彼女はそう答えると、少女の腕に手を当てた。
「体が結構冷えちゃってるし、意識が戻る気配もない。ソルドゴの医者に診てもらう必要があるわね……じゃあ担いで」
「へ……?」
「速く!急がないと体に後遺症とかが残っちゃうかもしれないでしょ」
彼女の必至の形相にひるみ、反射的に体は動いた。急いで少女の体を背中に背負い、すでに歩みを進めている彼女に早歩きで追いつく。すると、彼女は変わって神妙な面持ちで話し始めた。
「……ごめんなさい、私の不注意だった…………」
言葉を絞り出すように続ける。
「私の責任だけど……この子を絶対に救いたい。確実に助けるためにはあなたの協力が必要……」
自分たち以外人気のない道なうえに、その脇の森林に人がいるなんて誰も思いようがない。ここまで責任を感じるようなことではないと思うが、少女を救いたい気持ちは俺も一緒だ。ここは俺ができるだけフォローをしてあげたい。自分は出会ったばかりで頼り切っている彼女に責任を全て押し付けているのだ。そう考えた後の俺の行動は早かった。さらに言葉を続けようとする彼女を遮り、俺は告げた。
「一応魔法を見せるためだったし、俺にも責任はある。大丈夫、どんなにきつくてもできることならやるよ」
「……ありがとう」
彼女は口をほとんど開けずに小さくそう言った。とても頼りない言葉だったに違いないが、彼女は俺の気持ちを受け止めて、信用してくれただろうか。今はそんなことを考えるより、少女のため、そして彼女のためにできることをするだけだ。せめて自分が言ったことくらいはしっかりやり遂げたい。彼女とともに、必死に足を進めた。
あれから一時間は経っただろうか。先ほどまで高い場所にあった太陽はもうすぐ暮れようとしている。あの後無言でひたすら歩き続けて、ソルドゴまではあともう一息だ。背負っている少女は微動だにせず、いまだに起きる気配がない。前を歩くリハは時折こちらを見て気に掛けるばかりで、話しかけようとはしてこなかった。沈黙が続く。でも、この静かな時間は不思議と安らぎを覚えさせた。顔を上に向け、目を閉じる。少し冷たいささやかな風が頬に感じられる。こんなに開放的な気分になったのはいつぶりだろうか。現実の世界では、日々ストレスを感じていた。寝ても覚めてもイライラの要因がそこら中にある。そんな状態だ。まさか夢の中なんかでストレスを忘れられるとは思いもしなかった。この長く、鮮明な夢が永遠に続けばいいのに。そう思えるくらい、俺は安らぎを感じていたのだ。全て目の前の彼女のおかげかもしれないな。そう思い始めた時、急にリハが歩みを止めた。
「どうした?」
「………伏せて!」
思いもよらない大声が飛んできて、俺の体はとっさに動いた。少女を背負っているので大きな動きはできないが、地面にへばりつく勢いでしゃがんだ。すると同時に、頭上をすさまじい突風が通過した。圧力によって地面に倒れてしまうが、すぐさまリハが駆け付け、手を差し伸べてくれる。女性のものとは思えない力強さで引っ張り越こされ前に走り出すと、すぐ後ろを突風がまた駆け抜ける。
「死ぬ気で走って!!」
いわれなくても死を感じながら走ってるよ!!またもや突風が俺のそばを駆け抜ける。まるで返事をする暇もない。
「あなたはその子を守って!任せたよ」
その言葉とともに、俺とリハの前後が切り替わる。そしてリハは腰に手を伸ばし、剣を引き抜いた。頼もしい輝きが俺の目に映ると同時にすさまじい冷気が辺りを染める。
「ハッ!!」
リハが走りながら剣を振りぬくと、先ほどとは比べ物にならない数の氷の槍が一斉に後方に飛んでいく。槍と突風がぶつかり合い、氷のかけらが飛び散り、分裂された風が飛び交う。激しい打ち合いが後方で行われる中、俺はただひたすら前に走っていた。まず攻撃してる相手が誰なのか、なんで襲われているかすらもわかっていない。時々リハの魔法で相殺しきれなかった風が体を掠めていき、その度に身が強張ってしまう。このままでは危ないと考え、背中に背負っていた少女を抱っこするように前に抱えなおした。ひたすら走るが、そろそろ足が限界を感じてきた。その時前方に二つの人影が見えた。単なる一般人かもしれないが、藁にも縋る思いで叫ぶ。
「おおーい!!助けてくれーー!!」
するとその人影たちは腰から何かを引き抜いた。あれは……。そしてその何かが徐々に赤色に染まり始める。あの輝きはおそらく魔法の光だろう。最後の問題は彼らが味方なのか敵なのかだが……。その答えはすぐにリラが示してくれた。
「ちっ……!」
リハは恐ろしい舌打ちをすると、今まで後ろに向けていた剣を前方に向けて振るった。俺の背後から次々と氷の槍が飛び出し、二つの人影を襲う。前方が衝撃によって煙に包まれとき、後ろから背中をつかまれる。
「こっち!!」
リハに体を引っ張られ、俺たちは道をそれて森林に飛び込んだ。
その後も何度も危ない目に遭ったが、
「もう無理ぃぃ……」
と情けなく倒れるときにはすでに連中による攻撃は止んでいた。気づくとあたりは森林が広がるばかりだ。もうめちゃくちゃ走りまくって今どこにいるか、どのくらい時間がたったのかなんて一つもわからない。足なんかプルプル痙攣している。はっ!となって腕の中の少女の体を見るが目立った傷は確認できなかった。俺は一安心してため息をつく。すると、離れていた場所にいたらしいリハが少しも疲れを感じさせない動作でやってきた。一体彼女のスタミナはどうなっているのか。
「一応追手は撒いたけど、まだ近くにいるのは間違いない」
そう告げると、リハはこちらに手を差し伸べる。
「立てる?」
本当はあと五分くらい寝そべっていたかったが、この少女のことや追手のことを考えると少しでも急いだほうがいいだろう。
「ああ」
俺はリハの手を取ると、最後の力を振り絞る勢いで起き上がった。
「よっこいせ……」
「………老けた?」
反論したいところではあるが、そんな気力さえ残っていない。まあ、実際五歳ぐらい老けた気もする。………ていうかそんなくだらないことを考えている暇はない。聞きたいことは山ほどあるのだ。
「一体奴らは何で俺たちを襲うんだ?」
リハが一瞬俺の腕の中を見た気がするが、気のせいだろうか。彼女は腕を緩く組み、遠くを見つめながら言った。
「…………わからない。でも、容赦なく殺しに来てることは確か」
まったくもってその通りだ。もしあの場にリハがいなかったら最初の一撃で死んでいただろう。急に異世界に来てこの仕打ちか……。
「で、この後はどうする?ソルドゴに行こうにも方角が分からないだろ」
「大丈夫。だいぶ道からそれちゃったけど方角は覚えてる」
……やっぱりリハはただものじゃない。真っすぐ逃げてきたならまだしも、連中の攻撃から逃れるためにぐにゃぐにゃに進んできたのだ。まあ、進むべき方向は見失っていなかったのだ。できるだけ希望を持って、前向きな気持ち頑張ろう。だが、そんな俺に巨大な壁が立ちふさがった。
「頑張れば夜明け前にはたどり着けると思うよ」
リハは歩きな出しながら、いつものすまし顔でそんなことを言う。
「夜明け前………」
俺はその巨大な壁を見上げ大きく手を伸ばした。………簡単には届きそうにない。
「帰りたい……………」
深い深いため息をつくと、腕の中の少女をしっかりと抱える。今度は大きく息を吸って、分厚い辞書が十冊ほど両肩に乗せられたような体に鞭を打ち、リハに一歩一歩地面を踏みしめながらついていった。足はもちろん疲労困憊だし、腰もピリピリと痛み始めた。他にも体中が悲鳴を上げている。頑張ってリハの斜め後ろまで来ると、彼女は視線をこちらに向けた。
「私はあなたを守れても、その子を守ることはできない。疲れてるかもしれないけど、ちゃんと守ってね」
「うん、わかってる」
「ありがとう」
リハの目もとはいつになく優しい。こちらの苦労をちゃんとわかってくれているのだ。そんな彼女に、疲れたから代わりにこの子を持ってなんて口が裂けても言えない。彼女は俺を守るために常に臨戦態勢に入れるようにしているし、それをわざわざ俺に言ったりしない。もちろん俺はそのことをちゃんとわかっている。…………………しかしここは夢の中だ。なんでこんなに頑張る必要があるのだろう。向かう先に喜びがあるという保証もないし、疲れをとるための睡眠で疲労したら本末転倒だ。………ただひたすらに体は痛み続ける。痛い……苦しい………もう歩けない………………。それでも俺は進まなければならない。彼女が前にいるから。するとリラは足を止めた。
はぁ、やっと休憩か……三分、いや、五分は休んでいいかな。
リハは腰から長剣を引き抜く。
……はぁ…でもこの調子だと一分も休んだら………気づいたら三時間は寝てしまいそうだなぁ………。
リハは半分だけこちらに顔を向け、横目で俺のことを見る。
はぁ……彼女は何であんなに悲しそうな目をしてるんだろう………そうか、リハもやっぱり疲れてたのか……。
リハは体をこちらに向ける。真正面から見たその顔の頬にはひとしずくの光が垂れている。
はぁ………どうして泣いてるの?…………やっぱり疲れてたんだね………もう俺と一緒に寝てしまおうよ……敵のことなんか忘れてさ…………ね?……そうしよ?
リハは口を動かす
「どんなにきつくても頑張ってくれて、ありがとう」
何度目かの彼女の「ありがとう」……。それはいままでのありがとうより、最も気持ちのこもった最愛の言葉。リハは剣をやさしく、そして素早く横に振りぬいた。
はぁ………あれ?
その時、俺は自分の視界に違和感を感じた。
なんでだろう…体は動いてないのに……空を飛んでる……………………………………………。
私は剣を持っていない左手で、濡れていた頬をぬぐった。右手には鮮血がついた、いつもは美しいはずの長剣。それをそっと腰の剣帯に収める。私は首のなくなった比留川葵に歩み寄ると、両手を広げ、そっと彼の体を包んだ。たっぷり一分間………。感謝の気持ちを全て流し終えると、優しく彼の体を地面に寝かせた。彼の首も一緒に同じ場所に置くと、一歩下がり、再び剣を抜いた。すると、今までの中で一番冷たい、そして一番暖かい冷気が辺りを漂う。
「おやすみなさい」
私は剣を比留川葵に向けた。空中を漂っていた冷気が彼の体を包み込み、同時に凍り付かせる。一度固まった彼の体は、その後、溶けるように消えていった。無数の星のような光が空へ漂っていき、夜の闇に染まっていく。
「きれい」
私はそうつぶやき、その場を去っていった。
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