第4話 向こうからのアクションが無いと面倒
唯島は駄菓子を渡しておけば何とかなるから、まだやりやすい。
それ以上に面倒くさいのは、何を言ってもほとんど反応しないあいつだ。
♢♢♢
「……いつの間に」
教職員用の食堂から帰ってきた俺は、絶対にかけておいたはずの保健室の扉が開いているのに気が付き、大きなため息を吐いた。
「あいつ、またピッキングしたな」
犯人の予想はついたから驚きはしなかったけど、面倒なことには変わりない。
俺はまた大きなため息を吐くと、勢いよく扉を開ける。
たぶんこの行動は向こうにとって邪魔になっているだろうが、知ったことではない。
この学園の保健室にはベッドが三つある。
お坊ちゃま校にしては普通かと思われるが、学校のすぐ隣に寮があるし、大きな怪我や病気だった場合はヘリが飛ぶ。
だからサボり(俺が来てからは許していない)ぐらいしか、用途は無いのだ。認めたくは無いが、相談ごとに来るのもいるか。
そしてこれに関しては、サボりに分類していいのか微妙なところである。
三つあるベッドのうちの一番奥のカーテンガしめ切られていたが、太陽の光に照らされてシルエットが浮かび上がっている。
それが小刻みに震えている様子を一番最初に見た時は、ホラー映画を思い出した。
俺は脇目も振らず、真っ直ぐにそこまで向かうと、勢いよくカーテンを開ける。
「おいこら、保健室は盗聴鑑賞場所じゃねえって、何度言えば分かるんだ」
ベッドの上にはいつも通り、体育座りをしている姿があった。
目を覆い隠すぐらいのモッサリとした前髪のせいで、清潔感が全く無いのはまだいいが、見えている口元がニヤニヤしているのはいただけない。
その耳にはヘッドフォンがつけられていて、完全に俺の声はノイズキャンセリングされていた。つまりは聞いてない。
しかしこんなことでへこたれていたら、この学園では一日ともたない。
俺は気づかれないように、そっとヘッドフォンに手をかけると、遠慮なく外した。
「っ!」
そうすれば声にならない叫び声を上げながら、ようやく俺の存在に気づいたのか、やっとこちらに顔を向けてくる。
「そんな顔しても無駄だ。悪いのは完全にお前だからな」
俺の言葉に全く返事をしないで、じっとりとした視線を向けてくるこいつの名前は、
五大変態の一人で、ヘッドフォンがデフォルトの装備の生徒だ。
話しているところを見たことが無い黙池は、姫の盗聴をしているタイプの変態である。
盗聴+その音声を録音していて、そのフォルダが溜まると、こうして保健室に勝手に入り一人で観賞会を始めるのだ。
鍵をかけても毎回ピッキングで開けるので、セキュリティレベルをあげた方がいいか検討中である。
そして盗聴は完全に犯罪なのだが、学園の意向としては物理的に危害を加えない限りは静観しろとの判断だった。
どれだけ甘いのかと言いたい。
世間に出た時に、困るのは生徒なのではないか。
俺としては色々と思うところはあるが、雇われている身なので文句は言わない。
生徒よりも、俺の生活の方が大事だ。
そういうわけで、黙池も俺に関わらなければ放っておくが、毎回盗聴の鑑賞場所に保健室を選ぶ。
他に場所は無いかと思うが、恐らく学園の中でゆっくりと静かに音を聞ける場所がここなのだろう。
俺が赴任する前からそうだったのか、それとも最近この場所に目をつけたのかは知らないが、静かだけど存在自体がウザイ。
雰囲気がじっとりとキノコが生えそうだし、音声を聞いている時、声には出さないが吐息のようなものが聞こえて仕事に集中出来ない。
俺としては追い出したいところなのだが、いつも来る時間が昼休みなのでサボりじゃない。
それに黙池は成績は優秀でも、姫に出会う前までは不登校だったらしい。
盗聴をするために登校するというのもどうかと思うが、学園からしたら登校してくれるのならばなんでもいいのだ。
むしろまた不登校になったら困るから、優しく接しろと言われている。
つまりは放っておけということなのだろうが、俺が素直に聞くと思うなら大間違いだ。
「ヘッドフォン返して欲しけりゃ、言うことがあるんじゃないか? ほら」
手に持つ高級そうなそれをクルクルと回しながら聞けば、黙池は唇を噛み締めた。
ただ一言言えばいいだけなのに、それさえも出来ないのは重症だ。
来る度にチャレンジしているが、未だに上手くいった試しがない。
しかし俺の辞書に諦めるという言葉は、黙池に関しては無いので、さっさと向こうが諦めて欲しい。
そのまま膠着状態が続いていれば、黙池がポケットの中からスマホを取り出す。
そしてポチポチと何かを打つと、音声が流れ始めた。
『返してください、それは俺のです』
それは聞きなれた機械音声で、俺は息を吐いた。
「そんなに話すのが嫌か? 学校生活、どうやって送っているんだよ」
同級生や先生に対しても、そうやって意思の疎通をしているとしたら、本気で将来が心配だ。
いくら親の会社に就職されているとはいえ、自ら話そうとしない重役に誰もついてはこないだろう。
病気なら仕方がないが、黙池の場合はただ自分で口を閉ざしているだけだ。俺からしたら甘えているとしか思えない。
『あなたには関係ありません』
「確かに俺は担任でもないし、関係無いけど。ここは俺の仕事場なんだよ。勝手に入る前に、言うことあるよな?」
別に話そうが話さまいが、俺には関係無い。
しかし保健室に来るのだとしたら、話は別だ。
黙池も俺が正論を言っていると感じたようで、更に唇をかみ締めた。
そのままだと血が出そうなぐらいの力だ。
何故そこまで話したくないのかと、俺は呆れてしまった。
黙池が話そうとしない理由は知らないし、どうして姫を好きになったのかも知らない。
盗聴をしようとした理由に至っては、一生分からないだろう。
音声を聞けば分かるだろうかと、俺は持っていたヘッドフォンをつけようとした。
しかしその前に、手の中のヘッドフォンは奪われた。
取り戻したそれを腕に抱えながら、黙池は唸る。
まるで手負いの獣のようで、俺は落ち着かせるように、敵意は無いと示すため手のひらを見せた。
「どうどう。落ち着け。さすがにつけようとしたのは俺が悪かった。昼休みが終わるまでは好きにしていていいから」
さすがに今のは俺が悪かった。
黙池にとって宝物であるヘッドフォンを、そのデータを荒らされるのは我慢ならないだろう。
これはデリカシーが足りなかったと、俺は素直に謝った。
今日のところは大目に見よう。
カーテンをしめて、さっさとその場から離れれば、少し身じろぐ音が聞こえて静かになった。
静かに鑑賞する分にはまだいいが、十分もすればごそごそと何か音がしてくる。
ちょっと気を許せば調子に乗る。
今度は絶対に容赦しないと、俺はカーテンの先に鋭い視線を送った。
鍵だけじゃなくて、勝手に開けたらトラップが作動する仕掛けでもつけてしまおうか。
一回その反応が見てみたいと、俺はパソコンを使って探し始めた。
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