第3話 俺様野郎とは合わない
五大変態の中で、一番のお気に入りが犬山だとすれば、一番苦手というか嫌いなのは奴だと断言出来る。
「よお、うさぎ。今日もシケた面してんな」
「何しに来た」
「そんな態度とってもいいのかよ。俺が言えば、あんたなんて簡単に飛ばせるんだぜ。もっと俺に媚び売った方がいいんじゃねえのか」
「はっ、お断りだ」
「ほんっと、可愛くねえな」
そう言って口角を片方上げる男を、俺は生理的に受け入れられなかった。
♢♢♢
こいつの名前は、
今どきそんなのがいるのかと聞いた時には大爆笑したが、この学園の番長らしい。
番長(笑)は恥ずかしくないのか聞きたいレベルだが、その実力に関しては認めている。
ここはお坊ちゃん校だからといって、ひ弱な生徒が多いわけじゃない。
むしろ英才教育の一環として、幼少期から格闘技や護身術を習っているから、強いのはゴロゴロといる。
そんな中で番長と認められているのだ。
それ相応の力がある。
背丈は犬山と同じぐらいだが、犬山と比べると身体の厚みが違う。
腕に覚えがある奴は身体を見ただけで強いのが分かるし、それ以外の奴は唯島の放つオーラに圧倒されるはずだ。
さっきも言った通り、実力だけは認めている。
しかしそれは、あくまでも実力だけだ。
それ以外はクソとしか言いようがない。
向こうも俺のことが嫌いなようで、いつもは保健室に近寄ってこないが、例外がある。
「うさぎ、また俺の邪魔をしたな?」
「何のことだ?」
「とぼけんじゃねえ。また失敗したんだよ。どうせお前の差し金なんだろ」
胸ぐらを掴むのではないかと言うぐらいの勢いで、こちらを睨みつける唯島の眼光は鋭い。
手を出してこないのは、さすがに暴力沙汰はまずいと分かっているからか。
知恵も回るせいで、余計にタチが悪い。
唯島が保健室に来る理由は決まっている。
それは、自分の計画を邪魔された時だ。
こいつも同じように姫のことを好きなのだが、その気持ちの表し方が一番暴力的である。
曰く、姫の周りに人がいることが許せないらしい。
自分一人だけいればいい。他は邪魔。
だから排除する。
そんな簡単な思考回路で、他の生徒を消そうとするのだ。
そのやり方も脅して近寄らせないようにするか、暴力に訴えて退学に追い込むようなもののため、教師も頭を抱えていた。
何が面倒かって、それなら主犯の唯島を退学にすればいいかといえば、そう上手くはいかないところだ。
俺は全く興味ないから知らないが、学園に多額の寄付をしている名家らしい。
そのせいで保守派の教師が、退学や停学に反対している。
何をしても怒られないとなれば、好き放題をするのは当たり前だ。
姫とやらに害をなそうとして排除されるのなら自業自得だけど、そうじゃない生徒もたくさんいる。
ただ友達として一緒にいて、そんな危険な目に遭うのは理不尽だと俺は思う。
だからあらかじめ計画を知り、俺は唯島の邪魔をするようになった。
俺が邪魔をしていることはすぐにバレて、計画が失敗するたびに、こうしてわざわざ文句を言いに来るようになったというわけだ。
「今回のは、ただ落し物を拾っただけだろ」
「やっぱりお前だったか。落とし物を拾っただけ? お姫様に笑いかけられていたんだ。万死に値するのは当然だ」
「当然って。お前、姫に関わった人間、全員排除する気か?」
「それ以外に何がある?」
「それ以外しかねえわ、馬鹿か」
そんなことをしたら普通は生きていられないが、下手に財力があるせいで世話が出来てしまう。
ヤンデレに財力を持たせると面倒くさいのか、財力があるからヤンデレになってしまうのか。
どちらにせよターゲットにされた姫には、同情の気持ちが湧く。
「本当、学園長のお気に入りじゃなかったら、すぐにでもめちゃめちゃにしてやるんだけどな」
「俺は簡単に飛ばせるんじゃないのか?」
「うっせえ」
俺のことが嫌いなのに、わざわざ文句を言いに来るところは、まだまだ青臭い。
保健室のベッドに座ると、手を差し出してくる。
「何だ?」
「分かってるんだろ。いつもの」
ふてぶてしくて可愛くない。
元々可愛いわけではないが、犬山みたいな素直さがあればいいのだが。そうだったら気味が悪いだけか。
俺はため息をついて、そして引き出しを開けた。
中から目的のものを取り出すと、唯島の方に投げる。
「今日は何だ?」
「ねりあめ」
「ねりあめ?」
「割りばしに出して、よく練ってから食べるんだよ」
「変な食い方だな」
「白くなるまで練ってみな」
唯島が保健室に来る理由が、もう一つある。
それは、俺がおやつに食べている駄菓子だ。
少し前に、俺が所用でいない時に唯島が保健室に来たことがあった。
その時、俺の弱みを握るために保健室の中を荒らしに荒らしまくって、引き出しの中の駄菓子を見つけた。
お坊ちゃまの唯島は、もちろん駄菓子なんてものを食べたことが無かった。
知らない人間からしたら得体のしれない食べ物であるのにも関わらず、ソースせんべいを選んで口にした。
ソースせんべいは唯島の口に合ったようで、俺が帰った時にふんぞり返って待っていた奴は、ニヒルに笑った。
「これ上手いな。気に入った」
偉そうにしているが、その口元にはせんべいのカスがついていて、完全に台無しだった。
♢♢♢
そういった経緯もあり、駄菓子の魅力に取りつかれた唯島は文句を言いに来るついでに、駄菓子も食べる。
別に一個数十円ぐらいだからいいが、向こうはそれでいいのかと聞きたくなる。
俺が嫌いなくせに、俺が買ってきたものを食べるのは、嫌じゃないのか。
ねりあめを練っている姿は、真剣な表情のせいで逆に面白い。
「こんなもんでいいのか」
「もっと白くだ」
「何か柔らかくなってきたけど、本当に大丈夫なのか?」
「それが上手いんだよ」
ねりあめというのは、練る工程が楽しいと思う。
唯島も文句を言いながら楽しそうなので、そういう顔が新鮮で俺も門前払いをせずに、様々な種類の駄菓子を用意しているのかもしれない。
高校生の癖に駄菓子を食べたことが無いなんて、この学園ならではこそだろう。
「もういいか?」
「あー、そろそろいいんじゃねえか。こぼすなよ」
「分かってるって」
「分かっていないから、この前すももの汁をこぼしたんだろ。あれ、洗濯するの大変だったんだからな」
「へーへー。洗濯しないで買い替えればいいんじゃん」
これだからお坊ちゃまは、何でも買えばいいと思って。
白いシーツに赤い汁は、恨むぐらいに全く落とせなかった。
「とりあえず子供じゃないんだから、こぼすなってことだ。こぼしたら、お前の好きな姫にばらすからな」
「てめっ、絶対に言うなよ! 言ったら、マジでタダじゃおかねえからな!」
脅してはきたが、水あめは落とさないようにしていたし、全くもって怖くなかった。
むしろ本気で凄まれたとしても、俺としては全く怖くない。
ねりあめを食べて顔を輝かせた唯島を見ながら、俺は自然と顔がほころんでしまった。
「今度は、もっと用意しておけよ」
「あ?」
照れ隠しなのか何なのか、憎まれ口を叩いてきたので思わず声が出る。
やっぱり、こいつとは全く合わない。
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