第41話
天地を揺るがし、世界が揺れる。まるで神話の世界を再現したような暴虐の嵐に、人間が生み出した物など耐えられるはずもない。煉瓦で造られた民家は一撃で粉々に吹き飛び、噴水は割れ、大地は剥き出しになり、ほんの数時間前まで人々が笑顔と談笑で賑わっていた街並みは、わずか数分で見るも無残な惨状へと変貌していった。
それを成したのは、たった二人の悪魔。
「ガアアアアアア!」
「ガッ!?」
ラクトはまるで獣のような咆哮と共に、十メートルは離れているクルールに向けて拳を突き出す。当たる筈がない距離。だというのに、クルールの体がまるで大型トラックと衝突したように吹き飛び、その背後にあった民家を倒壊させた。
「はははっ!」
クルールが崩壊した民家から飛び出し、ラクトに迫る。どんなものでも透過し、後から切断出来るクルールの魔剣は、本来ならば最強の異能に近い。その剣から逃れるには、避けるしかない。
「ナ、メルナァァァァ!」
「なっ!?」
だというのに、ラクトは恐れることなく振り切られた剣に向かって拳をぶつけた。そして――
「僕の剣が……透過しない!?」
剣を弾かれ上半身が浮き上がったクルールの腹部に向けて真っ黒に染まった黒腕を抉り込ませた。
「シネェェェッ!」
「――――ッ!」
声にならない音を吐き出し、クルールは吐血をしながら再度吹き飛ばされる。不味い、体勢を立て直さないと――そう思う間もなく、ラクトは吹き飛ぶ彼に追い付き地面へと叩き付けた。
再び地面に引き締めている煉瓦が割れ、凄まじい轟音が街中に響き渡る。一体これで何度目だろう。本来ならば警察や軍隊が出動してもオカシクない惨状を撒き散らす二人は、留まる事を知らない様に暴れまわり、手当たり次第の物を破壊していく。
「シネッ! シネッ! シネシネシネシネシネシネェェェェェ!」
もはや人間らしい理性が残っているのかも怪しいほど、今のラクトは見ていられないほど恐ろしい。
馬乗りになったラクトが、何度も何度もクルールに向けて拳を叩き付けた。何度も何度も、クルールは抵抗も出来ずにただひたすら殴られ続けた。そしてその喉を掴むと、片手で持ち上げる。その瞳には人間らしい感情など映っておらず、ただ目の前の敵を屠ることしか考えていない悪魔の瞳だ。
すでにボロボロになり首を握り締められているクルールは、それでもそんなラクトを見て狂気の笑みを浮かべ歓喜の涙を零していた。
「ハハハッ! 凄い! 進化した僕の剣が全く通用しないなんて! 流石はラクト! これだよこれこそが僕の憧れつづけた最強最悪最上の悪魔憑き、『純粋悪魔(ピュア・ブラック)』だ……ガッ!?」
より一層強く握り込まれたせいで、一瞬言葉に詰まる。普通の悪魔憑きでは百回死んでもお釣りが来るほどの猛攻を受け、それでもクルールは楽しそうに笑う。
「け……ど、僕はまだ、死ねない……きみが、本当に堕ちる、その瞬間を見届ける……までは……ねっ!」
右腕が閃き、手に持った剣がラクトの顔目がけて飛翔する。悪魔の力を全開にしたラクトの中で唯一染まっていない顔だけは、彼の攻撃が通じる可能性があった。そしてその考えは正しく、ラクトは拘束していたクルールを手放し大きく飛び下がる。
「はあ、はあ、はあ……ペッ!」
口に溜まった血を唾と一緒に吐き出し、慎重にラクトを見る。同じ生き物とは到底思えない圧倒的な身体能力と肉体の頑強さ。切り札である白銀の剣も、その全身には通用しない。
金色の瞳は依然としてクルールだけを見ている。攻撃の際も、レオナに被害を受けないようにしているのがはっきりとわかった。これだけ人間離れした暴れ方を見せて、なおも人に縋りつくラクト。そして、それが気に食わない。
「ねえラクト、君はいつまで人間の振りをしているのさ! 自分の今の姿を見返してごらん? 正真正銘破壊の権化で、とても人間とは言えないよ!」
「ダッタラ……ドーシタァ」
「そんな女なんて放っておいて、一緒に世界を壊そう! 僕達二人でならこんな腐った世界、きっと終わらせることが出来るよ!」
両手を広げて、まるで夢を語る少年のようにクルールは語り掛ける。その返答は言葉でなく、行動で示された。
まるで野生の猛獣が獲物を狩る際に力を蓄える様に、ラクトは極限まで前屈みになると、その両腕と両足に力を籠める。人ではない何かが見せる、突撃体勢だ。
「……やっぱり、駄目だよね。まあ、元々世界なんてどうでもいいからいいけどね」
一瞬、クルールは寂しそうな顔を見せるが、すぐに打ち消す。そして手に持った剣を構えると、二人は睨み合った。二人の魔気が大気を揺るがし、濃厚な殺気は二人の間の空間を削り取るように歪んでいく。
「でも最後にこうして君の本当の姿を見れて、良かったよ」
「例えオマエガどう思ってヨウト……モウ、止まレネエよ……」
「知ってるよ」
雲に隠れていた満月が、その姿を現し始め、光が闇を照らし上げた。そして黒と白の悪魔が、同時に大地を踏みしめ、互いの命を滅ぼそうとぶつかり合う。
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