第32話
リフォンと名乗った少女が連れてきた場所は、そこそこ奇麗な喫茶店だった。テーブルの数はおおよそ十席ほどで大きいとは言えないが、この国とは異なる独特の雰囲気が店内に溢れており興味深い。見たことのない飾り物や店内を明るく照らす天蓋など、人によっては気に入るかもしれないな、などと観察していた。
「お父さんたっだいまー! お客さん連れてきたよー!」
「おおっ、マジかリフォン! この国で店を開いて六時間、ついにお客様第一号いらっしゃいませぇ!」
「ま、ちょっと迷惑かけちゃったんでお金取らないって約束したんだけどね」
「それじゃ意味ねえじゃん!」
店に入るや否や、躊躇う様子を見せずにキッチンへと入っていったリフォンはどうやらこの店の娘のだったらしい。てっきりアルバイトか何かだと思っていたので、少しだけ意外だった。リフォンの父の嘆きの声がラクトの耳まで届いてくる。
「いやいやいや、意味あるって。ここで最高のおもてなしをしてさ、口コミを広げて貰うんだよ! そしたらうちの店もじゃんじゃんお客さんが来るかもよ」
「おいリフォン……おめぇってやつは天才だな! よっしゃあそれじゃあ腕によりをかけておもてなしさせて頂くぜ! 次のお客様の為に!」
「そう! 次のお客様の為に!」
この親子テンション高いな。などと店の入り口で一人ポツンと残されたラクトは、おもてなしもなく、待ちぼうけをくらうこととなる。次の客も大事かもしれねえけど、とりあえず今の客をなんとかしろよ、と内心突っ込んでしまった。
「いやーごめんごめん。ちょっとお父さんが熱くなっちゃってたね!」
「いやオメェもだろ!?」
ニコニコと席に案内されたラクトは、飯だけ食ったらさっさと帰ろうと考えていたのだが、何故か料理と一緒に相席して自分達も食べ始めるリフォン親子によって遮られることになる。
そもそも、一人の人間が食べるには明らかに多い。人一倍多く食べるラクトだが、食べきるのに相当な時間がかかりそうだった。もっとも、客を無視して好きなような飯を食べる親子がいるため、無理して食べ切る必要はなさそうだが。
ちなみに、飲食店なら書き入れ時だというのに、一向に客が入ってくる気配がない。どうやら本日オープンらしいが、人通りの少ない場所と異国料理ということもあって、中々人が集まらなようだ。
この街に住んでいる人間からすれば、ラクトはそこそこ有名である。人相はともかく、名前を知らない人間はほとんどいない。
そういう意味では、騒がれても面倒だったので、この店は人が寄らず丁度よかった。もっとも、別の意味で騒がしい二人組のせいで落ち着いて食事は出来ないでいるが、これくらいならまあいいだろうと納得する。
ラクトにとって、こうしてワイワイ騒がしく食事をするというのは久しぶりだった。仲間達がまだ小さかった頃などは、すぐにご飯の奪い合いが始まり喧嘩の仲裁などをしていたが、最近はみんな大きくなってそこそこ大人しくなったものだ。
「どうだい兄ちゃん! 俺の飯は上手えだろ!」
「ねえねえ、どれが一番おいしい?」
「……この唐揚げ」
だからだろうか。懐かしさを感じ、いつもなら絶対無視していたであろう質問に答えたりしていたのは。
「やったー! 私の勝ちー! それねー私が作ったんだ!」
「ぐっ! まさかこんなひよっこに負けるとは!」
「ふふん。どうやらついにこの店の看板を私に明け渡す時がきたようね!」
「まだ開店して半日も経ってねえのに!?」
事実、この店の料理はどれも美味しい。出来る限り外食を控えていたラクトにとって夕食というとグリアのカップ麺か、各々が担当する大して美味しくない料理だったのだが、ここで出された料理は久しぶりに美味しいという感覚を思い出させていた。
「くくっ」
診療所の仲間達以外は全員敵だと思い、決して他の人間やニード達に気を許したことのないラクトだったが、美味い料理を食べたことで気が緩んだのか、二人のやり取りを見てわずかに口元で笑みを浮かべてしまう。
「おやっ?」
「おっ?」
そしてほんのわずかな変化を敏感に感じ取ったのは、二人の料理人だ。すでにラクトの口元はいつものように仏頂面に戻っていたが、ニコニコと親子揃って似たような笑みを浮かべている。
「今一瞬笑ったよね? 笑ったよね?」
「笑ってねえよ」
「いーや笑ったぞ。俺も見たからな。なあリフォン!」
「うんうん、やっぱりご飯は楽しく食べなきゃ損だもん。笑って食べてくれると私も嬉しいよ」
「だから笑ってねえって言ってるだろっ」
「「はいはい。恥ずかしがり屋さんはみんなそう言うのです」」
同じ言葉を全く同じタイミングで言い放つリフォン達が妙に腹立たしい。
「――っ、くそ」
ラクトは己の反論を無視して二人で盛り上がる親子に、これ以上は無駄かと思い直し、黙々と出された料理を食べる。決して微笑ましい者を見る目で見られているのが恥ずかしくて誤魔化しているわけではない。
結局、気が付いたときには出された料理は全て平らげてしまった。もちろん、ラクト一人で食べたわけではないが、それでも全体の七割以上は食べただろう。無我夢中で食べていた為気が付かなかったが、満腹などという言葉では言い表せないほど食べてしまい、後に残るのは気恥ずかしさだけだった。
そんなラクトを見ながら、リフォンと親父はニヤニヤ見つめていた。
「…………」
「ん? なにか言うことはないのかな?」
「いいんだぜぇ。心から思ったことを一言。さん・はい!」
「…………」
ラクトはリフォンの父の言葉に反応せず、店の入り口に向かって無言で歩く。何にも返事がもらえなかった彼は店の隅でいじけてしまった。そして扉を開き、一瞬だけ立ち止まる。そして彼女達の背を向けたまま一言。
「……美味かった。ご馳走様」
「おしい! 最後にまた来ますって言って欲しかったよ!」
「だが許す! だからまた来てくだせいお客様! 今度はちゃんとお金貰うけど!」
「ってわけでまた来てね! ラクト!」
一気にテンションが跳ね上がり、ワイワイ騒ぎだした二人のノリに思わず苦笑しながら、外に出る。
「まあ、気が向いたらな」
「「ありがとうございました!」」
店内から聞こえてきた気の良い声をバックに、すっかり暗くなったリングベルトの街をラクトは歩く。その顔に笑みを浮かべながら手に持つカップ麺を見て、家で待つ家族のことを思い出してしまい頭をかく。
「もう腹一杯だな」
だから家で準備されているであろう晩飯は食べられそうにない。恐らくショックを受けるであろうクルールをどうあしらうか、それを思いながらげんなりして家路に着く。
「ただいま」
「あ、おかえりラクト! もうご飯出来てるよ! って随分と機嫌が良さそうだね。外でなんかあった?」
「ホントじゃのぉ。珍しい」
鋭く指摘してくる二人に一瞬心臓の鼓動が跳ねるが、特に教えてやるつもりもなければ、そもそも機嫌など良くなっていないのだから二人の勘違いだと断言する。
「あ? 別に何にもねえよ。ほれグリア、カップ麺。あと悪いが今日はもう飯いいや。外で適当に摘んできたから」
「ええっ!?」
「おっと、すまんの。シーフードにカレー、抹茶にストロベリー。うむ、問題なしじゃな」
予想通り、驚愕な事実を突きつけられたかのようにショックを受けたクルールと、ビニール袋の中身を確認して満足気に頬を緩めるグリアを背に、ラクトは階段を上って自分の部屋に向かう。
背後で喚いている声が聞こえるが、無視すれば問題ない。部屋に戻って適当な本を読みながら、今日の出来事を思い出すと、自然に口角が上がってしまう。それだけあの店の味はラクトにとって悪くない物だった。
「気が向いたら、また行ってみるか」
自然にそう零してしまう程度には、あの味を気に入っていた。決してあの親子の雰囲気を気に入ったわけではないと自分で言い訳をしつつ、電気を消して眠りについた。
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