第26話
人間の女。それがラクトを変えた存在らしい。だがレオナはそんな人物の話を一度も聞いたことがなかった。それが妙に胸がざわざわと騒めき、息苦しさを感じるようになる。そっと盗み見るようにしてラクトに視線を向けると、その顔はいつもより硬い気がした。
そんなレオナ達の様子に気が付かず、マスターは話す度にどんどん気分が良くなっていくのか、身振り手振りを加えて当時の出来事を語り続ける。
「女の名前はリフォン・カストーラ。こいつが現れてから、それまではカログリアや同じグループに所属してたやつ以外には絶対に気を許さなかったこいつが、まるで借りてきた猫みてえになっちまった。いやあ、あの時は俺も目を丸くしたぜ。なんせ『純粋悪魔(ピュア・ブラック)』が普通のガキみたいに笑いやがったからな。まあそれもクルールの野郎が――」
「おいマスター、俺の昔の話はどうでもいいだろ。ったく、情報屋がぺらぺらと情報を撒き散らしやがって。そんなこと言ってる暇があんならさっさと続きの情報寄越しやがれ」
ラクトがマスターの言葉を遮る。いつもより低いその声は、彼がただ不機嫌なだけではないのではなく、言葉の奥になにか深い悲しみを抱えている。レオナは自分が如何に彼を知らないのかを突きつけられた気がした。
マスターもラクトの変化に気が付いたのか、言葉を紡ぐ。確かに目の前に本人がいるとはいえ、これだけ口が軽ければ情報屋として失格だろう。気まずそうに禿げた頭をかくと、素直に謝罪した。
「あー、悪い。詫びと言っちゃあなんだが、今回の情報は二割にまけとく」
「今日の飯代もな」
「へいへい。っと、嬢ちゃんも悪かったな。あんまり気分のいい話じゃなかったか?」
「え、えーと……」
何と言っていいものかわからず、レオナはチラチラと隣でコーヒーを飲むラクトを見る。
正直、ほんの少しでもラクトを知れたことは決して嫌なものではなかった。もちろん、ラクトの過去に女の影がチラついたことは気になるが、それも含めて少しでも近づくことが出来たなら、良しとしたい。とはいえ、それをラクトは望んでいるのだろうかと疑問を覚える。少なくともこの女性の話題に関しては避けたい様子を見せているし、拒絶の意志を見せていた。
困った風に口を濁していると、かちゃんとコーヒーカップとソーサーがぶつかる音が静かな店内に響く。
「……情報、早く」
「わーったよ! そう怒るな! ってもそこに書いてるだろ」
資料には吸血鬼の強さ。血を扱うという能力。容姿などが記されていた。また過去の被害者の素性や出現ポイントなどが事細かに図面化されている。警察でもほとんど情報の得られていない状況で、ここまで調べ上げたのは流石と言えるだろう。
そこまで揃った資料でありながら、ラクトは疑いの眼差しでマスターを睨む。
「どうせ他にもあるんだろ? さっさと出せるもんは全部出しやがれこの業突く張りが。もちろん追加料金なんてなしだぜ」
ニード達が運営している情報屋達にはある共通点がある。それはあえて情報を小出しにして、追加料金を得ようとすることだ。追加料金自体は実際たいしたことのない値段の割りに重要な情報なため、大抵のニードはこれを払うことになるのがこの戦略のキモだ。ほんの少しでも利益を得ようとする彼らの性格が表れていた。
「……はぁ。しゃーねーな。ほらよ」
マスターは大きなため息と共に、カウンターの下から更なる資料を取り出す。それを受け取り読みだしたラクトの瞳がどんどん険しくなってくる。
「なるほどな……よくもまあこんな情報を後出ししようと思ったもんだ。お前ら情報屋って馬鹿なんじゃねえの?」
「別に俺らは街がどうなろうと知ったこっちゃねえからよ。貰えるもんは貰っとかねえと」
「そんなだから業突く張りだとか言われんだよ。レオナ、お前も読んどけ」
「え、うん……」
ラクトから手渡された資料を受け取ると、不思議そうに視線を資料に向ける。そこに書かれていたのは、吸血鬼事件とレオナの家族が虐殺された事件の関連性。
その一文を読んだだけで、レオナは思わず資料を落としそうになった。震える体に活を入れ、なんとか続きに目を通す。
このリングベルトの街のみで起きている言われている『吸血鬼事件』だが、実はとある事件とリンクしていることが分かった。
グレイナス・カンパニー重役殺害事件。すでに十二名いた取締役や役員の全てが殺害されており、その家族親類も含めて生き延びている者はごく少数のみ。その犯行の手口は同一犯とされており、鋭利な刃物で首を切断されている。
唯一、グレイナス・カンパニーCEOであるサフラン・グレイナスのみが吸血鬼事件に近い形で殺されているが、警察内部ではこれら二つの事件は別件として捜査されていた。元より悪魔憑きが誰かの言うことを聞く、ということもなければ、計画性のある犯行をするとは考えれていないからだ。
しかし情報屋達は、悪魔憑きが目的のためならば他の何かと手を組むことを知っている。そのため、警察とは違い、これらの事件が共通の人物によって起こされたものだと考えることが出来た。
吸血鬼の目的は推測できる。リングベルトで若い女性を襲っているのは力を得るためだ。現れる度に力を増しているという報告からもほぼ間違いないだろう。
そしてグレイナス・カンパニーの重役が襲われるという事件こそ、吸血鬼あるいはそれと共にする者の本来の目的であると考えられた。無差別に襲われているリングベルト側の事件に対し、グレイナス側の事件は明らかに指向性を持って動いているからだ。
こちらを本命として新たに調査を進めると、事件が始まり約二週間が過ぎた今も、グレイナス・カンパニーの関係者の中で吸血鬼に襲われていない者がいた。
その者の名前は――
「う、うそ……」
その名前を見た時、レオナは目の前が真っ暗になった気がした。
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