第25話
「よっ、ご無沙汰。相変わらず店はいいのに寂れてんな」
「これでも夜は繁盛してんだよ。かーちゃんが店やってるからな」
「自分の顔が原因ってのは自覚してんのかよ。どっちにしろ休日の昼飯時に客がゼロは不味いんじゃねえの?」
「どうせ趣味でやってる店だ。本業で生計も立てれるからな。一年以上も顔を出さなかったやつがいきなり来たってこたぁ、どうせお前も飯はついでなんだろ?」
「ああ、けどその話は後だな。とりあえず飯食わせてもらうぜ」
マスターの言葉に苦笑しつつ、ラクトは慣れた様子でカウンターに座ると、隣に座ったレオナにメニューを渡す。
本業、という言葉に若干興味を惹かれたレオナだが、気になる男性の前でお腹を鳴らすという失態をした彼女にとって、昼食を食べるというのは何よりも急務だった。いそいそと受け取ったメニューを眺め、写真と書かれてる料理の説明文を読み、カルボナーラに決める。
ちょんちょん、とラクトの膝を指で突いて、次いでメニューを指さす。ラクトはもともと決めていたのか、一度もメニューを見ることなく注文を開始する。
「じゃあマスター、Aランチとカルボナーラ一つずつ」
「あいよ。ちょっと待ってな」
カウンターの奥に引っ込んでいくマスターを見てから、ようやくレオナの肩から力が抜ける。ラクトの知り合いと言うことでまだマシだが、数々の事件のせいで、最近は見知らぬ人間が傍にいるだけで緊張するようになってしまったのだ。
「ねえラクト。もしかして、ここのマスターも悪魔憑きなの?」
「ああ、よく気付いたな」
「まあ、アンタが気楽に話してたからそうかなって。でもこうしてお店をやってるってことは、ニードなんだ。本業ってそれのこと?」
「確かにマスターはニードだが、悪魔狩りはもうとっくに引退しててな、今は悪魔憑き専門の情報屋やってんだよ。割高の業突く張りだが、腕は確かだ」
『聞こえてんだよ! 取れるやつからとって何が悪い!』
カウンターの奥から聞こえてくる怒号にラクトは一瞬肩を竦めるが、その表情に焦りはない。慣れたやり取りなのだろう。
「情報屋って、ニードにも色々あるのね」
「弱い奴が直接戦闘して返り討ちにされても仕方ねえから、情報収集専門のやつらが結構いんだよ。まあ、マスターは素の戦闘も結構強かったらしいけど、怪我を理由に引退してな。今じゃリングベルトの情報屋を統括してる立場やってんだ」
「へえ……なんだか漫画みたい」
「悪魔憑き事件に関しては正直警察も結構お手上げ状態だからな。下手な人員投資は二次被害にしかなんねえ。だからこいつらは結構な額を吹っかけてくるんだよ」
両手にお皿を持った黒い巨人が奥から現れた。さきほどまで着けていなかった緑色のエプロンがどうも似合っていない。
「命がかかってるのはお互い様だからな。ほれカルボナーラとAランチ。コーヒーは食後に出してやるよ。サービスだ」
「あ……ありがとうございます」
「どうせこの後の情報料に上乗せするんだろ?」
ラクトがそう呟くと、ギロリとマスターが睨む。
「ちょっとは格好つけさせろよ。ああ嬢ちゃん、そっちは本当にサービスでいい。好きなだけ飲んでくれ。代わりラクトのランチメニューの値段を倍にしとくから」
「だってよ。じゃあ腹がタプタプになるまで飲んじまえよ」
「ほんっとうにデリカシ-がないわねアンタ!」
レオナがその言葉に反応すると、ラクトは楽しそうに笑った。それを見たマスターは意外そうな顔をして、次いでレオナを見る。そして納得した顔で頷くと、腕を組んだまま壁にもたれ、二人のじゃれ合いを眺めていた。
「そんじゃそろそろ本題に入るか」
「あいよ。さて、何の情報が知りたいんだ? ちなみにわかってると思うが、情報料は賞金の三割だぜ」
「わかってるっての。つーかどうせマスターも俺が何の依頼を受けてるか知ってんだろ? 一々勿体付けるなよ」
「形式美ってやつだ。ほらよ」
食器を片付けさせたラクトは不満そうにそう告げると、マスターはカウンターの下から複数の書類を取り出した。内容を聞かない内から情報の準備をところを見ると、ラクトの言う通りすでにどんな依頼を受けているのか知っていたのだろう。
「悪魔狩り討伐対象『吸血鬼』。やっぱ能力的にはB級か?」
「だな。うちの奴らが言うには魔気は使いこなしているそうだ。あと、完全に悪魔堕ちしてるらしい」
真剣な表情で書類をペラペラと捲りながら、マスターからの情報を聞いてラクトは舌打ちをする。
一度完全に悪魔堕ちしてしまった者はもう戻ることはない。つまり殺すか、気絶させて捕縛するしか止める方法はなかった。これがまだ人間としての理性が残っている者であれば説得も可能だったのだが、その線が完全に途絶えてしまったことに苛立ちを感じる。
「ちっ、わかっちゃいたが厄介だな……容姿は、金髪蒼眼の美少女?」
「……なんでこっち見るのよ。言っときますけど、私じゃないからね!」
「美少女な自覚はあるんだな」
「ち、違っ!? そんなつもりで言ったわけじゃ……」
レオナはわたわたと両手で己の身の潔白を示そうとするが、ラクトのイヤらしい笑みを消すことは出来なかった。それどころか、必死になるにつれてどんどん笑みを深くしていく。
「も、もぉー! 馬鹿! ラクトの馬鹿!」
「はっはっは! まあいいじゃねえか、お前が美少女なのは事実だからな!」
「そ、そんなことを平然と言うんじゃないの! し、しかも他に人がいるのに!」
「気にすんな。俺は気にしない」
「私が気にするのよ馬鹿!」
ポカポカとラクトを叩き始めるレオナ。どうやら今は悪魔の力が漏れていないのか、普通の女子高生レベルの力しかない。そのため素直に受け続けていると、二人の様子を眺めていたマスターが、たまらないといった様子で豪快に笑い始めた。
「はーはっはっは! 『純粋悪魔(ピュア・ブラック)』もずいぶん丸くなったじゃねえか。一時は鞘のない刀みてーにギスギスしてたのが嘘みたいだな!」
「ギスギス……?」
「んな昔のことは掘り返すなよ」
そんな雰囲気を感じたことのないレオナは、不思議そうにラクトを見やる。するとさっきまで散々調子に乗っていたラクトが若干気まずそうにしているのを見て、おや、と首を傾げた。これは中々いい情報を得たんじゃないだろうかと心の中でにやりと笑う。
「ねえマスター。昔のラクトってどんなのだったの?」
「おい!」
ラクトが珍しく声を上げるが、マスターはむしろそんな彼を見て余計に口が軽くなる。
「ああ、昔のこいつはそりゃあもう手の付けられない暴れん坊だったんだぜ。ニードだろうが悪魔憑きだろうが、敵対する奴には一切の容赦なく徹底的に叩き潰していきやがった。その暴れっぷりはその辺の悪魔憑きの比じゃなくてな、一時期はニードなのに討伐対象にされかかったくらいだ」
「と、討伐対象……?」
ラクトと出会ったばかりのとき、ニードは相当な事がない限り犯罪者の仲間入りをしないと聞いていたレオナは恐る恐るラクトを見る。悪魔憑きにとって犯罪者扱いは死刑と近い。そこまで国を恐れさせた男と、自分をいつもからかって笑う男が同一人物とは思えなかった。
「そんで悪魔憑き以上の本物の悪魔って意味が込められて付いた二つ名が『純粋悪魔(ピュア・ブラック)』。ニード達の中じゃあ、ラクトの仲間に手を出したら純粋悪魔が暴れるぞ、なんて言葉が流行ったくらいだからな。ま、俺からすりゃあ、子供が癇癪を起こしてるから付いた『純粋悪魔(ピュア・ブラック)』だったんだが」
「そっちだってニードを殺した時に付いた血を子供に見られて泣かしたせいで、『血塗られたブラックサンタクロース』なんて物騒な二つ名が付けられた癖に……」
ラクトは不貞腐れた様子でコーヒーをすする。反論しないその姿こそ、この話が真実なのだと言うことを物語っていた。そんな姿が楽しくて仕方がないのか、マスターはラクトの反撃を受け流すと愉快そうにかっかっかと笑う。
「そんなこいつもある日を境に急に大人しくなりがやったもんだ。こりゃあ何かあるなと思って、この街のニード達が興味本位で探ったら、どうやら人間の女に説教されたらしい。まさかあの泣く悪魔も黙る天下の『純粋悪魔(ピュア・ブラック)』が!? って当時は話題になったんだぜ」
「……えっ?」
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