第24話

 お国柄、陽気な人種が多いサンタクの首都だけあって、休日のリングベルトは活気に満ち溢れていた。もうすぐクリスマスということもあり、中央通りに並ぶ店のあちこちでイルミネーションが飾られ、夕刻はさぞロマンチックな街並みを彩る事だろう。

 温暖化の影響か、昼間の太陽が出ている時間帯は冬でもそこそこ暖かく、街を歩く人々の服装も秋物で纏めている人が多かった。やや寒がりな人がコートやマフラーをしているが、少数派といった所か。

 聖レステカ学園の制服である、紺色のセーラー服にベージュ色のカーディガンを羽織ったレオナは、やや緊張した面持ちで隣を歩く男を盗み見る。出会った時は埃まみれのボサボサだった髪も、グリアの家でお風呂に入りシャンプーをすることで艶を取り戻し、さらに珍しくワックスで整えているため清潔感を漂わせている。


 レオナとしてはもう少し髪の毛を切って顔を表に出した方がいいなー、と思いつつ、恥ずかしくて中々口に出せないのが現状だ。ただ、きちんと髪を整えたラクトは普段のだらしなさとは違い、凛々しい大人の雰囲気を醸し出していた。

 服装もいつものくたびれたシャツにダウンを着込むだけの格好とは違い、ベージュのズボン、濃い青色のジップ付パーカー、その上から黒のレザージャケットと、まるでファッション雑誌に載っていそうな格好をしていて、これがまた似合っていた。


 ただ、ラクトがファッションに興味があるのが意外過ぎて、どこか違和感を覚える。なんというか、彼の性格を考えると、服装や髪の毛で悩む姿が想像できないのだ。

 いつもと違うラクトが気になって、胸がドギマギする。何度もチラチラと見上げ、視線が合いそうになるとすぐに逸らしてしまい、自分が如何に彼を意識しているのかが分かってしまう。


 ――これってやっぱり、デートなのかな?


 こうして二人で街を歩くのは三度目だ。一度目はレオナの家に向かうとき。二度目は彼女が悪魔憑きと宣言され、飛び出した帰り道。いずれも不可抗力の結果であり、デートと言うにはその前後の出来事が殺伐とし過ぎていた。

 現在もレオナの両親を殺害した犯人の目星は付いておらず、吸血鬼の被害も減ったとはいえ未だに存在する。それにレオナが悪魔憑きであるということも、何も改善されていないのだ。とても状況がいいとは言えないが、それでも初めてラクトに誘われて街に出たという事実が、レオナの心を高揚させていた。


「あ、これ可愛い!」

「ん? どれどれ……」


 また目が合いそうになり、視線を逸らした瞬間レオナの目に入った物は、大きなウィンドウの中に飾られた十センチ程度の大きさのサンタ人形だ。木で出来ているらしく、周囲には同様のサイズのトナカイや、子供達の人形も置かれていた。店内を覗くと、大きなクリスマスツリーが飾られており、人形以外にも飾り付け用の鈴や星といった様々な小物が並んでいた。

 興味津々で見ているレオナに対して、納得顔のラクト。


「ああ、そういやもうすぐクリスマスか」

「ねえ……ちょっとだけ中見ていい?」

「ああ、今日は気晴らしの外出だからな。お前の好きなようにしたらいいぜ」


 実際、ラクトがレオナを誘った理由で大きいのがこれだった。もはや一週間以上、レオナはグリアの診療所から一度も外に出ていない、軽い軟禁状態と言ってもよかった。

 理由はいくつかあるが、最たる例はもちろん彼女の家族が皆殺しにあったという事実だ。これが無差別な殺害ならばともかく、実際に現場を確認したラクトとグリアは、悪魔憑きであるレオナを他の悪魔憑きに狙った可能性があると考えていた。

 もし狙われているのならば、安易に居場所を特定させるような状況を作りたくなかった。いくらグリアとラクトが傍にいるとはいえ、万が一ということもある。

 当然、ヴァイゼを通して学校は休学させ、診療所で検査を受けつつ外出を極力控えるようにさせていた。


 レオナとしても信頼するグリアの言い付けだ。学校をしばらく休学することはやはり喜ばしいことではなかったが、それどころじゃないというのも分かっていた。なので大人しく料理の練習をしつつ、食べれるが極端に不味いものを生成し続けているのが現状だ。

 悪魔が憑いた状態でストレスが溜まると言うのはあまりよいものではない。人によっては些細な出来事ですら、簡単に悪魔堕ちしてしまうのが人間なのだから。

 最初はラクトに遠慮していたレオナだったが、久しぶりのウィンドウショッピングにテンションが上がってきたのか、楽しそうな笑顔を浮かべてどんどん街を進んでいく。

 一緒に洋服を選んだり、インテリアショップでソファの座り心地を確かめたり、眼鏡ショップでお互い似合わない眼鏡を付けて見たり、傍から見れば間違いなくデートと呼ばれる行為を繰り返していた。それは昼時になり、レオナのお腹が可愛らしく鳴るまで続くことになる。


「腹減ったのか?」

「……もうちょっと、デリカシー持ちなさいよね」

「ま、気にすんなよ。腹が減ったら飯を食うなんて誰だって一緒だろ? 丁度いいから昼飯にしようぜ」

「女の子は気にするのよ……ばか」


 レオナが放った最後の言葉はラクトには聞こえなかったようで、振り返ることなく歩き始めていた。花の女子高生とはいえ、普段訪れることのないリングベルトではレオナもどんなお店がいいかなどわからない。とはいえ、女性の好みそうな店をラクトが知っているとは思えないので、期待せずについていく。

 もともとこの街を拠点にしていたラクトは、細い道に入っても迷うことなく歩いていく。鼻歌交じりなのは彼自身、久しぶりに考え事をせずに街を歩き、楽しんでいる証拠だ。

 そして辿り着くのは、木造で出来た古いカフェ。古い、と言ってもそれは決して汚いわけではなく、むしろオレンジ色の屋根や扉に付いた鈴など外観は小洒落た雰囲気を醸し出していて、上流階級であるレオナから見ても十分レベルの高いお店に見えた。

 ラクトは扉に手をかけると、無造作に中に入っていく。カランカランという音が鳴り響き、レオナもそれに倣うように中へ入り内装を眺めると、思わず感嘆の声が漏れた。

 十個ほど椅子の並んだカウンターに、黒いシックなソファ席。他にも白いテーブルクロスのかけられたテーブル席とバリエーションが豊富ながら、店の外観を崩さない落ち着いた雰囲気を持っている。店のBGMとしてクラシックが流れていて、少し大人な自分を想像してしまった。


「はぁ……いい雰囲気のお店ね」

「だろ。飯も期待していいぜ。ここの店で悪いのはマスターの顔と口と性格だけだ」

「おうおうおうおう、ラクトよぉ。久々に来て最初の言葉が悪口ったぁ覚悟出来てんだろうな」


 カウンターの奥から現れたのは、肌の黒い巨漢だ。頭部が禿げあがっているのに対し、口周りと髭だけが異様に伸びており、確かにラクトの言う通り顔と口は悪かった。レオナもラクトの背に隠れ、こっそり覗き見る。若干黒ひげのサンタクロースに見えなくないが、もし子供がこれを見つけたら泣いてしまうだろうなと思っていた。

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