第15話

 ――悪魔憑き? ……誰が?


 レオナにはグリアが何を言っているのか、理解できなかった。悪魔憑きといえばこの世界で最も危険な犯罪者達だ。自分それだなんて、理解したくもなかった。


「そいつぁ……つまりこの子が暴走して家族を殺した……って考えてもいいんですかい?」

「まだわからん。可能性としては低そうじゃが……しかしタイミングが良すぎるのも事実。とにかくこの子についてはこちらで保護するので、警察側にもそう伝えておくがええ」

「ま、確かにちょっと話しただけですが十分理性が残ってるようにも感じますしね。いいっすよ、カログリアさんに面倒見てもらえるんだったらこれ以上の場所はないですし、お任せします」


 二人の声が耳に入ってくる。家族を殺したのが自分で、家族同然に育ってきた使用人達を殺したのも自分かもしれない。そんなことを突然言われて、冷静になれるはずがなかった。頭の中がグチャグチャになり、もう何を言い返せばいいのかわからなくなる。

 自分は悪魔憑きなんかじゃない! そう言えれば楽だが、相手は悪魔憑き専門の医者だ。根拠のないことを言うとは思えなかった。それに先ほどの自分の拳、あのときは違和感など感じなかったが、今思えば明らかに普通の人間に放てるものじゃない。

 こうなると自分がダストボックスに拉致されたのも、悪魔憑きだからではないのかと疑ってしまう。危険だから、犯罪者予備軍だからあんなところに連れ込まれたのかも。

 両親が死んだのも自分のせいなのか。自分の手でしたことかもしれないし、悪魔憑きの家族だからという理由で襲われたのかもしれない。どっちにしても、両親の死が自分とは無関係とは到底思えなかった。

 言いようのない不安がレオナを襲う。事実を聞いて気丈に振る舞うには、彼女はまだ若すぎた。

 そんな状況に陥っているレオナに気付かないグリアではない。が、あえて彼女に対して口を出さず、目の前の警察と事件について話し合うことに専念する。


「まあ、さっきも言ったが可能性は低いと思っとる。どちらかと言えば犯行手口から言っても、今世間を騒がしとる『吸血鬼』の方が高いくらいじゃ」

「あーなるほど。ま、それはこっちで調査しときます。とりあえず現場を見ないとなんとも……」

「そうじゃな。よろしく頼む」

「ってか、もしかしたらそろそろカログリアさんに依頼が来るかもしれやせんけど、そんときはよろしくお願いしますよ」

「C級の小僧共は返り討ちに合ってるらしいしのぉ……仕方ない。まったく最近の若いのは根性がないもんじゃ」


 ニードにはその実力や功績によってC~A級の三段階に分けられる。これは世界機構によって定められており、A級になると一つの国に十人もいないレベルになる。

 また、悪魔憑き事件も同様のランク付けがされており、基本的にC級の事件はC級のニードが、B級の事件はB級のニードが、そして滅多にないがA級の事件はA級のニードが担当することになっている。


「せめてB級の奴らが一人でもこの街に残っててくれればもっと解決が早く済んだんですが……」

「まあ状況が状況じゃ。ええよ、久しぶりに儂が依頼を受けてやろう」

「しゃあっ! これで上司にどやされずに済む!」

「『吸血鬼』……ね。おっさん、ちなみに今そいつの賞金はいくらくらいになってんだ?」


 唐突に会話に入り込んできたラクトに二人は驚いた顔で見る。まさかこの昼行燈が悪魔狩りに興味を持つとは思っていなかったのだ。


「あ、ああ……確か最近B級事件になったから五百万だったかな? 被害者の人数を考えると高いかもしれんが、すでに三人のニードが返り討ちに合ってるからかなり高くなっているぜ」

「なんじゃお主、興味があるのか?」

「ああ、久しぶりに外に出て金がねえからな。もし依頼が来たら俺に回してくれ」

「ほう……ま、ええじゃろ。やる気になったんなら儂は止めん。その代り、しくじるでないぞ」

「へっ……誰に言ってやがる」 


 とんとん拍子に決まっていく二人をヴァイゼは止めない。が、この業界の事情をほとんど知らないハルトはそうではなかった。ようやく襲い掛かる吐き気が収まり、顔を上げる。


「ヴァイゼさん! いいんですか!?」

「あー、いいんじゃね? カログリアさんがオッケー出してるし、ここは俺らの口出すとこじゃねえよ」

「でも!」

「よー、ハルトって言ったっけ?」

「……なんだ、悪魔憑き」


 気に入らない悪魔憑きに声をかけられたからか、その声は固く嫌そうな顔をを隠そうともしない。人間と悪魔憑きの差を知っているはずなのに、ここまで堂々とされるといっそ清々しささえ感じてしまい苦笑する。


「別にいいだろ? 失敗してもお前の嫌いな悪魔憑きが一人死んでいなくなるだけだ」

「ふん……そんなことはどうでもいい。僕はお前が失敗する過程で犠牲者が増えないか心配してるだけだ。だいたい僕は悪魔憑きを信用してないからな。ニードなんて名前を付けられようが、結局は悪魔と契約した邪教徒みたいなもんじゃないか。別に全員が犯罪者とまで言う気はないが、お前らはみんな人の皮を被った悪魔だ!」


 ガタッ、と椅子が倒れる音がする。全員がそちらを向くと、レオナが涙を流して顔をくしゃくしゃにしていた。いつもの強気そうな瞳は影を隠し、幼子のように弱弱しい。


「なんで……そんなこと言うのよ……酷い……私だって、望んで……こんな風になったわけじゃ……っ!」


 それはハルトに向けて発せられた言葉だった。

 ハルトはしまったと思うがもう遅い。レオナは勢いよく駆け出し、扉の外に出て行ってしまった。手を伸ばすが届くはずもなく、ただ宙を舞う。


「追わぬのか?」


 後悔した表情をするハルトに向けて、グリアが声をかける。


「……くっ。あれも悪魔憑きなんでしょう! だったらあれくらいで傷付かれても困る! 悪魔憑きはもっと普通の人を傷つけてきたじゃないか!」 

「別にあいつがなんかしたわけじゃねえだろ?」

「例えそうだとしても! 僕は悪魔憑きと慣れ合うつもりはない!」


 それは誰に言った言葉なのか、ハルト自身もわからなかった。いや、本当は分かっている。レオナは自分が悪魔憑きという事を知らなかった。つまり彼女じゃ被害者で、自分は警察官。か弱い市民を守るのが自分の仕事であって、被害者の少女を気付つけることなどあってはならない。

 ならばやることは一つしかない。追いかけて、謝罪の言葉を口にする。しかしそれも相手が悪魔憑きというだけで、ハルトの足は石造になったかのように動かなくなる。


「悪魔憑きは……悪なんだ……」


 まるで自分に言い聞かすように、力なく呟く。

 そんなハルトをラクトはツマラナイものを見るかのごとく目を細めるが、すぐに逸らし、開けっ放しにされた扉の方へと歩いていく。


「……おいグリア、俺ちょっと野暮用が出来た。悪いが出掛けてくるわ」

「うむ、気を付けての」

「あいよ。おっさんも手続きよろしく」

「ああ、期待してるぜ」


 そう言って出ていくラクトの背中を見ながら、ハルトは自分の情けなさに唇を噛んだ。どっちつかずの中途半端な答えしか出せない自分に、何かが出来るとは到底思えなかった。

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