第13話

「なんじゃ。どうせなら人数分作らんか」

「やだよ面倒臭え。自分で勝手に作ればいいだろ?」


 レオナの背後から聞こえるグリアの言葉をあっさり拒否したラクトは、カップ焼きそばに蓋をしてその上に割り箸を置く。


「全く誰の金で買ってきたと思っとるんじゃか……レオナ、悪いがあと四つ作ってくれんか? 作り方はカップの横に書いてるとおりじゃ」

「え? ……うん。頑張るわ!」


 そう言ってレオナはラクトが買ってきたインスタント食品が入った袋を掴む。初めての作業で上手く作れるだろうかと不安な気持ちがあるが、頼りにされた以上頑張らなければと気合を入れて台所に向かう。

 それとすれ違うようにして来客した二人の男性、ヴァイゼとハルトがリビングに入ってきた。ヴァイゼはカップ焼きそばを真剣な表情で睨む男を見て、思わず指さしてしまう。


「トイフェル!? 一年以上姿を見せなかった馬鹿がなんで居るんだよ……」

「ん? ああ、おっさん久しぶり。相変わらず不景気な顔してんな」

「うっせ。世の中みーんな不景気だバカやろう。この間もちょっとカジノで遊んだら財布の中身が空っぽになっちまったし、しゃーねえから銀行で金降ろして風俗行ったら写真と百八十度違うババアが来たし」

「そりゃおっさん、辛いな……とりあえず焼きそば食うか? まだ湯切りしてねえけど」

「なら湯切りしてから持ってきてくれ」


 親しげな様子で話し始める二人に、ハルトは焦ったように話に割り込む。


「ちょっとヴァイゼさんっ、今聞き逃せない単語があったんですけど!? カジノや風俗ってアンタ警官が何してるんですか!?」

「警官だってカジノくらい行くだろ。そんなに怒んなって」

「違えよおっさん。今こいつ聞き逃せないって言っただろ? 俺も行きたいのになんで連れて行ってくれないんだって事で怒ってんだ、察しろよ」

「あ、そっち? てかなんだお前、もしかしてまだ風俗デビューしてねえの? なら今度連れて行ってやるよ」

「そ、そんなわけあるはずないでしょう! 警官がそんな如何わしい店を使うなんて以ての外だ! 貴様も変なことを言うんじゃない!」


 顔を真っ赤にして反論する青年にラクトはまるで玩具を見つけたと言わんばかりに口元を歪める。さあ今からこいつをどう弄繰り回してやろうかと考えていると、それより早くグリアが場を纏めるために動き出す。


「ほれほれラクト。お主はちゃっちゃと湯切りせんと焼きそばがふやけてしまうじゃろ」

「おっとそりゃ不味い」


 目の前の青年よりも優先順位が遥かに高い自身の昼食を食べるため、ラクトはカップ焼きそばのお湯が零れないように両手でしっかり持って台所へ向かった。


「ヴァイゼ。お主はもう少し警官らしく節度を持った方がええぞ。せっかく警官を夢見て入ってた後輩が幻滅したらどうするんじゃ」

「警官なんかに夢見る前に現実を教えてやろうと思ったんですがね」


 グリアの言葉に肩を竦めながら、ヴァイゼは椅子に座る。


「坊やもこんな駄目男達の言う事くらい軽く流せるようにならんと、苦労ばかり溜まっていくぞ」

「え? あ、え……はい。すみません……って悪魔憑きが僕に指図するな!」


 ハルトは一瞬虚を突かれたように呆けた後、我に返って反論する。

 グリアはそんな反論に気を悪くした様子を一切見せず、ハルトにも椅子に座ることを勧めた。一人で興奮しているのが馬鹿らしくなったのか憮然としながらもヴァイゼの隣に座る。


「若いのぉ……今昼食を用意してやるゆえ、話はそれからでもよかろう」

「へえ、そりゃありがたいっすね。おいハルト、お前も礼の一つくらい言っとけ」

「僕はいりません。悪魔憑きの用意した物なんて何が入ってるかわかったものじゃない」


 頑なに態度を変えないハルトを見ても、グリアとヴァイゼは特に指摘をしなかった。

 グリアはこの青年がどうしてこのような態度を取っているのかおおよその見当を付けており、今まで何度も見てきたような反応で慣れているからだ。

 ヴァイゼもまた、彼の過去を知っているがゆえにこれ以上は言っても無駄だろうと放置する。これがもっと凶悪なグループに属するニードが相手ならばともかく、目の前の少女の姿をした彼女がこの程度で気分を害することはないとわかっているからだ。

 そのとき、台所から男女の声が聞こえてきた。


「出来たわっ! どうラクト、私だってこれくらいの料理出来るんだからね!」

「ああ、お前は凄いよ。ほんとに凄え。たかがカップ焼きそば一つ作っただけでそこまで自慢げな顔を出来るやつはそうはいないぜ」

「一つじゃなくて四つよ! それに今回は美味しくなるように隠し味を色々混ぜてみたんだから!」

「マジか! もう隠し味に手を出すとかお前天才だな!」

「ふふん、そうでしょそうでしょ」


 グリアとヴァイゼ、それにハルトの三人が無言で顔を見合わせる。聞こえてくる言葉の端々に、不吉な予感しかしなかった。


「よし、それじゃあさっそくリビングで待ってる奴らにも食わせてみようぜ」

「もちろんそのつもりよ! あっ、あんたが欲しいって言うなら少しくらいは分けてあげるわよ?」

「いや、俺は自分で作った分があるからいい。また次の機会があったら今度は俺もお前の後ろで見てるからその時にでも作ってくれ」

「そう? まあアンタがいらないって言うなら別にいいけど……」

「それにしてもこれ……アイツ等がどんな反応するか楽しみだな」

「ええ! 自分の料理を食べてもらう経験なんてなかったから少しドキドキするわ」


 レオナの声が台所から近づいてくると、ヴァイゼが不意に立ち上がる。その表情は酷く苦しそうで、額からは汗が見え隠れしていた。


「カログリアさん、今日はここまでですね。非常に不本意ではありますが、自分はちょっと仕事が溜まってるんで帰らせてもらいますわ」


 ヴァイゼはさっと後ろを向いたところで、その場から一歩も動けない自分がいることに気付く。違和感を感じ視線を下に向けると、いつの間にか引き攣った笑顔のグリアがヴァイゼの裾を掴んでいた。


「まあ待て。お主もまだ来たばかりではないか。せっかくじゃからもう少しゆっくりしていくとええ。というかまだ何も話が進んでないじゃろ」

「は、放してください! 話ならハルト置いてくんでどうぞ好きにしてやってくだせい!」

「ヴァイゼさん!?」


 自分を見捨てようとしている上司相手に叫ぶと、ヴァイゼはまるで慈しみ込めた瞳でハルトを見る。


「悪いハルト。そういうわけだから後は任せた。大丈夫、お前は俺が育てた中でも一番優秀な新人だったぜ。だから……死んでも化けるなよ」


 胡散臭いおっさんは最高の笑顔で後輩に向けてサムズアップする。


「ま、そんなことを言っても儂はお主をここから逃がさんから関係ないのじゃがな」

「なんでだよぉぉぉ!」

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