第三章 悪魔嫌いの警察官
第12話
「ただいま」
「あ、お帰り……凄い荷物ね」
ラクトは買い物から帰ると、買い物袋から品物を取り出す。鯖やフルーツの缶詰、水、米、それに各種インスタント食品。次々と出てくる食べ物をレオナが興味深そうに見ていた。
「残念ながらここにはまともな料理が出来そうなやつが一人も居ないみたいだからな。単品で食えるものを買い集めてきた」
そう言ってレオナを見てからあからさまに溜息を吐き、がさがさと袋の中身を取り出し続ける。
レオナはその行為を挑発と受け取ったが、確かに料理の経験などほとんどない以上、この口の悪い男に反論しても論破されるのが目に見えているので我慢する。
「グリア先生は料理出来るんじゃないの?」
「病人食だけならな。昨日料理を作ってやるとか偉そうな事言いながらカップ麺を用意した時点で想像も出来るだろ?」
その言葉にそういえばそうだったとレオナは納得する。もっともカップ麺の食べ方すら知らなかった自分が彼女を非難するわけにもいかないと思い、苦笑する程度に収めておいた。
初めて食べたカップ麺はこれまでにない味で、非常に美味しいと感じたのだから特にだ。
「って言うか起きてたんだな。腹減ったからか?」
「そんなに食い意地張ってるところを見せたかしら?」
女性として気になる部分に触れたからか、レオナの背後から奇妙なオーラのようなものが発せられる。
だが笑顔で威圧されたラクトはそんな視線も何のその。ジロジロと制服を着込んだレオナの上半身を見つめる。
「服の上からでもわかる胸の膨らみは同年代の女性より一回りくらいは大きそうだ。その割に腰は細く、短いスカートの下からチラチラ顔を出している生足はほどよく肉付がある程度で、かなり理想的な体型をしているのではないか。未だ発展途上でありながらこれほどの物を維持するにはよほどの努力と生まれ持った幸運が必要になる。ならばあえて言おう。お前の肉体は素晴らしい!」
「っ!! えっと、どうしよう……褒められてる……のよね? でもなんでかしら、憎いわ。でもちょっとは嬉しいかも……あーもうっ! こんなに堂々と視姦された私はどうしたらいいのよ!」
レオナがあまりの恥ずかしさに赤面させてワタワタ動揺していると、別の部屋からリビングに入ってきたグリアが一言。
「迷うくらいなら殴って黙らせたらよいと、儂は思うのじゃ」
「わかったわ!」
「わかるなってうお危なっ!」
それからの行動は早かった。風を切る音と共に繰り出された一撃はラクトに当たることはなかったが、風圧で空になったビニール袋が一瞬浮き上がる。
――当たってたらまた沈められていた。
素人の少女が出すパンチではないと冷や汗を流すラクトとは対照的に、自分の行ったことに自覚のないレオナは、ちょっと気に入ったのかシュッシュと音を出しながら素振りをしてパンチの練習をし始めた。空気を切り裂く音が連続して鳴り響く。
グリアはそんなレオナにちょこちょこと近づき腰や腕を触ると、ふむ、と顎に手を当て一拍考える様子を見せる。
「腰の入り方がまだ甘いのぉ。肩を入れて……そう、そうじゃ。そうすると自然に力が拳に伝わってより威力を引き出せるぞ」
「はい! グリア先生! あ、凄い……さっきまでと全然違うわ!」
喜ぶレオナにグリアは満足げな笑みを浮かべた。
「むふふふふ。やはり良いのぉ……尊敬されるとこう、体の芯から来るものがあるわ! あ、もう少し膝を沈めてじゃな、こうするともっと威力が上がるんじゃ」
「テメェ余計な事教えてんじゃねえよ! おい……今音置き去りにしたぞ!? こいつ生身でソニックブーム起こしてやがる!」
「こやつ……たったあれだけのアドバイスでここまで……これが天才かっ!? これほどの才能を埋めさせるわけには……」
「ハッ! ハッ! これでこうして……こうね!」
滅多にされない尊敬の言葉に頬を緩ませていたグリアだが、わずかなアドバイスでどんどんキレを増していくレオナの姿を見て流石に、驚きをあらわにする。
「おいそろそろ止めさせろってマジで! いつかこの拳が俺に向くと思ったらだんだん怖くなってきた!」
「それはお主の自業自得じゃ。反省せい」
「ねえラクト。ちょっと実験だ……じゃなくて、サンドバッ……でもなくて、そう組手! 組手をしましょ! 私が攻めでアンタが受けね。なんだか今の私、すごく調子がいいの!」
「ぜってえ嫌だ! なんか瞳から色消えてるぞ!? なんか性格も変わってるし、マジ怖え……」
「うむ……正直儂もちょっと引き気味じゃ」
まるで悪魔に取り憑かれたかのような変貌に二人はドン引きしていた。レオナはそんな二人の様子に気付かず、頬を恍惚とさせながら楽しそうだ。
「おい、何か教えたのお前なんだから、なんとかしろ」
「お主が弄るからこうなったんじゃ。お主がなんとかせい」
互いに責任の擦り付け合いをしていると、唐突にチャイム音が鳴り響く。その音が聞こえたからか、ふと我に返ったレオナが不思議そうな顔で二人を見る。
「お客様?」
「おお、そうそう。そういえばこの時間に来るよう言ったんじゃった」
そう言いながらグリアが玄関まで出向く。レオナは少し気になったのかその後ろから付いていき、扉に隠れるようにしてそっと玄関先を覗き込む。
そこにはスーツ姿の二人組が並んで立っていた。一人は無精ひげを生やした四十代ほどであろう中年男性だ。着ているスーツもクタクタにし、いかにもやる気がなさそうに欠伸をしながら立っていた。
もう一人ずいぶんと若く、まだ二十代前半といったところだろう。髪を短く切りそろえ、背筋を伸ばし、その瞳からは真面目さが伝わってくる。何故か不機嫌そうに見えるのはレオナの気のせいではないだろう。
ずいぶん対照的な二人だな、と思っていると、中年男性の方が一歩前に出てグリアに話しかける。
「あー、どもカログリアさん。久しぶりっすね」
「うむ、わざわざ呼び出して悪かったのぉヴァイゼ」
「いっすよ別に。どうせ俺らみたいな人間に、悪魔憑き絡みの事件で役立てることなんてたかが知れてますし」
「ちょっとヴァイゼさん。なんでそんなにやる気ないんですかっ。それにこんな悪魔憑きなんかにへこへこして、恥ずかしくないんですか!?」
「とまあ、こんな元気な新人も連れてきたんで、色々お話させて頂きますよ」
若者の言葉をさらっと流したヴァイゼは情けない笑みを浮かべる。
「中々血気盛んの坊やじゃの。まあ自己紹介は中におるやつも一緒でいいじゃろし、まずは上がるとええ」
「お邪魔しやすっと。おいハルト。自己主張をするのは別に構わねえが、時と場合を考えろよ。ここじゃ俺達人間なんてただの弱者以外の何にでもねえんだからな」
「っ! ……わかりました」
ヴァイゼが一瞬だけ鋭くさせた眼光に押されるように、ハルトと呼ばれた若者は口を紡ぐ。ただその顔から不満が見て取れ、全く納得などしていないことがよくわかった。
三人がリビングに向けて歩き出したので、レオナはさっとテーブルまで体を戻し、何事もなかったかのように振る舞う。そういえばこの部屋のもう一人の人物は何をしているのだろうかと思い見渡すと、お湯を沸かしてカップ焼きそばに注いでいるところだった。
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