第11話
「だが最近は本当に悪魔憑きの事件も多いからな。もしかしたら私も引っ張り出されるかもしれん」
非常に嫌そうな顔をするナルを見て苦笑するしかない。血気盛んなニードが多い中、ここまで悪魔憑きの事件に関わることを嫌がる者も珍しい。
「やっぱり多いのか? 俺のグループの奴らも今はこの街にいねえって聞いたんだが」
「うむ、多い。正直多すぎると言ってもいいくらいだぞ。この国のニード達の手が足りなくなってきてるくらいだからな。おかげでこの街で起きた悪魔憑き事件を解決できる者がいなくなる有様だ」
そう告げるナルの目は真剣だった。ラクトがその事件内容を聞くと、どうも一週間ほど前から若い女性を狙った犯行が行われているらしい。
襲われた女性は皆血を抜き取られており、警察では今回の悪魔憑きを『吸血鬼』と称し捜査中のようだ。
悪魔憑きの事件は三種類に分けられる。一つは悪魔に肉体を乗っ取られその場で暴れ始めるケース。こちらは一時的な被害が大きい代わりに、ほとんどの場合は知性のない獣と同様暴れまわるだけなのですぐに対処が可能となる。
問題となるのは残りのケースだ。それは乗っ取った悪魔が非常に理知的で、それでいて人間を襲い掛かるケース、もしくは悪魔に打ち勝ちニードとなった者が犯罪を起こすケースだ。
こうなると取り押さえれるのがニードしかいないというのに、知恵ある犯人は隠れる事が出来る。
もちろん警察も出動し調査はするが、下手に動けばそのまま帰らぬ人となることが多く、二次災害の危険性が非常に高くなるのだ。
ニードや悪魔憑きにはその悪魔の所業よりコードネームを付けられることになる。ナルから聞いた事件は若い女性から血を抜き取ることから『吸血鬼』となっていた。
「今やこの街に残っている中で有力な者と言えばグリグリくらいだな。後は皆大した力も持っていないグループの奴らばかり。おかげで『吸血鬼』を見つけるどころか返り討ちにされて、被害は広がる一方さ」
「そいつは不味いな……」
「ああ。だからラクトも何か情報があれば警察に連絡した方がいいぞ。それかいっそのこと君が解決に動けばいいんじゃないかい? 今なら賞金もかなり上がってるはずだが」
「ならお前がやればいいじゃねえか」
「ハ、ハハハ……何を馬鹿な事を。この私が悪魔憑きと対峙して無事で済むと思っているのかい? そんなことになったら私の活躍を待っているファンの子達に申し訳立たないじゃないか!」
自信満々で情けない事を言うナル。足は震え額から大量の汗を流していることから、相当今回の事件に関して怯えているのがわかる。
元々戦闘要員ではないとはいえ、ナル自身は有力グループに属していることを思い出す。ならば当然人間側から協力要請が来ているはずだが、この様子を見る限り断っているなのだろう。
大スターかどうかは別として、実際に俳優として活躍し始めているのは事実のようだ。
「そういやお前、昔から俳優になるんだって言ってたな。俺らに馬鹿にされてよく泣いてたけど」
「そうさ! 何度も何度もオーディションに参加したんだが、その度にニードだからって落とされてきたよ! だが、一年前私はこうアピールしたのさ。『人を超える身体能力のあるニードだからこそ、出来ることがある!』ってね。そしたらたまたま来ていた映画監督がじゃあやってみろよと言うから、全力でやってみたんだ! 高さ百メートルを超えるビルの外からよじ登って侵入するスパイ役だろうが、高速で動く列車に車から飛び移る演技だろうが、炎の中に突撃する消防士役だろうが、普通の人間がワイヤーアクションやCGで行ってることをこの身一つですべてやって見せた! 監督の目が輝いていたよ。それは正しく未来の大スターを見つけた時の――」
「あー、わかった。お前が頑張ったのはよくわかったからその辺にしとけ」
放っておけばいつまでも自分の自慢話をし続けかねないナルの言葉を遮る。
「むっ? まあそうか。そういえばラクト、君は今どこに住んでるんだい?」
「今はグリアのとこにいるぜ。これからどうなるかわかんねえけど、とりあえず金もねえしな」
「ああ、そういえば君らのグループはよくあそこを溜まり場にしていたね。グリグリには昔から私も相談に乗ってもらっていたし、彼女は本当に面倒見がいい」
「てかお前、さっきニードとしての仕事をしてないって言ってたよな。じゃあグループはどうしたんだよ」
「あ、その……グループの皆には受け入れて貰えなくてな……えーと」
酷く言い辛そうにしているナルの姿を見て、どういった経緯で彼が俳優の道を進んでいるのかが手に取る様にわかった。
ニードは基本的に人間嫌いな者が多い。それはほとんどの者がニードになった瞬間、周りの信じていた人間達に怯えられ、化け物を見る目で見られてきたからだ。
そんな彼等が自分達ニードではなく、人間と一緒にいるようになれば裏切り者として見られても可笑しくない。
「脱退させられたのか?」
「……俳優辞めて戻って来るなら許すが、そうでないなら戻って来るなと言われたよ。人間とつるむ奴は仲間じゃねいってね。まあ皆の反対を押し切って勝手に俳優になった私が悪いのだが……」
そう言うナルはどこか寂しそうで、言葉には力がない。仲間の下には戻りたいが、今の環境を手放したくない、そんな思いがひしひしと伝わってきた。
その気持ちは痛いほどよくわかる。ラクトも昔同じような悩みを持ち、そして結局解決出来なかったのだから。ニードと悪魔憑き、そして人間の間にある溝はそれほどまでに深いものだった。
――いつか、人もニードも一緒になって笑えるようといいのに。
二人の事を認めて貰えず、寂しそうな笑顔でそう言ったリフォンに自分はなんと答えたのだっただろうか、思い出せない。
ラクトが言葉に悩んでいると、ナルは先程まで見せていた寂しそうな顔から一転、瞳を輝かせて笑顔になる。
「ハッハッハ! だからこそニードも人間も関係ない、等しく私のファンにしてやるのさ! 私という輝かんばかりのオーラを纏う大スターが仲良くしようと言えば、きっと皆わかってくれるぜ!」
「いや、そんなの無理だろ」
「無理じゃないさ!!」
「っ!?」
あまりに迷いのない瞳にラクトは言葉を詰まらせる。
「私が俳優になるのも絶対に無理だと言われたが、こうして今立っている。それはニードである私の存在がほんの少しでも認められた結果なんだ。だから、今すぐには無理でもいつか必ず皆わかってくれるさ。私の演技で、私の声で、私の表現で世界を変えてやる! それが今の夢だ!」
その瞳はどこまでも真剣で、夢を諦めることを知らない男の顔だった。とても悪魔憑きと対峙する度に、泣いて逃げ回るだけだった男には見えない。
何をやるべきか見つけられない自分が嫌になる。全てが嫌になってゴミ箱に逃げ、自分の決意すら簡単に放棄し、たまたま出会った少女を助けるという名目で、大した目的もなく外に出てしまった。
人らしく生きたいと願っているからか、レオナの前ではつい飄々とした態度を取っているが、実際は中身のない張りぼてだ。正直自分が何をしたいのか、何のために生きているのかわからない。
リフォンがいた時はこんなことを考えたことなど一度もなかったはずだ。ゴミ箱に居た時も、ただただ無為に時間が流れることに抵抗などなかった。それどころかリフォンと出会う前、ただ我武者羅に悪魔憑きを殺していた時代など、悩むことさえしなかったはずだ。
それが今ではこの体たらく。顔を上げて前に進むことがこれほど難しいものだなんて、知らなかった。
「そうか……まあ、お前なら出来るかもな……頑張れよ……」
そう言って、まるで逃げるように席を立ち、ナルに対して背を向ける。
「ラクト!」
そんなラクトの姿に何かを感じ取ったのだろう。背後からナルが声をかける。
「私がこんな夢を持ち続けられるのも、君と彼女がいたからだ! ニードと人間の共存は不可能ではないと教えて貰った! あの時の君達二人の在り方は美しかった! そんな君達の姿に憧れたから、私は諦めずにいられた!」
だがやはり世界は二人の関係を認めてはくれなかった。
そう反抗したかったが、実際にニードと人間が上手く生きている者達も少なからずいることを知っているラクトは、それがただの負け惜しみでしかないと考え口にするのを躊躇う。
「君が今何に悩んでいるのかは私にはわからない! だが、これだけは言える。彼女を、リフォン君を愛した君の姿に間違いなんてなかった!」
「…………そうだな。俺も、そう思いてえよ」
背を向けたまま呟いた言葉は、風に乗って消えていった。
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