第3話
「……で、これはどういう状況かしら?」
「俗に言う、ホールドアップってやつじゃねえかな?」
二人が歩きだしてからほどなく、ダストボックスの出入り口まで辿りついた。
まるで気負うことなく当たり前のように外に出ようとするラクトを見て、本当に問題ないのだと判断したレオナもそれに着いて行った。
その結果――
「そこの二人。これ以上進んだ場合は容赦なく撃ち殺す。さっさとゴミ箱へと戻るなら良し。戻る意思がない場合は、処刑だ」
このダストボックスの出入りを管理している責任者であろう男が、二人の前に立ち塞がった。そして彼の言葉に反応した五人の武装した兵士達が、レオナ達に向けて銃を構える。
「ねえアンタ! 心配ないって言ったじゃない! 犯罪者じゃないならここから出るの簡単って言ったじゃない!」
「へー、なるほど。ここから出ようとするとこうなるのか。初めて知った」
「今初めてって言ったわね!? つまりアンタ何にも知らない癖に心配ないなんて言ったんでしょ!」
「大丈夫だって。あのおっさんも言ってただろ、中に戻れば危害を加えないって。問題ない問題ない」
「問題大アリよ! 私は外に出て家に帰りたいの!」
「どうでもいいから早く戻らんか! 十秒経っても戻らん場合は射殺する!」
二人がいつまで経っても動かないことに腹を立てた管理責任者が、怒鳴り声を上げる。
その言葉にレオナは顔をひきつらせた。気が強くともただの女子高生であるレオナには、現状を受け入れるだけの度胸はなかった。
「と、とりあえず戻りましょ。それで対策を練ってから……」
「必要ねえよ」
「――え?」
その瞬間、ラクトの姿が視界から消える。そしてすぐに聞こえてくる兵士達の呻き声。
レオナが前を向くと、銃を撃つ暇もなく接近したラクトによって気絶させられる兵士達がいた。あまりに人間離れした動きに呆然としていると、同じく呆然としていた責任者が我に返り銃を抜くのが見えた。
「危な――」
い、と伝えるよりも早く、銃声が鳴り響く。
銃弾は狙いを逸れることなく命中し、まるで金属同士がぶつかったかのような甲高い音が鳴り響く。間違いなく命中した。その事実に引きつった笑みを浮かべた管理責任者だが、すぐにその顔を青ざめる。
撃たれたはずのラクトは、まるで銃で撃たれたことなどなかったかのように無傷だったのだ。
「悪いな、俺達に銃は効かないぜ」
「そ、そんな……まさか貴様……」
責任者は体を震わせながら、今起きた現象が何かを知っていた。
普通の刃物や銃弾を通さない肉体。人間を超越した身体能力。かつて悪魔と呼ばれ、多くの凶悪犯罪者を生み出した人外の存在。
「悪魔憑きか!?」
「正確にはニードだけどな。職務を全うしているあんたにゃ悪いが、あいつがここを通りたいんだってよ。だから、ちょっと気絶しとけ」
責任者は自分がいつ殴られたのかも気付かなかっただろう。そのまま十メートルは吹き飛ばされて気絶してしまった。遠くから見ていたレオナでさえ、ラクトの動きを捉えることは出来なかったのだ。
「な、問題なかっただろ?」
戻ってきたラクトの第一声がそれだった。
レオナが周囲を見渡すと、職務を全うしたが為に気絶させられた、可哀想な兵士達の姿があった。
「あんた、ニードだったんだ……殺して、ないわよね?」
ラクトは一瞬言われた意味が分からず首を傾げるが、すぐに言いたいことを理解したのか、ヘラヘラと笑いながら答える。
「ああ、見ての通りだ。ニードだって最低限の常識くらいはあるんだぜ」
「兵士を殴り飛ばすやつが最低限の常識を持ってるとか、ないわ」
そう突っ込むが、その言葉には先ほどまでにあった力強さがほとんどない。ようやく彼女にも、目の前の男がなぜダストボックス内で恐れられていたのかがわかったからだ。
――ニード。別名悪魔憑きと呼ばれる元人間達。元々生まれた時は普通の人間である彼等だが、ある日突然身体能力が人間を超え、超常現象さえ起こし、性格さえも変わってしまうという。そのあまりの豹変振りに悪魔が取り憑いたとされ、昔は発見され次第殺されていた。
しかし次第に研究が進むにつれて、彼等も人間と同じ遺伝子を持ち、人間と変わらない体であると証明される。そうなると今度出てくるのは人権問題だ。
彼らは人ではない悪魔だと訴える者もいれば、人と同様に扱うべきであると言う者、果てには神によって人類の進化した偉大なる先駆者達だと言う者まで現れた。
世界中で暴れる悪魔憑き達の取り扱いに困った国々だが、さらなる研究で悪魔憑きが全て暴れるわけではないと証明された。さらには人間に協力的な悪魔憑きも存在することにより一つの案を出た。
それは暴走した悪魔憑きを殺す際には人間に協力する、という条件付きで人権を与えるというものだった。
それが
悪魔憑きを殺す義務を持った悪魔付きと区別される者達。
並みの武器では傷一つ付けることの出来ない彼等に対抗するため、ニードのみで構成された特殊部隊や組織も存在し、現在では一般の犯罪者達に対する牽制にもなっていた。
一般家庭に紛れて生活するニードもだいぶ増えてきている。というのも、悪魔憑きの力を使わなければ見た目はただの人間と変わらないからだ。
ニードになってしまった者は役所に届出を出さなければならないが、逆を言えばそれさえしてしまえば彼らは人として最低限の保証をしてもらえるのだ。
それでも普通に生活している人間達からすれば、未だにニードというのは名前が変わっただけで悪魔憑きとそう変わらない存在だった。
「俺が怖くなったか?」
ヘラヘラと笑いながらそう聞くラクトを見て、レオナは何故か心がささくれる自分がいることに気が付く。
まるで、お前達人間に怖がられても俺は何とも思わないんだぜ。そう言われているような気がしたのだ。だからこそ、彼の目から視線を逸らさず、腰に手を当てて指差しながら宣言する。
「まずはそのむかつく顔を止めなさい。あんたがニードであろうと、ただの根暗だろうと私は構わないんだから! 今大切なのはアンタが私の恩人で、私はアンタにお礼をしなくちゃいけないってこと、ただそれだけよ!」
あまりに堂々とそう言う彼女を見て、ラクトは一瞬呆気に取られる。今まで普通の人間に力を見せて、怯えられなかったことなど数えるくらいしかなかった。
そんな僅かな、それでいて確かに存在した彼女の存在を思い出させるレオナの態度は非常に懐かしいものを感じた。
「……リフォン」
思わず呟いてしまった一言が風に乗って消える。かなり近くにいたレオナでさえ、その声は届かなかった。
「……どうしたのよ急に黙り込んで。言いたいことがあるならはっきりしなさいよねっ」
目を吊り上げてじっと見つめてくるレオナと彼女は似ても似つかないが、どこか通じるものがある。見ていると心が軽くなり、まるで一年前の彼女が隣にいたときに戻ったような気がした。
「なんでもねえよ。ほれさっさと行くぞ。いつまでもここにいたら捕まっちまうぜ」
「ア、アンタのせいっ……とは言えないけど、もう少しやり方とかなかったの?」
「知らねえなぁ。一番手っ取り早い方法を取っただけだし。ほら行くぞっ」
そう言いながらラクトはレオナの手を握り、外の世界に向けて走り出した。
急に手を握られたレオナは顔を真っ赤に染めながら、
「え、ちょっと……って、そんな顔も出来たんだ」
人を食ったような笑い方ではなく、まるで子供のように楽しそうに笑う彼の顔を見て、一瞬だけ鼓動が早くなった。
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