接近

 翌日。放課後になり縁が帰ろうとすると、誰かが縁に声をかけてきた。

「やっ、高木くん」

 縁が声の方を振り向くと、水坂が立っていた。見るからに自分に自信を持っていそうな笑みを浮かべ、手を上げて手のひらを縁の方へ向けている。

 縁は昨日の今日でいきなりだな、と思いつつも、「どうしたの?」と返した。

「これから用事ある? よかったら一緒に帰らない?」

「え? ……あ、うん、大丈夫だけど」

 水坂の急変っぷりに縁は戸惑わずにはいられなかった。確かに昨日自分は「仲良くしてほしい」とは言ったが、まさか次の日にいきなり「一緒に帰ろ」と言われるとは夢にも思っていなかった。

「それじゃ、行こっか」

「ああ、うん」

 縁はクラスメイトたちの視線を集めながら教室を後にした。


 生徒昇降口から外に出た縁と水坂は、1人分ほどの距離を開けて並んで歩き始めた。

 縁は気恥ずかしさを感じていた。やはり、女の子と肩を並べて歩くのはどうしても照れてしまう。かといって相手の方を全く見ようとしないのも不審に思われてしまうので、ためらいがちに水坂の方を見た瞬間、縁は違和感を抱いた。

「水坂さん、寒くないの?」

 季節は寒くなる一方だったが、そんな状態にも関わらず水坂は防寒着の前を開け、さらにはマフラーをしていないどころか、ブラウスの胸元を開いていた。

「あー、私暑がりなんだよね。正直これくらいが丁度いいんだ」

 水坂は防寒着の前を広げながら顔をほころばせた。

「そ、そうなんだ」

 水坂のその回答に縁は何か引っかかりを覚えた。

 昨日寒くないのかと尋ねたときは、「中にカイロを貼っているから」と答えていた。しかし今日は「暑がりだから」だ。

 統一性のなさにわずかに不信感を抱いたが、そんな細かいことを気にしても仕方がない、とすぐに気にするのをやめた。

「あ、そういえば、高木くんの家ってどっち方面なの? ノリで一緒に帰ろうって言ったけど、反対方向だったりしてね」

 水坂はお互いの住所を考慮していなかったようで、口の端を引きつらせながら笑った。

 縁は自分の家の大まかな場所を水坂に伝えた。

「よかったー途中までは一緒の方向だね。安心した」

 水坂はホッとした様子で胸に手を当てた。

「あれ、そういえば、高木くんと行き先分かれる辺りにファミレスあったな……。ちょっと寄っていかない?」

 水坂が話題に出したファミレスは、以前縁が冬霞と一緒に行ったファミレスのことた。そもそも縁たちの住むこの町にファミレスはその1軒しかなかった。

「えっ、いいけど……」

 縁はあまりの展開の早さに驚きながらも、冷静を装いながら答えた。

(まさか水坂さんは俺に気がある? いやいや、そんな訳無いだろ。そもそもまともに話したのは昨日だし、水坂さんは社交的な性格してるから、きっと誰でも分け隔てなくこうなんだろう。いやしかし……)

 縁は自分の頭の中に現れた都合のいい願望を打ち消しながらも、完全にゼロにすることができなかった。その結果苦痛をこらえているような顔つきになり、気がつけば早歩きになってしまっていた。


 店内は縁達と同じ制服を着たグループが目立っていた。男子だけのグループだったり、男女混合だったり、カップルと見られる男女2人組だったりと様々だった。利用客がそのような状態なこともあり、店内は以前縁が来たときよりも賑やかだった。

 席に案内された縁は水坂と向かい合って席についた。夕飯前、そしてそこまで金銭的に余裕がないの2つの理由で縁はドリンクバーのみにしたが、水坂はなぜか生姜焼きを注文した。

「中途半端な時間だけど、結構ガッツリ頼むんだね」

 まさか生姜焼きを頼むとは、縁は思ってもみなかった。

「私燃費悪くてさ、すぐお腹へっちゃうんだよね」

「そ、そうなんだね……」

 縁が間をもたせようとして振った話題がすぐに終わってしまい、再び沈黙が訪れる。

「……」

 冬霞とならば沈黙が訪れてもあまり気にしない縁だったが、水坂相手ではそうはいかなかった。誘ってきたのは水坂なのだから「何かあったの?」と聞くのも手だったが、「なんとなく」という答えが返ってきた場合、再び沈黙が訪れてさらに苦しい沈黙が来てしまう危険性があった。

 縁が「何か……」と必死に頭を働かせていると、1つ気になっていたことを思い出した。

「そういえば水坂さんって私服って普段ああいうのなの?」

 縁は昨日水坂が着ていた、宇宙空間のような柄を思い浮かべながら言った。

「ああ、あれね」とお冷を飲んでいた水坂がコップを置きながら言うと、

「私ってちょっと変わったファッション好きなんだよね。あれ以外にも結構色々な服着るよ。ねえ、ファッションって楽しいんだよ。普段私達が着ている制服1つとっても、しっかりと着こなすか、わざと着崩すかだけで気持ちが変わってこない?」

 ファッションに関しては一家言あるのか、生き生きとした口調で話し始めた。

「確かに」

 縁は小さく頷いた。

「まあ、だから何ていうか、スキのありそうな格好してると、昨日みたいなのに言い寄られちゃうんだよね」

 水坂は自虐的に笑うと、背もたれに背中を預けた。

「昨日のはなんでああなっちゃったの?」

 縁は水坂もこの話をしたそうにしているように感じ、昨日の話に舵を切った。

「少し前にナンパされたの。当然無視したんだけど、しつこく『連絡先だけでも教えてよ』っていうから、とりあえず教えて即ブロックして、もう二度と会うこと無いって思ってたら、バッタリ再会しちゃってね」

「そりゃ運がなかったね……」

 やはり水坂のような女の子はよくナンパされるのだな、と縁は思った。そしてそんなことを考えているうちに、冬霞もやはりナンパされたりすることがあるのだろうか。といつの間にか冬霞のことを考えてしまっていた。

(いやいや、なんで今冬霞のことを考えているんだろう)

 縁は小さく首を振った。

「ちょっと変わった格好するの楽しいんだけど、そういう格好してると『コイツ行けそう』って思われちゃうのかな? 私JKだよ? 犯罪だよね」

 今まであったことを思い出して憤っているのか、水坂は雑な口調で言った。

「まあでも、水坂さんって大人っぽいからね。女子大生くらいに見えるのかも」

 水坂は髪型といい、メイクといい縁にも分かるくらい垢抜けており、制服姿でなければ水坂の事を女子大生だと言っても信じてもらえそうだった。

「仮にそう見えたとしても、やっぱり私は17歳の女の子なの! ……だから、昨日はすごく怖くて……高木くんに助けられた時はなんていうか、ときめいちゃった」

 水坂は恥ずかしそうに体を動かしながら上目遣いで縁を見つめた。

(え、ええ……)

 まさかの展開に縁に縁の脳は完全に混乱していた。

「昨日ナンパしてきた奴らを高木くんが簡単に倒してるところ見て気づいたんだ。ああ、私って強い人好きなんだなって」

 縁の頭は今にも沸騰しそうだった。視界がまるでぼやけているように見え、心臓はうるさいくらい激しく鼓動を刻んでいる。

「いや、あの、水坂さん……?」

 何が『いや』で何が『あの』なのか分からなかったが、とにかく縁はこの空気をなんとかしたかった。しかし水坂はそんなことお構いなしに潤んだ目で縁のことを見てくる。ここがファミレスだという事を完全に忘れてしまっているようだ。縁がさりげなく周りの席に視線を向けると、何人かは明らかに縁たちの方を見ているのが分かった。

「高木くん……」

 水坂は身を乗り出し、縁の手を取った。そして水坂はさらに顔を近づけていく。

「2人とも、何しているの?」

 縁と水坂が同時に通路側へ振り向くと、そこには冬霞が立っていた。

「ふっ、冬霞!?」

 まさか冬霞がいるとは思わず、縁はファミレスの中だというのに大声を上げた。

「ここはファミリーレストラン。あくまで食事をするところであって、イチャつくところではないと思うんだけど?」

 冬霞の声は一段とトーンが低く、刺々しさを感じさせた。

「ごめんごめん。冬霞ちゃんの彼氏を取るつもりはないから。ちょっとからかっただけ」

 水坂は浮かせていた腰をソファに下ろし、無邪気に笑った。

「私そろそろ帰るね。お金ここに置いとくから、あとは冬霞ちゃんと楽しんで」

 水坂は財布からお金を取り出し立とうとしたが、もう一度座りなおすと、テーブルの上にある紙ナプキンを一枚取り出すと、何かを書き始めた。

「これ、私の連絡先ね。じゃあごゆっくり!」

 水坂は紙ナプキンを縁の前に突き出し立ち上がると、早足で去っていった。

「……とりあえず座ったら?」

 なんとも言えない気まずさを感じながら、縁は目の前の空いた席を指した。冬霞は特に何か言うこともなく、黙って席に着いた。

「……なんでここにいるの?」

 縁は率直に疑問を問いかけた。

「私は、高木くんの監視役だから。本当は話しかけるつもりはなかったんだけど、このままだとファミレス内で不純異性交遊を始めそうだったから」

「それはどうも」

 なぜか冬霞の言葉遣いが明らかに普段より刺々しかった。

「そもそも、いつ水坂さんとあんなに仲良くなったの?」

「それは……」

 縁は昨日あった話を冬霞に話した。

「なるほど。水坂さんを助けたら妙に好かれてしまった……と。まあ、多分水坂さんがああなっちゃったのは、おそらく吊り橋効果だとは思うけど」

 冬霞の冷静すぎる分析に、縁はある種の呆れを感じていた。

「まあ、私は高木くんがちゃんと仕事をしてくれれば、誰かと付き合うこと自体は咎めたりしないから。……さて、私も帰ろうかな」

 冬霞は立ち上がると、縁に背を向け、出口へ向かって歩いていった。

 縁は冬霞の後ろ姿を見送った後、1つのことに気づいた。

「冬霞、何も注文してないや……」


 土曜日の昼間。その日縁は隣町にあるショッピングモールで水坂と待ち合わせをしていた。

 ファミレスでの一件以来、水坂は縁によく話しかけてくるようになった。

 2人で一緒に帰ることも増え、ある日水坂に「一緒に遊びに行かない?」と誘われた。もちろん二つ返事で快諾し、この日を迎えたのだった。

 縁にとって女の子と2人で遊びに行くのはこれが初めてだった。この日のため縁は手持ちの服の中でも良いものを選び、いつもは多少寝癖があっても気にしないのだが、しっかり寝癖を直していた。

 縁はポケットからスマートフォンを取り出し、時刻を確認した。待ち合わせ時間5分前だった。縁は待ち合わせの時間30分前から待ち合わせ場所に立っていた。

「高木くん!」

 自分を呼ぶ声が聞こえ縁が振り向くと、水坂が小走りで縁の方へ向かってくるところだった。

「待った?」

「いや、俺も今来たところだから」

 縁は今まで不思議に思っていたことがあった。映画でも漫画でも、なぜ今来たわけではないのに「今来たところだから」と言うのか。そしてその答えが今分かった。それは一番無難な返し方だからだ。今来たと言えば、後からやってきた相手に申し訳無さを抱かせることもないからだ。縁は無意識のうちに「今来たから」と答え、長年の疑問を自力で解いていた。

「それじゃ、行こうか」

「うん」

 縁と水坂は、映画館へ向けて歩き始めた。

 水坂はこの前とは違い、ニットにスカートという比較的一般的な服装をしていた。それでも制服姿よりは何倍も大人に見え、縁は自然と水坂に見とれてしまっていた。そしてこの日も水坂は上着を羽織っていなかった。

 

 縁が選んだのは、前から気になっていたサスペンス映画だった。しかし映画の中盤に差し掛かった辺りで、「この映画にしたのは失敗だった」という考えで頭がいっぱいになってしまい、映画に集中することができなくなってしまった。その映画は思った以上にグロテスクなシーンが多く、精神的にくるシーンもいくつかあった。

 スタッフロールが終わり劇場内が徐々に明るくなっていく中、縁が「やっちまった……」と座席に背中を預け天井を眺めていると、水坂は伸びをした後、「高木くん、すっごく面白かったね!」と目を輝かせながら言った。

「……えっ?」

 水坂の予想外の反応に、縁は一瞬固まった。

「あれ? 高木くんは面白くなかった?」

「いや、そんなことないよ! 面白かったよ!」

 水坂が少し悲しそうな表情をしたため、縁は慌てて否定した。

「でも私が面白かったって言ったら、高木くん意外そうな顔するから」

「あーそれは……」

 縁は少し迷った後、正直に話すことにした。

「思ったよりグロテスクなシーンが多かったから、失敗したかなって思ったんだけど、水坂さんの反応が予想外のものだったからびっくりしちゃって」

 水坂は一瞬目を丸くしたかと思うと、クスクスと笑い始めた。

「なるほどね。だけど安心して。私こういう映画大好きだから。まあ、とりあえず……」

 水坂は劇場内を見渡すと、「外出よっか?」と言いながら立ち上がった。いつの間にか劇場内は縁と水坂以外誰もいなかった。


 縁と水坂はモール内のフードコートで遅いお昼をとっていた。休日ということもあり、家族連れや学生のグループ達で賑わっていた。

 水坂が注文したのは、白いニットを着ているにも関わらず、ソースの滴るハンバーガーだった。縁はそれをハラハラしながら見ていたが、水坂はそんな縁の心境を知ってか知らずか、無邪気な表情でハンバーガーを頬張っていた。

 幸いソースがニットに飛ぶことはなく、水坂が包み紙を丸め始めたところで縁はホッとため息をついた。

 水坂はひと口ドリンクを飲むと、「それにしても、あの映画楽しかったね〜!」と興奮冷めやらぬ様子で言った。

「なんていうか、水坂さんってああいう映画好きなんだね。あんまりああいうの好きじゃないと思ってたよ」

 縁は曖昧な笑みを浮かべた。ジャンルがジャンルなだけに、あまり深く追求しないほうが良い気がした。

「高木くんさ」

 水坂は頬杖をつきながら何か企んでいるような表情を浮かべた。

「な、何?」

 縁は何か嫌な予感を抱きながら返事をした。

「女の子って高木くんが思ってる以上にグロいの平気なんだよ? なんたって定期的に血を見てるからね」

 水坂は白い歯を見せて笑った。

「あ、なるほど、そうなんだね……」

 縁は表情を引きつらせた。正直言ってあまり女の子の口から聞きたい話ではなかった。

「あ、ごめんね。あんまりいい話じゃなかったね?」

 水坂は「しまった!」という表情で頬杖をついていた顔を起こしながら言った。

「あ、いや大丈夫だよ!」

 縁は作り笑いを浮かべ、顔の前で両手を左右に動かした。

「それならよかった」

「うん……」

 2人の間に沈黙が訪れた。

 縁が焦りながら必死で話題を探していると、水坂が口を開いた。

「そういえば、高木くんはどういう映画見るの?」

「えっと……」

 縁はここで選択を迫られた。無難に答えるか、それとも正直に答えるか。

 最初は『無難に答える』が優勢だった。しかし今の状況で無難に答えるのは今更な気がした。

 縁は正直に、引きこもっていた頃に見た映画の名前を挙げた。その映画は全体的に暗い展開が続き、救いようのない終わりを迎える作品だった。落ち込んでいるときは、逆にこれでもかというほど暗い映画を見たほうが気持ちが楽になる。実際縁も見終えた後救われた気分になった。

「あ、それ私も見た! 暗い映画だけど、なんだか救われた気分になるよね」

「……! だよね!」

 縁は自然と水坂に向かって体を乗り出していた。

「じゃあ……は見たことある?」

 縁は自分達が生まれるかなり前に公開されたタイトルを挙げた。有名といえば有名だが、誰もが見ているようなメジャーな作品ではなかった。

「それも見た! 俳優の演技がすごすぎて、笑っちゃうよね!」

「分かる! 斧持って突っ込んでくるシーンとか目がイッちゃってて笑っちゃうよね。公式も気に入ってるのか、そのシーンのグッズを作ってるのがまた笑えるよね」

 いつの間にか縁はまくしたてるように話していた。

 縁は今まで水坂と接するときは多少なり自分を抑えていた。しかし水坂と共通の話題が見つかってからは、その縁を抑えていた枷が徐々に外れつつあった。そして気がつけば話題を考えることもなく、縁の口からは次から次へと話題が出ていった。水坂もその縁の若干マニアックな話題についていくどころか、縁が舌を巻くほど知識があり、縁と水坂は時間を忘れて話し続けた。

 縁は女の子と話すことはこんなにも楽しいことなのだと知った。

 

 何時間もぶっ通しで話し続けた縁は、喉に異変を感じ小さく咳払いをした。

「こんなに誰かと話したの久しぶりだから、喉が痛くなってきちゃったよ」

 縁は喉をさすりながら苦笑を浮かべた。

「私も……って、もうこんな時間?」

「うわ、マジ?」

 時刻は21時になろうとしていた。

「さすがに帰らないと」

 縁はトレイを持って立ち上がった。いつの間にかフードコートにいる客もまばらになっていた。

 縁と水坂はモールを出て駅へ向かった。田舎ということもあり電車の本数は少ないが、タイミングが悪いことに縁達が改札を通り抜けてすぐに電車がやってきた。

 水坂の「タイミングよかったね」という問いかけに、縁は「そうだね」と短く答えて電車に乗り込んだ。

 縁は電車の中でも水坂と何かを話したかったが、思いの外話題が思いつかなかった。そうこうしているうちに、電車は縁たちの最寄り駅に到着した。

 縁達は改札を抜け、駅の外に出た。駅の周りはいくつかの商店があるものの、すでにシャッターが降ろされ、照明はわずかな街灯があるのみだ。人によっては風情があると感じるのかもしれないが、人通りもなく、縁は心細さを感じていた。

「今日は本当に楽しかったね」

 縁の隣に立っていた水坂が不意に言った。

「うん、本当に楽しかったよ」

 このいつまでも続いてほしいと思えるほどの楽しかったひとときも終わり。そう思うと縁はわずかに胸が詰まるような感覚を覚えた。

 水坂は電車の中で「駅の近くに母親が迎えに来ている」と言っていた。だからここで水坂とはお別れだ。

 できるのならば、このままずっと水坂と話していたい。縁がそんな事を考えていると、「私ね、こんなに誰かと話すのが楽しかったの初めてかも」と水坂が改めて今日のことを振り返るように言った。

「お、俺もだよ」と縁は即座に同意した。

「……高木くんが私の彼氏だったらなー」

 水坂は何歩か歩き立ち止まると、夜空を見上げながら言った。その日は晴れで、駅の周りには人工の照明はほとんどなくビルもないため、星空がよく見えた。

「えっ」

 縁は反射的に水坂に視線を向けていた。

 水坂は星空を見るのをやめ、縁を見つめた。その表情は、縁が見たことがないほど真剣だった。

「高木くんって、冬霞ちゃんと付き合ってるわけじゃないんだよね?」

「えっと……」

 縁は口ごもった。この流れはもう間違いなく、自分は告白される。確信があった。そう思った瞬間、縁の心臓は激しく鼓動を刻み始め、口の中はカラカラに乾いていた。

「う、うん……俺と冬霞はただのいとこだから」

 そう縁が答えた瞬間、水坂の表情は花咲くような笑顔に変わった。

「ねえ、高木くん。私達、付き合おうか?」

 この日、縁の20年近く続いた彼女いない歴=年齢のカウントはついにストップした。

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