海老
縁が再び高校生になってから1週間が経過していた。この日は縁がメンテナンスを受けるために廃屋の地下へ向かう日だった。
この日も冬霞は縁の家に平日のように迎えにやってきた。休日ということもあり、冬霞は私服姿だった。以前も冬霞の私服姿を見ていたが、縁は思わず見とれてしまった。
冬霞は通学時に着ている上着は地味なものばかりだ。私服姿の時もそこまで派手というわけではないが、普段とのギャップに思わず見とれてしまうのだ。
この日の冬霞は、普段はそのまま垂らしているストレートヘアを高い位置でサイドテールにしていた。そして胸元に可愛げなリボンの付いたコートを着ており、普段より女の子らしさを感じさせるコーデだった。
今まで何度も2人で登校していたというのに、服装と髪型が変わっただけで縁は心臓をドキドキさせながら冬霞と並んで廃屋へ向かっていた。内心では「何ドキドキしているんだ。落ち着け」と思っていても、意識すればするほど心臓はさらに強く鼓動を刻んでいく。
縁は変に冬霞の事を意識してしまい、それを隠すために無理やり無表情を装うとしたため、逆に余計に不自然な表情になってしまった。
冬霞は不自然な表情をしている縁が体のどこかがおかしいと勘違いしてしまったのか、
「……? 高木くん? 大丈夫? なんだか様子が変だけど」
縁を気遣っているような様子で縁の顔を覗き込んだ。冬霞が覗き込んできたことで、つい縁は冬霞の顔をじっと見てしまった。揺れるたびに艶やかさを感じさせる輝きを放つ黒い髪。視線が吸い込まれてしまうほど深く、大きな宝石のような目。鳥の羽を思わせる柔らかそうなまつ毛、眉毛。そしてまるで瑞々しい果実を思わせる唇。
「……本当に大丈夫?」
縁はいつの間にか目を奪われていたことに気づき、
「なんでもない! なんでもない! 本当に何でもないから!」
挙動不審に体を動かし、冬霞に本当に何でも無いことをアピールした。
冬霞は縁の落ち着きのない動きに怪訝そうな表情をしたものの、
「それならいいけど。だけど、嘘はつかないでね」
とりあえず納得はしたようだった。
廃屋の中から地下に降りた2人は、以前縁が目を覚ましたベッドの並べられた部屋に向かった。以前縁が破壊したベッドは撤去され、新しいベッドと交換されていた。
地下では三島が以前と同じように白衣を着て待っていた。縁は三島と何度か高校の中で顔を合わせることはあったものの、話すことは全く無かった。
「高木、そこのベッドで横になれ」
三島はいつものように冷たい口調で、縁が立っている場所の近くにあるベッドに横になるよう指示した。縁は素直に従い、ベッドの上に横になった。
縁が横になると台車の音が聞こえてきた。縁が音が聞こえた方角に視線を向けると、三島が何かの医療器具のような物を押して縁の方へ向かってきていた。その医療器具には謎の計器がいくつか取り付けられており、医療器具の一番上にはディスプレイが取り付けられていた。その他用途の分からない部品が大量に取り付けられており、縁には何のために使われる器具なのかまるで分からなかった。そしておそらくそれが自分に使われるということもあり、縁は不安に襲われた。
三島はその謎の医療器具を縁が横になっているベッドに横付けすると、手を消毒し、謎の医療器具から先端に針の付いたチューブを引っ張り出した。
「せ、先生、まさか……それを?」
縁はまさかそんな怪しい器具から伸びた針を注射されるとは思ってもみなかった。
「安心しろ。私は注射が得意だ」
「いや、そういうことじゃ……」
縁が言い終わる前に、三島は手慣れた手付きで縁の腕に針を刺した。三島の言う通り、一瞬小さな痛みが走っただけだった。すかさず三島はもう1つの針の付いたチューブを取り出すと、先に注射した場所とは少し離れたところに注射した。
縁は最初は注射されている腕から目をそらしていたものの、好奇心に勝てず、注射されている腕に視線を向けた。1本目のチューブからは縁の腕から濁った色の液体が吸い出され、もう1本のチューブからは透明な液体が縁の腕に注入されていた。
「あの、これは一体何をしているんですか?」
縁は隣にあるベッドに腰掛けていた冬霞に向かって問いかけた。
「分かりやすく言うと、高木くんの体は改造されたことに反応して特殊な物質を分泌するようになったんだけど、それは体に有害な物質なの。そしてその物質の血液濃度が極限に達した時、この前みたいなことが起こる」
冬霞はただ事実を淡々と語るような口調で答えた。
縁は冬霞の言いつけを守らず死にそうになったときの事を思い出した。あのときの事を思い出すと縁は今でも寒気がしてくる。急に体が動かなくなり、続いて息ができなくなり……。縁は誇張抜きであの時が人生で一番苦しかった。
「その特殊な物質を俺の体から取り除いているわけですね。ちなみに、どれくらいかかるんですか?」
「大体3時間くらいだな」
三島が即答した。
「3時間も? そんなにかかるんですか?」
思った以上の時間だった。3時間もこうしていなければならないと思うと、縁は気が遠くなってきた。
「もちろん、寝ていても大丈夫だ」
「いや、そんな事言われても」
縁は寝ていても大丈夫だと言われたものの、とてものんびり寝ていられる状況ではなかった。
「学校は慣れたか?」
「えっ、あ、はい」
三島が急に話題を変えてきたことに縁は戸惑いながら返事をした。
「そうか。それはよかった」
「はい」
縁は三島が急に話題を変えてきたのは、3時間もこうしていなければならないという縁のために話題を振って、少しでも時間を潰させようとした三島の思いやりなのではないかと考えた。しかし三島はそれ以上会話を続けようとはせずにどこかへ行ってしまい、縁は内心ツッコミを入れた。
部屋には横になった縁と冬霞が残された。
冬霞はベッドに座ったまま、何を考えているのか分からない無表情で縁とつながっているチューブの辺りを見下ろしていた。2人は特に会話を交わすこと無く、謎の医療器具から唸るような低い音が聞こえる以外は無音だった。
「あの、冬霞……さん?」
無音に耐えられなくなった縁は、固まってしまったようにチューブを見つめている冬霞に声をかけた。
「何?」
冬霞は首をわずかに動かし、縁の方を見た。
「あの、えっと……何で冬霞はここにいるんですか?」
ただ単に無音に耐えられず冬霞に話しかけたため、縁は特に何か話題があるわけではなかった。そしてその場でとっさに思いついた事を口に出したため、何とも抽象的で曖昧な質問になってしまった。
「何でって、私は高木くんの監視役だから」
冬霞は最近普及し始めたAIアシスタントでももう少し明るい口調で喋れるぞ、と思うくらいそっけない態度で答えた。
そっけない態度ではあったが、この話題を避けたがっているわけではなさそうだと縁は感じた。せっかく時間があるので縁は聞けるだけ聞いてみることにした。
「なんで監視役になったんですか?」
「私がSNSで高木くんを見つけたから」
「どうして俺をこんなふうに改造しようって思ったんですか?」
「私がちょうどこの町に住んでいて、高木くんはその時引きこもりだったから誘拐して改造しても問題なさそうだったから。SNSに投稿してる内容で簡単に特定できちゃったんだよね。やっぱり人間って追い詰められると、最後はそういう個人情報をばらまいて承認欲求を満たそうとするんだろうね」
「ああ、そうなんですね……」
必要最低限の事のみを答え、かつ地味に酷い事を言ってきた冬霞に、縁はこれ以上会話を続ける気を無くした。
「高木くん」
縁が会話を打ち切ってから少し間を置いて、今度は冬霞が縁の名前を呼んだ。
「学校には慣れた?」
「あ、はい」
縁は冬霞の意図が読めず、困惑しながら答えた。
「そう、それは良かった」
冬霞はわずかだけ安心したように表情を緩ませた。
相変わらず何を考えているのかよく分からないが、縁は冬霞が何だかんだで自分のことを心配してくれるのだなと感動を覚えた。
「冬霞のおかげですよ。冬霞がクラスに溶け込めるように手伝ってくれたから」
変な薬を飲まされて気がついたら改造されてしまったのは正直許せないが、それによって以前とは比べ物にならないくらい楽しい高校生活を縁は送ることができている。少し照れながらも、素直な気持ちを冬霞に感謝の気持ちを伝えた。
しかし冬霞はまるで無反応で、
「まあ、高木くんは元々ひきこもりだから、こうでもしないと高校に通ってくれないと思ったからなんだけどね」
衝撃の事実を縁に突きつけた。
縁は思わず上半身を起こして冬霞にツッコミを入れようとしたところで、自分の意識が空気中に霧散していくような感覚を抱いた。頭の中に靄がかかったように何も考えられないようになっていき、瞼が自分の意志に逆らって閉じていく。
「あ、三島さん言ってなかったんだ。血液を浄化するついでに、眠くなる薬品を体に注入してるから」
眠りに落ちる直前の縁には、冬霞の発した言葉を理解することができず、縁の意識は闇に包まれた。
縁が再び目を覚ますと、冬霞は縁が眠りに落ちる直前と全く同じ姿勢でベッドの上に座っていた。
「おはよう。よく眠れた?」
「ああ、はい……」
意識がはっきりしてくるにつれ、なぜ自分は急に眠くなって眠ってしまったのかという疑問が湧いてきた。
「よく眠れたようだな」
三島がどこかから現れると、謎の医療器具を止め、チューブを縁から外した。
「あの、先生、なんか俺急に眠くなったんですけど」
縁は上半身を起こし、体を動かしながら三島に問いかけた。
「三島さん。高木くん、チューブから眠くなる薬剤流し込まれてることの説明受けてなかったみたいなんですけど」
縁と話すときとは明らかに違う、どこか軽さを感じる口調で冬霞が言った。
「いや、寝ていても大丈夫だと」
「それじゃ100%伝わりませんよ。三島さんただでさえ無表情なんですから、ちゃんと説明しましょう?」
冬霞は小さく「はぁ」とため息をついた。
「2人って、仲いいんですね」
縁は2人を見ながらほとんど無意識に言葉を発していた。
「まあ、それなりに付き合いが長いから」
冬霞は一瞬三島を見た。
「どういう関係なんです?」
まさか恋人ということはないだろうが、縁は気になり、聞かずにはいられなかった。
「同じ組織の上司と部下。と言ったところだろうな」
謎の医療器具を操作しながら三島が答えた。
「上司と部下? どっちが上司なんですか?」
「当然、私だ」
「へえ、三島さんって上司だったんですね」
冬霞と三島は再び軽口を叩き始めた。縁は2人を見て、わずかだが疎外感を抱いた。
「まあ、ともかく今日はこれで終わりだ。帰ってちゃんと勉強するんだぞ」
三島は教師らしい事を言うと、医療器具を押して縁の前から去っていった。
「じゃあ、私達も行こうか」
冬霞はベッドから降りると、脱いでいた上着を羽織った。
「あ、はい」
縁もベッドから降り、一度伸びをした。よく寝たせいか、血液を浄化したおかげかは分からないが、頭は冴え、体が軽くなっていた。そして、空腹だった。
そんな縁を見抜いていたのか分からないが、
「高木くん、お腹空いたでしょ? 何か食べに行こうか?」
冬霞は腕につけた小さな腕時計を見ながら言った。
「えっ」
縁は急に降って湧いた女の子と2人で食事という人生初のイベントに、間抜けな声を漏らした。
すでに14時過ぎという昼食には若干遅い時刻になっていた。
縁と冬霞は町に唯一のファミレスチェーンにいた。ピークタイムはすでに過ぎ、休日は皆町内ではなく栄えている隣の市に出かける、という田舎特有の事情から店内は空いていた。
店内の装丁はコテージをファミレスに改造したような作りをしており、天井を見上げるとこれまたコテージのように梁がむき出しになっていて、なんとなく眺めていると心地よさを感じる。
縁と冬霞は案内された4人掛けの席に向かい合って座った。窓に面している席のため、外から入ってくる弱い日差しが2人の顔を照らす。
数年前まではこの町にはそもそもファミレス自体が存在しなかった。ただここ数年の間にこのファミレス以外にも様々な全国チェーンが出店してくるようになった。ただし、それらが増えたところで田舎っぽさがなくなることはなく、逆に田舎感が強調されているような感覚を縁は抱いていた。
縁はこのファミレスに来たことがなく、メニューをパラパラとめくりながら何にするか悩んでいた。両親から多少小遣いはもらっているとはいえ、そこまで余裕があるわけではない。しかしそんな選択肢が限られる状態でもどれもこれも美味しそうに見え、なかなか決まらずにいた。
冬霞はどうなのだろうと思い視線を向けると、すでに決めたようで、メニューを閉じてお冷を飲んでいた。
「あれ、もう決めたんですか?」
「いつも同じものにしてるから」
冬霞が何度ここに来ているのかは分からないが、縁は「飽きないのかな」と思いながら、
「ちなみに何にしたんですか?」と何を頼んだのか尋ねた。
冬霞は閉じていたメニューを開くと「これとこれ」と指差した。冬霞が指差したのは、エビフライ定食と、いちごパフェだった。
「なんだか意外ですね」
縁は感想をそのまま口に出した。縁にとってエビフライは確かに美味しいが、ファミレスに来たら必ずエビフライを頼むというほどものではない、という位置だった。そしてエビフライもいちごパフェも、常にクールに振る舞っている冬霞が食べているところがまるで想像できなかった。
「どうして?」
わずかに首を傾けながら冬霞が言った。
「どうしてと言われても……」
食べてるところが想像できないからとはあまり言いたくはなかった。とっさに「もしかして美味しいんですか?」と微妙に話題をそらした。
「同じもの頼む?」
縁が返すまもなく冬霞は呼び出しボタンを押した。店内が空いているということもありスタッフがすぐにやってきた。やってきたのは30前後くらいの男性だった。
冬霞が「エビフライ定食と、いちごパフェを2つずつ。以上でお願いします」と男性スタッフに向かって言うと、男性スタッフは一瞬恨めしそうな表情で縁を見た。
が、すぐに柔和な表情に戻り、「かしこまりました。パフェは少し後にお出ししてよろしいでしょうか?」と何事もなかったかのように言った。
冬霞が「それでお願いします」と答えると、男性スタッフは短く「かしこまりました」と答えると開いていた注文端末を閉じ、厨房へ向かって歩いていった。
縁はまさか店員に睨まれるとは思わず、心の中で「違うんです」と呟いた。だが向かいに座っている冬霞を見ると「仕方ないよな」と思わずにはいられなかった。冬霞は誰が見ても文句なしの美少女だ。おまけに今日は普段より女の子らしい格好をしているおかげで、美貌がさらに際立っている。
しばらくして2人分のエビフライ定食が運ばれてきた。縁も冬霞に倣って手を合わせてから手を付ける。
皿の上にはタルタルソースが盛られていたが、縁はまず何も付けずに食べることにした。フォークをエビフライに刺し、口に運ぶ。噛み切った瞬間、衣の香ばしい香りとエビの甘い汁の味が口の中に広がる。何度か咀嚼する。揚げたてということもあり口の中で衣の砕ける小気味良い音が鳴る。揚げ物は揚げたてというだけで美味しい。しかしエビ自体は普通のエビだった。程よい甘み、程よい弾力。理想的な普通のエビだった。
冬霞はなぜこんな普通のエビフライをいつも頼んでいるのかと思いながら、縁は皿の上のエビフライから目の前にいる冬霞に視線を移動させた。
冬霞は上手に箸を使い、エビフライを口に運んでいっていた。ただそれだけでも写真のコンテストで受賞できそうなほど絵になっていた。そしてその表情は何か愛おしいものに触れているかのように幸福感に満ちていた。
縁は冬霞から話しかけてはいけない雰囲気を感じ、黙々と食べ続けた。
「高木くん」
先に食べ終えた縁がお冷を飲んでいると、明らかに機嫌の悪そうな声で冬霞が縁の名前を呼んだ。反射的に冬霞の方を見ると、冬霞は縁を睨みつけた。なぜ冬霞が不機嫌そうな表情をしているのか縁にはまるで見当がつかなかった。
「えっと、どうかしました?」
縁が冬霞が不機嫌そうな原因を考えながら答えると、冬霞は「それは何?」と一段と低い声で縁のエビフライの乗っていた皿の上を指した。
縁の皿の上にはエビのしっぽが残されていた。
「どうしてエビフライのしっぽを残しているの? 信じられないんだけど」
「は、はあ……」
普段クールに振る舞っている冬霞らしからぬ縁にとってはどうでもいい指摘に、縁は困惑するしかなかった。
「高木くんはまるで分かっていない。エビフライという料理にエビのしっぽはアクセントをつけてくれているの。頭から食べる。しっぽから食べる。食べる方向を逆にするだけでその1本の印象がまるで変わってしまう。しっぽというほんの僅かな部分が、エビフライというただエビをフライにしただけの料理を複雑な、様々な顔を持った素晴らしい料理にしてくれているの。それなのにしっぽを残すなんて……エビへの冒涜、そもそもエビフライを食べたなんて言えない! 高木くんが食べたのはエビフライじゃない。エビを衣で包んだだけのものでしかない!」
冬霞は縁が今までに見たことがないほどの早口でまくし立て、最後に縁に向かって指し箸をした。その様子はまるで決めポーズを取っているようだった。
縁は「エビを衣で包んだだけのものってエビフライだろ……」と突っ込みたくなったが、普段のキャラが完全に崩れ去ってしまうほど熱くエビフライについて語る冬霞が可笑しく、自然と笑みがこぼれていた。
「冬霞ってエビフライ好きなんですね。ちょっと驚きました」
縁がそう言うと、冬霞は我を忘れて熱く語っていたことに気づいたようで、わずかに頬を赤く染め、ごまかすように小さく咳払いをした。
「ま、まあ、エビフライには信念みたいなものがあってね」
冬霞は縁から目をそらし、意識していつもの自分を演じようとしているような様子で答えた。冬霞がわずかにだが動揺していることが縁にも分かった。
「とまあ、ここまで熱く語ったんだから、しっぽ、食べない?」
それでも自分の目の前でエビフライのしっぽを残されるのは許せないのか、冬霞は恥ずかしそうに縁と目を合わせようとせずに言った。
縁がしっぽを食べなかったのは嫌いだからではなく、周りでエビフライのしっぽを食べる人がほとんどいないため縁もそれに倣っていただけだった。
縁はフォークを再び手に取ると、しっぽをすくい、口に運び、何度か咀嚼した。エビの身とはまた違った味が口の中に広がる。歯で細かく噛み砕こうとするが、絶妙な硬さのため上手く噛み切ることができない。こうなってしまうとあまり食べていて気持ちのいいものではない。飲み込み、お冷をひと口飲む。続いて残りのしっぽも同じように食べていく。皿の上に残っていたしっぽをまとめて食べるのは、残飯処理をしているような気分がしてあまり気持ちのいいものではなかったが、それを言うと冬霞に怒られる気がしたので縁はそれを口に出すのはやめた。
冬霞は縁がしっぽを完食するのを見届けると、
「よろしい。それじゃあ、デザート持ってきてもらいましょうか」
呼び出しボタンを押し、やってきた店員に向かって「後で持ってきてもらうように頼んでいたいちごパフェをお願いできますか?」と丁寧な口調で言った。
しばらくしていちごパフェが運ばれてきた。一番上にいちごが乗せられ、その下はクリームやいちごやコーンフレークで段々になっているオーソドックスなものだった。しかしそのサイズは、一般的なパフェより一回りも二回りも大きかった。
思った以上の大きさに、縁は食べ切れるか不安を感じながら食べ始めた。何口か食べたところでチラリと冬霞の方を見た瞬間、縁は信じられないものを見た。
冬霞はエビフライ定食を食べている時よりもさらに幸せそうな表情を浮かべながらいちごパフェを食べていた。縁はここまで幸せそうな表情をしてパフェを食べる人を見たことがなかった。
そしてエビフライという、比較的脂っこいもののあとにパフェというクリームたっぷりなデザートは縁でも若干重かったが、冬霞は一切ペースを落とすことなく、ひと口ひと口幸せを噛みしめるようにパフェを口に運び続けていた。
「はぁ、美味しい……」
冬霞はゆっくりとした、心底幸せそうなため息をついた。
普段の態度や振る舞いから、縁から見て冬霞は17歳の少女にはとても見えないほど大人びていた。しかし今の冬霞は、年相応どころか逆に子供っぽかった。縁が冬霞に抱いていた『クールで大人びている』というイメージは完全に崩壊した。だがこのような一面を知ることができたことで、どこかとっつきづらさを感じていた冬霞に親しみやすさを覚えていた。
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