第22話 出発

  冷たい朝。

 息は白色に配色されて吐き出された。

 マフラーを首に巻き付け、身体にはアンダーウェア、その上にシャカシャカの上着を着こんで寒さ対策。

 頭にも風が吹きつけるのでニット帽で防寒バッチリ。

 けれど、何重にも対策し、着こんだ上着からも朝の寒さは遺憾なく、そして平等に身体を冷やした。


「うぅー、さむさむ」


 玄関から出て、車道に停めてある車に向かった。

 車はエンジンがかかっており「ブルンブブブブブ」と駆動音を鳴らしていた。

 そして車の横には君島がいた。


「おう、おはよー」


 手袋をした手を上げて君島に声を掛ける。


「よっす。おはよー」


 君島も白い息を吐いて声を返した。防寒対策は俺と同じくバッチリで色々なものに包まっていた。

 君島の隣には彼女にどこか似た女性が立っている。その女性は俺に向かって頭を下げて「おはよう」と笑顔を向けた。それに対して「あ、おはようございます」とおどおど会釈する。君島はその反応に横で薄く笑って俺をからかった。

 何と言うか、君島の母親か……。

 髪は君島よりも長く、黒色。その髪は一つに縛っている。そして丸い眼鏡をかけて、その奥には優しそうな垂れ目が目を細めて俺に笑みを浮かべていた。

 この人が君島曰く、ガラクタを集めている人。将棋盤や囲碁盤、その他諸々。君島と遊んだ玩具はほとんどが君島の母親が買っては倉庫に置いて、そのまま放置されたものらしい。

 一見して優しそうな雰囲気だった。


「今日はよろしくね、葵くん」

「はい。任せてください」


 胸を叩いて胸を張る俺。君島母はそれを見て「よろしくね」と微笑んだ。

 後ろから「ガラガラガラ」と玄関の開く音がした。

 玄関からは父と母が並んで出てきた。父は俺たちと同様に防寒着を着込んでいる。母は部屋着のまま外に出てきて腕を抱いていた。


「おはようございます」

「おはようございます」


 父と母の挨拶に君島の母親が「おはようございます」と頭を下げた。


「今日はご同伴してくださりありがとうございます。娘をよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ、急なお誘いですみません。危険の無いように注意しますので、こちらこそよろしくお願いします」


 父が頭を下げた。君島の母親はそんな父に「そう言っていただけると安心です。よろしくお願いします」とこちらも頭を下げた。

 と言うか、そもそも君島の母親もよく許してくれたものだ。

 もう自明のことだが、今日は平日。もちろん学校のある日、登校日だ。

 学校をサボって遠出を許す親なんて普通は存在しないはずだが……。

 そんなことを親同士が話している間に、君島の耳に声を潜めて訊けば、彼女はあっけらかんと答えてくれた。


「いやあ、元々、何の理由もなく学校サボってたし、親も何も言ってこなかったんだよねぇ」

「寛容的なんだなぁ」

「うん、今日のことも全然オッケーだったよ」


 君島が朗々と目を瞑って答えてくれていると、その背後に影が差す。


「ちゃんと学校行って、授業受けてくれるならそれに越したことは無いんだけどなぁ」


 笑顔で君島の肩を掴む君島母。笑っているのにすごい威圧感だ。こわいこわい。

 君島は先ほどまでのあっけらかんとした様子はどこへやら、冷や汗を掻いて視線を明後日の方向へそらしていた。


「もう、まったく……」


 君島母はそんな君島に肩を竦めて、嘆息を吐いた。


「お互い苦労しますねー」


 と、俺の母も参戦。


「葵も勉強すれば頭良いはずなのに。高校にも合格できたんだし」

「そうですよね。香代も地頭は良いはずなのに、不真面目で困ったものですよ」


 二人の母親は「うんうん」と頷いて、いつの間にか意気投合していた。そしてこの後、一緒にお茶でもしようと、なんか約束していた。これがママ友が出来る瞬間か。


「でも、仲のいい友達がいてよかったです。香代からそういう話、聞かなかったので……」

「そうね、葵もそういう話、全然。でも、土曜日に重さんから葵の友達が来たって聞いた時は驚いたわ」

「ああ、私も驚きました。香代が友達と出掛ける、なんて言われた時は驚きましたよ。それも男の子と……」

「ほんとねー。こんな可愛い娘さんとお友達なんて葵もスミに置けないわ」


 ああ、母親同士の話を横で聞く恥ずかしさ。隣を見れば君島も微かに頬を赤くしていた。

 ちなみに重というのは父の名前だ。西条重(さいじよう しげる)――、それが父の名前。


「よし、そろそろ出発するぞ」


 荷物を車の荷室に積み終えた父が俺たちに声を掛けた。

 俺と君島は父の声に反応して、車に乗り始める。

 俺はいつも通り助手席に乗り込もうとドアに手をかけると、父が首を振ってそれを制した。


「葵は後部座席で香代さんと一緒に乗りなさい」

「えっ……ああ! 分かった」


 そうか、君島を後部座席に一人というのもおかしな話だ。俺は父の言葉通りに君島と一緒に後部座席に乗り込んだ。

 隣に座った君島は何故だか頬を赤らめて俯いている。


「どうした?」


 と、訊くも君島は「なんでもない」と首を振った。

 まあ、いつものことか、と俺は特段、疑問に思わず、それ以上の追求はしない。


「おーい」


 声とともに母が窓を叩いてこちらに呼び掛けていた。俺は窓を開けて首を傾げる。


「ん? なに?」

「なに、じゃないわよ。ちゃんとお見送りぐらいさせなさい」


 少し頬を膨らませて、口をすぼめる母。


「見送り? そんな根性の別れじゃないんだから」

「もう、減らず口なんだから。口だけは達者よね、葵は」


 なんか、君島の横で母にとやかく言われるのが恥ずかしい。俺は目を逸らして「はいはい」と聞き流す。


「まったく――」


 母はそんな俺の様子に肩を竦めて、そしてもう一度、改めて俺の顔を見つめる。


「怪我の無いようにね。あとちゃんと香代ちゃんを守ること。男の子なんだからしっかりね」


 優しい笑顔を浮かべて母が告げる。俺は目を逸らしたまま「うん、分かった」と頷いた。隣で君島も微笑んでいる。


「私からもよろしくね、葵くん」

「あっ、はい」


 母の隣から君島母も加わって俺に告げてきた。俺はすぐさま君島母に顔を向けて頷く。


「ああ! 私とえらく態度が違うじゃないのー」


 唇を尖らせて不満げな母。いや、友達の親御さんに不愛想も印象最悪だろ。

 そんな母たちを俺と君島は「行ってきまーす」と手を振った。

 母たち手を振って「気を付けてね」と念押しの忠告。


「それじゃあ、出発だ」


 父がハンドルを握る。


「よろしくね、重さん」


 母がそう告げると、父は「ああ、行ってくる」と無表情のまま、ゆっくり頷いた。

 そして窓を閉めると、車がゆっくり動き出し、家から徐々に遠ざかっていく。

 すぐさま景色が移り変わっていく。

 先程まで家の前だったのがすぐに住宅街から抜けて、開けた車道にやって来る。

 早朝ということもあり、まだまだ走っている車はまばらだ。

 この時間帯特有の寂しさも醸し出しながらも、そんな車道を車は進んでいく。

 向かうは山梨――。

 さあ、ゆるっとキャンプ、略してゆるキャン、頑張っていきましょうか!

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