第20話 ドキドキにQ
ああぁぁ、ドキドキしたぁー。
あれから公園で西条と別れた私は、オレンジ色になり始めた空を眺めながら、肩を落として脱力していた。
西条からは家まで送る、と言われたけど、さすがにこんなドキドキの状態で一緒に居たら胸が破裂してしまう。
それに、勇気を出して仲良くなりたいと告白した後は、何故だか西条の顔をまともに直視することが出来なかった。なんだか恥ずかしくなって、身体が熱くなって……。
胸のあたりがキュッと締め付けられるこの感覚。
西条と一緒にいると、いつも苦しくて、もどかしくて……。
なのに、ずっと一緒にいたい。隣にいたい。
「はぁー」
今になって彼に家まで送ってもらわなかったことを後悔する。
それにしても、私はどうしちゃったのだろう?
こんな気持ちは初めてだ。
馴れ合いが嫌いで、交友が苦手で、だからこそ独りになったはずなのに。
いつしか私はどうしようもなく西条を求めていた。
西条と一緒にいたいと願っていた。
この気持ちは……。
「ふぅー」
息を吐く。
止めよう。この気持ちを探るのは、――今はまだ早い。
私は桜が舞う家路を急いで、駆け足になった。
走った。
走って、走って、――笑った。
「なんだか不思議な日だったな」
朝早くに西条の家に行って、散歩をして、大きな公園を周って、映画館に行って、映画に感動して、ファミレスで昼食をとって、西条の知り合いに会って……、図書館に行って、栞さんと会って、そして、西条に仲良くなってほしいと、もっと仲良く、なんて――。
「色々あったなぁ」
独り言ち。
言葉とともに吐き出た息は寒さのせいか、白い息になって、空気に消えていった。
それにしても――。
園城苑子さん。
私は気になっていた。あの西条と同じクラスの園城さん。
元気で溌溂とした声。それだけで分かる。私とは異なる別世界の住人だ。
人の輪の中心にいるような人物の雰囲気をまとっている。おそらく、この予想は当たっている。彼女の仕草、そして口調、フォローの仕方。
私とは違う。
交友関係を無意味と切り捨てた私とは根本から違う人だ。
悪い人ではなさそうだ。というか良い人なのだろう。
私なんかより人に好かれ、人を好いている。
――私よりも生き方が上手な人。
「あああぁぁぁーーーー」
ため息にも似た叫びを春空に向けて――、その声はすぐさま消えていく。
まったく、劣等感だ。
こんなにも眩しい人が西条の知り合いなんて――、なんか嫌だ。
それに女子なんて……。
あの朝も楽しそうに西条に話しかけていた。
けしからん。そして羨ましい。
私も同じクラスだったら、休み時間の度に西条の席に行って、話しかけているのに。
ぐぬぬぬ。
「あっ、そう言えば」
と、そこで思い出した。
彼のクラス――それは、確か……、一年二組。
そっか。私と同じ学年だったのか。
正直、西条の歳を意識したことがなかった。
年上でも、年下でも……、いや、年下はあり得ないか。
まあ、違う学年でも、私にとっては、西条は西条だった。
それは変わらない。
だから不思議だ。
小学校からずっと、一つ年が違うだけでそれは大きな格差にも似た遠い存在だった。
今もそれは変わらないはず。もしかしたら大学生なったらこの感覚とも別れるのかもしれない。社会人になったら……。
たかだか一年の違い、でもそれは学生の私たちにとっては人間という形が同じだけの全く違う存在。
なのに――。
西条は違った。
どうしてだろう。どうしてだろう。
どうしてだろう。どうしてだろう。
答えは出ない。
彼は私にとって何者か。
そんなことを前も考えたような……。
あの公園で、たまたま寄ったあの場所で。
彼が私を見つけてくれなかったら、今日という日は来なかった。
そして私と西条は、たぶんずっと会わず仕舞いで、そのまま他人になっていた。
西条葵。
私にとって不思議で……、けれど、気になる人。
「葵、なんてね……」
栞さんが西条のことを名前で呼んでいて少しだけ、羨ましかった。
葵、アオイ、あおい……。
「はっず……」
うん、やめよう、やめよう。
私はまたしても赤くなった頬に目を逸らして、家に走った。
早く家に、――家に帰ろう!
ちょっとだけ近づいた距離。
園城さんも栞さんも私なんかよりも西条と一緒にいて、私の知らない西条をいっぱい知っているんだろうな。
けど――、でも――。
私だって……。
私しか知らない西条を知っているはずだ。
そして、これから、もっと西条を知っていけばいい。
もっと西条と一緒にいれば……良いのだ!
私と西条の距離。
近いようで遠い、よく分からない関係性。
けれど……。
「これからも、よろしくね」
空に向かって呟いた。
その声が彼に届いているなんて、さすがに思わない。そこまでロマンチストじゃない。
でも――。
声に出さずにはいられなかったのだ――。
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