第17話 遭遇
「西条くんだ!」
園城は手を振って、駆け足で近づいてきた。
俺は目を見開き、硬直する。
園城がこんなところに?
冷静に考えればあり得ることだが……。
高校の最寄り駅の近くに、休日、同級生が遊んでいるのは何ら不思議なことではない。
しかし、数多いる学生の中から俺の知っている奴と出くわす確率はとても低いはず……だった。
だけど、どうして園城と会うんだ?
俺の交友関係は言っちゃ悪いが数少ない。希薄もいいところだ。いや、ほぼいないと言っても良い。
なのに、どうして。
これが噂の運命のイタズラとか言うのだろうか?
まったく、やっかいな運命って奴だな――。
俺は頭を掻き、ため息をつく。
君島とのことはあまり言いたくない。
恥ずかしいとか、そう言うのではなく、単に君島との関係は俺にとってそれなりに特別で、その関係は俺と君島、二人しか知らないものであってほしかったのだ。
同じ学校の中で、けれどあの踊り場だけは学校から見捨てられた場所で、そして学校の中で学校という世界から離れられる俺と君島だけの場所だった。
しかし、まあ、友達とか理由をつけて誤魔化せばいい、ただそれだけだ。けれど……、やはり君島の話をしたくない自分がいた。
「おお、園城か。奇遇だな」
手を上げ返して、内心の驚きはおくびにも出さずに彼女に反応する。
「うん、奇遇だね。こんなところで西条くんに会えるなんて嬉しい!」
園城は笑顔で小首を傾げて俺の顔を上目遣いに見つめてきた。
そして――。
「んっ」
後ろからはワイシャツの端を引っ張られる。横目で後ろの君島を流し見れば、彼女は俯きながら正面の園城から顔を背けていた。
君島は怒っているように見えた。そして、どこか怖がっているようにも見えた。
「西条くんはどうしてここに? どこか行くの? それとも行った後かな?」
園城は白い歯を見せて、弾んだ声で質問してくる。
「それと、あと……。後ろの人は誰かな?」
そして最後に、俺の耳に口を近づけ、コソコソと声をひそめて君島のことを訊いてきた。
やっぱり君島のこと気になるよな……。というか君島のことを質問してこない方が不自然だ。
俺は心の中でため息を吐く。そして後ろの君島に顔を向けて、目を細めた。
君島は小さく頷いた。俺はそれを確認し、正面の園城に顔を戻す。
「こいつは君島……」
俺は親指を後ろに向けて呟くように小さな声で君島のことを伝えた。
君島は会釈するように微かに頷く。
それに応じて園城も軽く会釈すると、目を大きく開いて君島を観察した。
「ふーん、君島さん……。そっか、よろしくね、君島さん!」
そう言うと、園城は君島に笑顔を向けた。
君島はその笑顔から顔を背けて、眩しそうに目を細める。確かにこいつはいつも元気で明るくて……、俺たちとは別世界の人間だ。
「西条くんと君島さんは友達なの?」
園城が首を傾げて訊いてくる。俺はその質問に少しの間だけ押し黙った。
「………」
俺と君島。その関係性――。
俺にとっては特別なそれは、後ろの君島には、どうなのだろうか?
君島は俺をどう思っているのか――?
少しだけ俯いて、首を振る。
ため息を吐いて、肩を落とす。
俺と君島は――。
「ああ、そうだな。友達だよ」
諦念まじりに漏れ出た言葉はどこまでも空虚だった。
その瞬間、後ろから引っ張られていた感触が無くなる。
君島はワイシャツの端から手を離した。
「へぇ、そうなんだ! 友達かぁ!」
園城は声を弾ませて反応した。その様子がどこか嬉しそうに見えた。
そこから園城はいつものように雑談を始めた。
今日は服を見に来た、とか本屋にも寄ろうかな、とか色々。
俺はその話に「はあ」と一応、相槌を打った。
そしてようやく終わった園城の話。
園城は、
「ごめんね、話しすぎちゃった。西条くんと話すの楽しいから、つい」
と言って、笑う。俺は苦笑して、
「俺なんかと話して楽しい? 俺は相槌を打っただけだぞ」
と、実際そうなので疑問を呈する。けれど園城は俺の言葉に「んん」と首を振った。
「どうでもいい話も西条くんに話すから楽しいし、嬉しいの」
頬を微かに赤らめながら、恥ずかしそうに横に目を流す園城。いつもの元気な園城とは大きく違ったその様子に新鮮味を感じた。
「まあ、それはありがとう」
俺は一応、感謝の言葉を言った。
それに対して園城は、
「ふふっ、どういたしまして」
と、笑った。
そして、そのまま視線を何とはなしに後ろに向けたのか、そこでようやく君島に気づいたらしく、園城は慌てて頭を下げる。
「あっ、ごめんなさい、君島さん! 私ついつい話しすぎちゃって。つまんないよね?」
その言葉に君島は苦笑して首を振った。
俺は後ろを横目で確認して、君島の姿がどこか、いつもとは違って見えた。
無理をしているように俺には映った。
園城は君島に「そっか、なら良かった」と言って笑う。
君島は苦笑したまま園城に顔を向けた。俺はそんな君島の姿が何故だか嫌で顔を背ける。
「ああ、そうだ!」
と、突然、園城が手を合わせて、声を上げた。
「なに?」
大きな声を出した園城に俺が首を傾げると、彼女は笑顔で俺に近づいて、「あのさ――」と言葉をつづけた。
「これから、一緒にどこか行かない?」
園城は「どうかな?」と顔を傾ける。
「あっ、それとも用事とかある? それならしょうがないけど……」
続けて、もう一つの可能性も言ってくれた。
その言葉に俺は苦笑する。
それならしょうがない、か……。
彼女に他意はないだろうが、そんなことを言われて断れる奴はいない。
しかし、俺の意見で決めて良いことでもないだろう。俺は後ろの君島に確認を取ろうとして顔を振り向く――前に、君島が首を振った。
「そっか!」
園城は嬉しそうに声を弾ませる。
「それじゃあ、一緒にさ――」
俺は園城の話も聞かずに、後ろの君島が気になって、もう一度、確認した。
そこには苦笑いを張り付けている君島の姿が目に映った。
その姿がどこか寂しそうに、寒さをまとっているように感じる。自然、肩を落としているようにも見えた。
園城が一緒か……。
それは、果たして、良いのだろうか? と曖昧とした問いが頭に浮かぶ。
園城が一緒で良いも悪いもある訳がない。
だから、まあ、園城とはそれなりに交友があって、ここで園城の要望を受け入れた方が、断って生まれる彼女との気まずさ、そういった可能性を回避することが出来る。
それに、わざわざ断る理由もない……はずだ。
いいや、本当にそれでいいのか?
園城と一緒にどこか行って、それで楽しいのか?
楽しい、か……。
そう言えば園城は俺と話していて楽しいと言っていた。
まったく変わった奴だと思った。俺なんかと話して何が楽しいのか、未だに理解に苦しむ。
「楽しい……」
聞こえない程度に小さな声で呟いた。
園城に「俺と話して楽しい」と言われるのは単純に嬉しかった。
そう思ってくれる園城には多少なりとも感謝の念すらある。俺なんかに話しかけてくれて、ありがとう、と。
俺に本当の孤独から僅かながらに手を引っ張ってくれる存在、それが園城だ。
なら、いいのかな――?
それに君島が良いらしいし、俺がどうこう言うことでもない。
「………」
――本当に?
俺は、俺は、どうしたい?
それは……。
それは――。
けれど、でも。
否定の言葉と先の続かない言葉ばかりが頭を覆う。
どうしたいのか、俺は。
俺は、俺は!
俺は――!
だから、俺は自分の気持ちに素直になることにした。
いつもの俺のように。君島と一緒にいる時の俺のように。
「ごめん。今日は君島と一緒に遊ぶ約束なんだ。ごめんな」
俺は微笑みながら園城に告げた。
彼女は目を見開いて「えっ?」と微かに声を出す。
けれど、それも一瞬で、すぐさま笑顔になって、
「あっ、そ、そっか! こっちこそ、ごめん。急だったしね」
園城はそう言うと、俺たちに手を上げて「それじゃあ、私、行くね」と言葉を残し、人混みのなかへ消えていく。
彼女がいなくなると、俺たち間の空気が静かになった。
いつもの空気に戻ったように感じる。
そして、後ろからまたワイシャツを引っ張られる感触がした。
「伸びるんだけど?」
俺の声に君島は、
「いいじゃん」
と、明るい声で返してきた。
それは、いつもの君島の声だった。
「よし、どっか行くか」
俺は仕切り直すように彼女に提案する。そして歩き始めようと足を上げかけて、君島が、
「あのさ、行きたいところあるんだけど」
と、呟いた。
振り返ると君島は満面の笑みで俺を見つめていた。
いつもの君島――。
いや、いつも以上にその笑顔は魅力的に俺の目に映った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます