第16話 ファミレス

 映画館を後にした俺たちはそろそろ昼時ということもあって、近くのファミレスで昼食をとることにした。

 入店し、店員に示された奥のテーブル席に座る。

 店内はそれなりに込んでおり、家族連れを中心に賑やかだった。


「さて、何を頼むか」

「うんうん」


 彼女の方に向けてメニューを開き、一緒に見ていく。

 逆さになったメニューを眺めながら、マカロニサラダ、たらこスパゲッティにしようかな、と選んでいった。

 俺が一分ほどでメニューを決め終わったのに対して、君島は十分ほどメニューと対峙して悩んでいた。

 そしてようやっと決め終わったらしく、


「よし」


 と、俺の顔を見て頷いたので、ボタンを押して店員を呼んだ。


「お待たせいたしました」


 まもなくして、店員がハンディターミナルを操作しながら俺たちの席にやって来た。

 先に俺が決めていたメニューを告げる。そして次に君島の番、ということで彼女に顔を向ければ、思い悩んだ様子で眉間に皺を作りながらメニューを再度、見直していた。おいおい、直前になってまだ決めかねているのか?

 俺が呆れた眼差しを送っていると、君島は店員に頭を下げて、


「あ、ごめんなさい。えと、えと、えっと……」


 と、焦りながらメニューをめくっていた。

 そうして最終的に選んだのが俺と同じマカロニサラダとたらこスパゲッティ。

 今までの時間は何だったんだよ……。

 待たされても尚、笑顔の店員が再度、頼んだメニューを復唱する。


「こちらでご注文よろしいでしょうか」


 俺と君島が頷くと、「それでは失礼します」と言って離れていった。


「大変そうだよな、接客業って」


店員の背中を見つめて、ため息交じりに呟くと、君島が「だねー」と間延びした言葉を返してきた。


「お前ってバイトしたことある?」


 俺の質問に君島が中空を眺めて「まあ、あるよ」と答えてくれた。


「えっ、あんの? 意外だな」

「んん? 意外ってなんだよー。これでもちゃんと働いてるよ」

「ふーん。へぇー」


 彼女の返答に内心、驚いていた。君島は俺と同じくアルバイトという言葉とは縁遠い存在だと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。


「どこで働いてんの?」

「えぇー」


 君島は嫌そうに眉をひそめて不満げに声を出した。


「言っても来たりしないよね?」

「うーん。それはたぶん、行くな」

「いや、即答かよ!」


 君島が「もう!」と怒ったように唇を尖らせるが、どこか楽しそうに笑っているようにも見えた。


「西条の家の近くのカフェで働いてるよ」


 テーブルにだらーんと身体を預けながら、小さな声で呟いた。


「えっ?」


 ふと、呟かれた声に反射的に目を見開くが、すぐに「へぇ」と反応の声を漏らした。


「じゃあ、尚のこと行かないとな。……近くにカフェなんてあったっけ?」

「あるよ。今度、教える……」


 腕に顔をうずくまらせてボソボソと呟く君島。そんな彼女に、教えてくれるのかよ、と、つい、苦笑してしまう。


「西条は働いたことあるの?」


 君島は体勢は変えずに視線だけ俺を見上げながら問いかけてきた。俺は軽く首を振って、「いいや」と言葉を返した。


「バイトとかは、したことないな」

「ふーん。なんか、西条っぽいね」


 君島は顔を上げると、頬杖をつきながら微笑を浮かべて俺の顔を見つめた。


「いや、君島の方が意外だろ。俺はてっきりお前もバイトとかはしてないと思ったんだけどな」

「そう? でも……。うん、私も西条みたいに、できれば働かずに生きていければなぁ、と思うけどさ。学校もサボりがちな私も家では肩身が狭いというか、お母さんから色々言われるんだよ。だから仕方なくバイトしないと」

「まあ、大抵の人間がそういう理由で働いてるだろ。生きるために働く。働きたいから働く奴なんて一握りだろうよ」


 大人になる――、その想像がつかなかった。

 働いている自分が全く想像つかない。そもそも中学の時も高校になった自分が想像できなかった。そして今も、大学生の自分が想像できない。

 

 けれど――、おそらく何も変わらない。

 

 高校生になれば何かが変わると、中学を卒業した春休みの頃は胸を少しだけ躍らせていたが、高校に入ってみれば、中学と何も変わらない。

 人間、期待してしまう生き物だから。つまりは同時に期待が裏切られることが大半で落胆するのが人間という生き物でもあって……。

 人は考えてしまう。何かをするのでもなく、したのでもなく、けれど自分には明るい未来が待っているのだと妄想してしまう。

 哲学とかは考えれば考えるほどに褒められるのに、こういう妄想は一銭の価値にもならない。もしかしたらニーチェとかの時代なら俺も哲学者として持て囃されていたりしたのかもしれないが、現代社会においては俺の哲学は妄想と唾棄されて、そこらの路地裏に捨てられるのだ。


「期待しちゃうだろ。仕方ないだろ」


 君島の耳に聞こえないように小さく呟いた。

 バイトをしている、ただそれだけで君島が遠い存在のように感じられた。

 俺と同じだと思っていた人物が、俺とは全く違う、俺よりも生き方が上手な奴なんだと、悲しくなっている自分がいた。

 俺は君島の顔を少しだけ見つめて目を伏せた。

 また、考えすぎて心を沈ませている。俺という人間は全く、これだから駄目なんだよ。

 鬱々とした気持ちを無理矢理薙ぎ払って、俺は君島に話しかける。

 そうして、そんなこんな君島となんでもない会話をしていると、頼んだ料理が運ばれてきた。

 最初にマカロニサラダが二つ運ばれてきて、その五分後くらいに、たらこスパゲッティがやって来た。


「ご注文は以上となります」


 店員がその言葉とともにレシートを置いていった。

 そして店員が離れるのを待って、ようやく昼食の時間を迎える。


「いただきます」

「いただきます」


 フォークとスプーンを君島に渡して、俺の分も二つ取る。そしてようやっと、スパゲッティに取り掛かった。

 麺の上にたらこソース、そしてまたその上に細く切られた海苔がパラパラとかけられている。

 ソースを馴染ませて一口――。

 うん、いつもの味だ。

 想像以上でも以下でもない、この味。

 スプーンの上で麺をフォークに絡ませて、口に持っていく。

 そしてスパゲッティを食べながらもマカロニサラダにも手を伸ばし、バランスよく量を減らしていく。

 十五分後――、俺が食い終わると同じぐらいに君島も食べ終わった。

 君島は「ごちそうさま」と言うと、無邪気に笑って、


「おいしかったね」


 と声を出した。俺はその純粋な笑顔にため息を吐いて、


「普通だった」


 と、返した。

 君島は「正直すぎ」と言いながら、笑った。

 そうして数分、食後に雑談に興じていたが、「そろそろ行こっか」という君島の言葉を合図に俺たちは店を出た。

 外に出ると人の通りが多くなっているように感じた。正午過ぎなので当然と言えば当然だが。


「で、どこ行く?」


 君島が後ろで手を組みながら訊いてきた。どうやら今日はまだまだ一緒らしい。


「そうだな……」


 君島の問いに空を眺めながら考えていると――。


「あれ、西条くん」


 と、俺の名前を呼ぶ声がした。

 俺は振り返って声の主を確かめた。

 そして、そこには――。


 ――クラスメイトの園城苑子がいた。

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