第7話 この気持ちにQ

 孤独は楽なのだと思う。

 友達と話すのは楽しいし、笑えるし、悪くはない。けれどどこかで無理をしている自分を発見してしまう。その無理というものは些細なものだ。けれど些細だからこそ目立ってしまって、ああ、今自分は少しだけ自由ではないと自覚してしまう。

 自由が正しいとは思わない。それは突き詰めれば無法地帯と変わらないから、やりすぎは良くないと思う。でも、私ぐらいは自由でありたいと思ってしまうのは自分勝手だろうか。

 他の人とは違う。違くありたいと思ってしまう。

 だからこんなことで少しでも無理をしている自分が嫌いで……。

 だったら独りでいいかな、と思ってしまう。

 元々、人との交友関係が得意ではなかったし、独りでいいや、と思ってからは簡単なもので友達だと思っていた人たちも自然と離れていった。そして新しい友達ができるという訳でもなく――。


 ――私はすぐに孤独というものを獲得できた。


 そうして独りでいることにも慣れてきて、それがもう日常と化してしまった今日この頃。

 けれどあの日、私は彼と出会った。

 それは偶然の出会いだった。



 私はどこかで独りでいることの寂寥感を感じていたのだと思う。

 独りは楽だが、決して楽しいわけではない。

 孤独は誰もが想像するように寂しかった。

 人との交友によって疲労感を覚えるなら、その人間関係を絶ってしまえばいいと単純に考えていたが、いざ孤独を味わってみればそれに耐えられない自分を知ってしまう。

 人といることも出来なければ、独りでいることも出来ない。

 私はそんな何も出来ない自分に心底絶望していた。

 だから彼、――西条と会ったときは嬉しかった。

 自分と同じ人間がいることの安心と高揚感を未だに覚えている。

 だから勝手に自分だけが盛り上がっていた。

 屋上に繋がる扉、その前の学校の最果て、そんな踊り場で居眠りをしている男子生徒。

 彼を見てすぐに、ああ自分と一緒で授業をサボっているんだ、と確信した。冷静に考えればその他にも理由は考えられるはずなのに、私は何故だか彼を見て確信してしまった。

 その確信はもしかしたら孤独から生まれた寂寥感がそうさせたのかもしれない。

 寂しくて、淋しくて、胸の内のどこか片隅で同志というか仲間というか、自分に似た誰かを望んでいたのかもしれない。

 彼が起きた後も内心嬉しくてたまらなくて、けれどやっぱり同世代の異性と話すのに緊張していた。

 腕時計で時間を確認して、もうすぐ三限の授業が終わる頃合いを見計らい、私は緊張感に耐え切れず彼のもとから立ち去ってしまった。今思えば、私はおかしな奴だ。

 話そうよ、と提案したと思ったら、そのすぐ後に立ち上がって「じゃあ」と言ってその場から立ち去る。思い返してもこの時の私はおかしすぎる。

 その後すぐに後悔したのは言わずもがな。けれど次の日もあの踊り場に行けば会えるかな、とまたその願望は不思議と確信めいた予感を感じていた。

 そして翌日、朝から踊り場で待っていると、彼は私の予感通りにやって来てくれたのだ。

 

 ――とても嬉しかった。


 私の確信はやっぱり本当なんだ、と常識や冷めた心をも凌駕してその運命という思い込みは私の胸を締め付けた。



 その日はすごく楽しかった。

 二人で特に面白みのないトランプゲームをして、けれど私にとってはそれも楽しくて。

 二人で散歩をすることになって、駅前までこれと言って中身の無い話をしながら歩いて、けれどそんな会話が何故だか面白くて、彼のしょうもないジョーク一つ一つに笑って。

 駅ビルでは二人で買い物をした。と言っても私が半分強制的に彼を付き合わせて、服を見繕った。試着して西条が褒めてくれるとドキドキして、けれどそれは幸福感に近い高揚感で……。店員さんには彼とは恋人同士なんて言われた。私はそれにもドキドキした。

 カフェではその胸の高鳴りと変な緊張が後を引いて、自分から誘っといて上手く会話が出来ずに、そのまま学校に戻る道中も彼とは話せないままで……。

 私は何か話さなきゃ、と思いながらも、でもどうしてか買い物をしてから彼を変に意識している自分がいて、その自分が私を邪魔してくる。

 このままじゃ駄目だと意識は叫ぶのに、感情がそれを堰き止める。

 何かを言葉にして、声に出して、そうしないと――。


 ――彼とはもう会わない予感がした。


 また予感だ。そして残念なことにこの予感も何故だか確信めいたもので……。

 私は彼と、――西条ともう会えないのか?

 それで困ることはないだろう。

 昨日、今日の間柄の男子にそこまでの価値が私の環境にあるとも思えない。

 彼と会わなくても私の日常は勝手に動く。いや、周りの環境によって、そして時間という絶対的な力によって無理矢理、動かされるのだ。

 

 ――でも、私はもっと西条と一緒に居たかった。


 そんな苦心を秘めながら胸の内で悩んでいる最中。

 そんな時に彼は私が一番欲していた言葉をくれた。


「踊り場にでも行くか」


 その言葉に救われた。

 そうだ、あの場所は二人の場所なのだ。二人だけの場所なのだ。

 踊り場に着いて、しばしの間も緊張は私に泥のようにのしかかってきたが、けれどそれでも彼がくれたチャンスをここで投げ出していいはずがない。

 私は意を決して彼に連絡先の交換を申し出た。

 西条との確かな繋がりを持ちたかったのだ。

 他の人がクラス替えや高校に入学してすぐに連絡先を交換する意味が分からなかった。そんな簡単に自分の連絡先を差し出してあの人たちは正気なのか、と半ば驚きとともに馬鹿にもしていた。危機管理能力のない馬鹿どもだ、と。

 けれど私も大概だ。結局、人間みんな同じなのかもしれない。

 私もそんな馬鹿どもの一員で今まさに繋がりを求めて、彼と連絡先を交換したかったのだ。

 西条は「そっか」と反応すると「いいよ」とすぐにスマフォを取り出してくれた。

 連絡先を交換する理由を訊いてこない彼に私は安堵した。

 私だったらおそらく反射的に理由を訊いていた。本当に知りたい訳でもないが、連絡先の交換と言ったそんな些末なものでも理由を聞いて納得したいと無意識にも思ってしまうのだろう。考えてみれば理由を聞いて何と言うこともない。理由を聞かないのと結果は変わらないはずなのに反射的に口は問い掛けを声に出してしまう。

 訊かれた相手の事なんて考えてなかったな、と今になって思い至る自分に情けなさを覚えながらも、彼が自分の申し出に承諾してくれたのがたまらなく嬉しくて、私は彼と連絡先を交換すると、大事にそのスマフォを、――西条の連絡が登録された大事なスマフォを胸に抱いた。

 感情が勝手に意識を飛び越えて、身体に呼び掛けて、その行動を起こした。

 私の感情は動きっぱなしだった。



 そして西条とは連絡先を交換したこともあって、あの踊り場で二人授業をサボることも日常になっていった。

 私の日常は激変した。

 独りが楽な、――けれど寒くて何もない日常は、温かい何かで包み込まれて優しくて楽しい日常に変わった。

 母が買ってくるガラクタを持って行って西条と遊ぶ毎日。ガラクタだと思っていたものが西条と遊べば、どれもが唯一無二の面白いおもちゃに見えるから不思議だ。

 オセロに将棋に囲碁に……、どれも興味が無かったものばかりだったが彼と遊ぶために事前にルールや戦術を勉強して遊べるように準備をした。西条は何故だかどんなボードゲームもルールを知っており、特に将棋や囲碁に関してはとても強くて困った。彼はいったい何者なのだろう?

 そう言えば私は西条葵という人間を知ろうとしなかった。

 気にならないといえば嘘になるが、いつの間にか西条は私にとって隣にいるだけで楽しい存在になっていたのだ。だから無理に彼の人となりを訊こうとはしなかった。それで今の関係が消えてしまうリスクがあるなら……。

 しかし、その日私は自分の楽観的とも呼べるそんな先送りを後悔した。

 月曜日。始まってしまった一週間。

 けれど私は西条に会える始まりの一日なのだと思って最近は嬉しくてたまらない。

 だから授業をサボりはするが朝から学校にも来るようになって、その日も意気揚々と廊下を歩いていた。

 そして無意識に、何とはなしに通りがかった教室に視線を向けた。

 たまたま開いていた扉越しに教室の中が覗けて、そこには窓際の席で見知った生徒がいた――。

 そして、私は……。


 ――西条が女子と話している光景を目にした。

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