第5話 カフェ
駅ビルはA館とB館に分かれており、それぞれの階の空中廊下から別の館へと移動できる。
俺たちは先程いたアパレルショップの合ったフロアを離れるとエスカレーターで下の階に戻り、そこから空中廊下を渡ってカフェがあるB館へと向かった。ちなみに今まで俺たちがいたのはA館である。
空中廊下を渡ると、顔を横に向けてすぐに目的地のカフェが視界に入った。
よく分からない葉っぱや蔦などが店内の隅々に絡まれており、印象的には爽やかで明るい空間だった。正面はガラス窓で、そこからは駅から溢れ出てくる人だかりが眺望でき、開放感もある店内。
俺は君島に先に席で待っているように伝えて、俺はレジの方に向かって、二人分の注文をした。
君島はアイスコーヒーとチーズケーキ。俺はショーケースをしばし見つめて、アイスコーヒーとミルクレープにした。
会計を済ませると横へスライド。受け取り口でしばらく待って、注文した品が載った二つのトレイが来ると、片手でそれぞれ持って君島の待つ席に慎重な足取りで向かった。
「お待たせ」
ようやっと君島のところに到着すると、片方のトレイを彼女に渡して、安堵のため息を吐く。なんだかんだ言って両腕がプルプルする。そんなに筋肉なかったか、俺……。
明日から筋トレしようかな、と実行しそうにない予定を立てながら俺も席に着いた。
君島が確保してくれた席はガラス窓を正面にしたカウンター席。君島と俺は隣同士に座った。
「いい眺めだな。人がゴミのようだ」
「うんうん、ゴミのようだね、ほんと」
「え? あっ、そうだな……」
ツッコミ待ちの軽いジョークだったのだが、彼女は意外にも俺のジョークに追随して乗ってきた。
「………」
「………」
君島は何も言わずにガラス窓の外を眺めている。俺はそんな彼女に少し首を傾げながらも、だからといって何か話しかけるわけでもなく、黙ってアイスコーヒーをストローでちゅるちゅると飲んだ。ストローの音がこの場では、なんだか虚しく聞こえる。
しばらくそれぞれ何も話すこともなく、俺はコーヒーを飲んでミルクレープを頬張って、彼女は注文したものに手を付けずにただぼんやりと窓の外を眺めていた。
そして時間がチクタクと進んでいく。
そんな時間が約十分くらい続いただろうか。そのタイミングでさすがにこの空気に耐え切れなくなった俺は、仕方なく君島に話しかけることにした。
「黙ってどうしたんだ?」
「えっ?」
君島は俺の言葉に反応して、何十分ぶりの声を発した。
驚いたような顔で頬を朱に染めている。さっきもそうだったが体調でも悪くなったのか?
「大丈夫か? 顔赤いぞ」
そう言うと、君島はすぐさま頬やらおでこを掌でペタペタと確認して「そ、そうかな?」と苦笑した。どこか焦っているように見えるのは俺の勘違いか?
「それで、カフェに来て何の用なんだ?」
カフェに誘ってきたのは君島だ。何らかの目的や理由があって俺をカフェに誘ったのだと思うのだが……。
そんな俺の疑問に君島はあっけらかんと「いや、特に用はないよ。ただ一緒にカフェに来たかっただけ」と答えた。
俺はその返答に目を瞬かせて「そうか……」と声に出すしかできなかった。
読めないな、こいつは。何と言うか目的なく、ただ目の前だけを見て、長い長い道のりを歩いているような、彼女の雰囲気はどこか猫を思い浮かべた。
「そういえばさ」
彼女を猫の雰囲気と印象を重ねていると、君島はそんな俺をよそに話しかけてきた。
「西条は彼女とかいるの……?」
上目遣いでチラチラとこちらに視線を向けてくる君島。
なんだろうか、この質問は? 俺の恋人の有無を聞いて、だからと言って彼女にどのような利益があるのか。分からん。分からんすぎて、分からん。
自意識過剰に考えれば、俺のことが好きで、そういった事を訊いてきた、なんて少女漫画ならベタ中のベタな展開だが、さすがに現実はそう上手くいかないし、大概が男子の勝手な妄想だ。
この妄想と現実とが、ごっちゃになってしまうのが思春期の呪いのようなもので、だからバカな男子は女子の節々の行動に対して何か恋愛的な意味を与えてしまう。それは、まあ仕方のないこととも捉えられるが、しかし、その自意識過剰を勘違いしたままに女子に告白して笑い者になる、そんなことになる可能性もある訳で――。
では、それを踏まえて君島のこの質問は……?
やはり答えは出てこない。いや、答えはとうに出ているか。
君島が俺を好きだなんてのは流石にあり得ない。
昨日会ったばかりの男子に恋ができるほど人間は単純じゃないはずだ。
ただ分からないのは、この質問をする理由に関して。
いや、もしかしたら、ただの話の種なのかもな。俺の考えすぎか。
「いいや、今はいないな」
俺は正直に答えることにした。
「今、は……?」
君島は俺の返答に眉間に皺を寄せて、首を傾げながら反応した。なんだ? どこか変だったか?
「今はいないってことは、前はいたの?」
突然、君島が距離を詰め寄って顔を近づけてきた。おお、近い近い。
「そうだな、確かに昔、いたよ。それがどうした?」
俺の答えを聞くと唇を尖らせながら顔を離して「そうなんだあー」と投げやりに相槌を打った。
「その子って可愛かった?」
「いや、なんだよ、だから」
さっきから様子が変だぞ。やっぱり体調が悪いんじゃないか?
「答えてよ」
君島は口を尖らせたまま拗ねたように声を出す。
俺は渋々と言った感じで質問に答えることにした。よく分からんが答えるまでこの問答が続きそうだしな。
「可愛かったか、だったか? そうだな……。見た目は黒髪のボブで背は小さかった。化粧っけは無くて、まあ一言で言えば素朴って感じだったかな……?」
「へ、へぇ~。そうなんだ……」
俺の答えに君島は俯いて、テーブルに指をぐるぐると擦り付けていた。
そんな会話の後、これと言って俺たちは盛り上がることもなく黙々とそれぞれのケーキを食べた。ほんと、これは何の時間なんだろうか。教えてくれるなら、誰か教えてくれ。
そうして二人ともケーキも食べ終えて、アイスコーヒーも飲み終わると、俺たちはどちらからともなく「じゃあ、帰るか」と言ってカフェをあとにした。
アイスコーヒーの冷たい苦味が口の内で微かに残りながら、俺たちは駅前を離れて学校に戻る。
腕時計を見れば時刻は十二時前。そろそろ昼休みか――。
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