第3話 さんぽ

 時々、学校を抜け出して散歩をすることがある。

 大抵は校舎の中の人目のつかない場所でスマフォを弄ったり、小説を読んだりしているが、たまに学校という場所自体に窮屈さを感じて、そういう時は決まって外に出て散歩をする。

 行き先は特になく、歩きたい道を、一番楽なスピードで、ただぼんやりと景色を眺めながら歩いている。

 散歩をしながら考えている事は特になく、あったとしてもほとんどが妄想。読んだ小説の世界が気に入れば、その世界にもし自分がいたら何をするだろうか、とか、いっそのこと自分の手で一からオリジナルの世界を作って妄想に浸ることもある。大概がファンタジーの世界で、現実とかけ離れていればいるほど楽しい。

 そんな時間が俺にとってはとても大切で、独りなのに壮大な世界にいるようでワクワクする。

 授業をサボっている、というのも相まってその興奮はひとしおで、俺はこういう孤独なら大歓迎だ、なんて思いながら散歩を楽しんでいるのだが……。

 どうやら今日の散歩は独りではないらしい――。



 俺たちは人目を気にしながら昇降口で外履きに履き替えて校舎を抜け出し、こそこそと校門を通り抜けた。

 学校からの脱出に成功するとようやく緊張感から解放されて脱力する。

 踊り場でじっとしていればまず誰かに見つかることはないが、さすがに学校から出るとなると教師に見つかる可能性を考えないといけない。しかし案外、校舎を徘徊している教師はほとんどいない。これもサボりを極めたことによって得た情報であり、同じくサボりがちな君島もその情報は知っていたようだ。

 なので意外にも校舎を抜け出すことはできるのだが、けれど校門に行くとなると正門以外は施錠され、脱出するには自然と正門を通らなければいけなかった。そしてその正門の位置が問題だ。正門は二階の職員室からは丸見えで、つまり教師の目をどのように掻い潜るかを検討しなければいけない……のだが、今日は幸運なことに職員室の窓はカーテンで隠されていた。おそらく職員室からはこちらの様子は確認できないだろう。

 今のうちだ、と君島の肩を叩き俺たちは校門に向かった。

 そして今に至る。

 隣の君島は「ドキドキしたね!」と胸に手を当てて、少し火照った顔に笑みをこぼした。


「ああ、これも学校を抜け出す時にしか味わえない興奮だな」

「確かに。私、初めて学校を抜け出したよー。外でサボるならそもそも学校に行かないし」

「まあ、一回学校に来て、外でサボるとか効率は最高に悪いしな」

「うん、最高に悪いね」

「そうだよな。けど……」


 その効率の悪い行動が俺はどうしようもなく好きだったりする。論理や客観とかどうでもいいや、と投げ出して曖昧模糊な感情論を優先する。

 それが自由で綺麗なように思えるのだ。


「それで、どこに行くか」


 指を中空でくるくるとさせながら君島に問うと「散歩なんじゃないの?」と答えてきた。

 その通りだ。たしかに俺は散歩をしたいと思っている。しかし女子と二人で散歩をして俺はいつも通りに気負うことなく散歩ができるだろうか。たぶん、できないだろう。いや、女子でなくても同じだ。誰かがいればそれは俺にとって散歩ではない。

 会話をしながら歩けば、それはそれで楽しさを感じるだろう。つまり、友達と下校する感覚に近い。

 けれどそれは俺の望んでいるものではないのだ。楽しいは楽しいけど、自分が望んでいるものはもっと楽で伸び伸びとしたもの。「楽しい」と「楽」は同じ漢字なのに、どうにも違うんだよなあ。

 友達と……。いや、正直に言おう。〝友達のような奴ら”と話すのは楽しいが、どこかで「これじゃない」と思ってしまう。空虚さを感じてしまう。

 嫌な奴だなー、薄情だなー、と我ながら自覚することも多々あるが、それが自分という人間なのだから仕方ない。そう、こういうところも妥協して生きていくしかない。それが人生。


「それじゃあさ、駅前に行こうよ」


 君島が提案してきた。


「駅前か」


 駅前は賑わっている。駅に行く道程にはデパートや商店街があり、その先にはカフェやら書店やらが内設している複合商業施設のビルが近くに三つほど建っている。


「駅前で制服は目立たないか?」

「そこは、言われたら言われたでいいじゃん」


 教師に隠れて学校を抜け出した意味。

 けれど、まあ、いっか。

 正直、俺は物事を深く考えない。いや、無駄なことは深く考えたりするのだが、大抵のことはあまり自分の関わらない範囲でどうでもいい。関わる範囲でも怪我をするとか、そういう危険がない限りは、まあ、いっかと流してしまう。

 そうすることで思考にまわす熱を節約しているのだ。節約したからと言って具体的に何があるという訳でもないが。少しだけ気分的に楽な気持ちになる。


「それじゃあ、行こっか」


 君島は前方に人差し指を指して俺に顔を向けてきた。俺はそれに頷いて歩き出す。

 そうしてやっと、俺たちは学校から離れた。

 向かうは駅前。


 こうして散歩はその第一歩目から目的を変えたのだった。

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