プロローグ2 今日も彼女は授業をサボる
廊下側の席は授業を集中させようとする圧迫感を有している。
すぐ横が壁だからだろう。物理的な圧迫感が精神にも影響を及ぼし、授業への強制的な圧力を感じざるを得ない。
また、私の席は一番後ろの扉の近くということもあって、扉の隙間から肌寒い空気が無防備な足を否応なしに攻撃してくる。
ああ、これならひざ掛けを持ってくればよかった。
季節は世間的に言ってもう春だというのに、まだまだ寒い日が続いている。
ああ、授業よ、早く終われ!
寒さに体を震わせながら真剣に板書をノートに移すのが馬鹿らしく思えてくる。
なんて、そんな疑問が頭に去来すれば、後はドミノ倒しのように私の集中力は瞬く間に瓦解していった。
頬杖をついて、シャーペンの頭の部分で唇をカチャカチャと押し付ける。
そうして何とはなしに窓の方へ視線を移せば温かな陽光にあたりながら実に快適に授業を受けている生徒が視界に入った。
教室において、席の位置関係的にもこれは不平等ではないだろうか。
教師にしてみればたかが席の違いだと言うかもしれないが、授業を受ける身にもなってほしい。廊下側と窓際では心のゆとりが違う。
壁際で常に閉塞感と闘いながら授業を受けるのに対して、窓際は常に開放感を味わいながら授業を受けているのだ。
これは立派な不平等であり、断固異議を申し立てる!
と、まあ、実際にそんな抗議をしようとは思っていないのだが。
そんな勇気も、気概も、何もない。そうだな、努力もしたくない。
というかそもそも行動に移してまで文句を言いたいわけでもない。このくらいなら我慢だってしよう。それが社会という枠組みに生きる者の務めだ。仕方がない。
――けれど。
私は目を伏せて小さくため息を吐いた。
「はあー」
こうやって我慢して、いつしかその我慢も我慢でなくなって、いろんなことに妥協して、そんな毎日がいつまで続くのだろうか。
中学生の頃は高校生になればこのなんとも言えない空虚感もどこかに遠出して、新鮮な気持ちで、少しはマシな学生生活が待っていると思っていたのだが、現実は思ったよりも劇的ではなかった。
期待はいつだって裏切られる。こんな小さな望みも案外あっけなく簡単に否定される。
なんなんだろうね、あーあ。
もう完全に授業を受ける気は失せていた。
まあ、最初から授業の内容なんか頭に入っていなかったけど。ただ何も考えずに板書を移していただけで、こんなのはロボットだって出来る。
機械にでも出来ることを、なんでこんなうら若き女子高生が集中して取り組まないといけないのか!
と、考えるとなんだか腹が立ってきた。
こんなことをして自ら頭でっかちになって、時間に追われる日々を淡々と繰り返し続けていく。
私はもう一度、今度は多少大きくため息を吐いた。
――ああ、これはもう駄目だ。
時計を見て、一限の授業があと五分で終わることを確認した。
そして、二限目の授業はサボろうと、私は秘かに決意した。
静寂に包まれた廊下で二限目の授業の開始を知らせるチャイムの音を聞いた。
それと同時に自分自身が先程とは違う別世界に来たんだということを実感する。
自然と歩調が軽やかになっていく。スキップでもしたくなる気分だ。
私は意気揚々と廊下を進んでいった。
そして誰にも見つからずに順調に廊下を歩いていると突然、奥から足音が聞こえて瞬時に身を強張らせる。
あー、やばい。先生だろうか。
大抵の教師は授業をしている時間だが、もちろん空き時間の教師だっている。
けれど、そのほとんどは職員室にいると思っていたのだが……。
先程までの軽やかなステップはどこへやら、私は抜き足差し足で、その場から離れようとした。しかし足音は私の緊張とは裏腹にすぐに遠ざかっていく。
私はそこで歩を止めて、少し気になって足音が聞こえた方へ近づいた。
そうして行き着いた先は階段だった。
足音の主はこの階段を上がっていったのだろうか。
うーん……なんだか気になる。
ちょっと追いかけてみようかな、とわずかな好奇心が私を動かした。
うん、やっぱり気になる、かな?
疑問形。まあ、授業をサボったは良いものの何をしたいという訳でもなかったし軽い冒険というか、そういうロマンをどこかで欲していたのだろう。
結局、私は階段を上がった。
この階段は学校の端っこに位置する。そしてこの階段の行き着く先はたしか屋上に繋がる扉。
――学校の最果てか。
そう考えるとなんだか一気に浮世離れしたというか、校舎に居るのに学校の束縛からは解放されたように感じる。
うん、そこで授業をサボるのも良いかもしれない。
けれど、そんな私のワクワクは階段を駆け上がった先の光景ですぐさま驚きに一変した。
本当に何もない学生生活。
ただその日、目の前の時間を何も考えずに生きている。
同じ日がずっと続く、灰色の日常だった。
けれど、その日、屋上に繋がる踊り場というなんとも華のない舞台で、私は彼と出会った。
――西条葵(さいじよう あおい)、それが彼の名前だった。
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