第44話 恥ずかしい秘密2

 沈黙を破ったのは、千聖さんの素っ頓狂な提案だった。


「会長、一緒にパジャマパーティをしないか?」


 はぁっ?!

 全員があっけにとられる。提案があまりに奇想天外すぎて、僕は何に驚いたのか忘れてしまった。


「正気ですか、千聖さん?」

「もちろん。間違いを排除する側に立てば、いつか自分も排除される側になってしまう。間違いを排除したときと全く同じ理屈で、だ。

 それに、相手を倒すより、可愛い子のパジャマ姿を見るほうが楽しいだろう?

 エロは世界を救うのさ」


 そうなのだろうか?

 考え込む僕を無視して、千聖さんは会長に再び向き直る。


「さぁ、とりあえずこれに着替えてくれ。本日のドレスコードだ」


 千聖さんはそういうと、背中からパジャマを取り出す。僕に着せる予定だった犬のパジャマだ。

 パジャマを向けられた会長は、困惑の表情を浮かべることもなく、淡々と反論する。


「小人閑居して不善を為す」

「山椒は小粒でもぴりりと辛い、とも言うじゃないか」

「相違」


 会長の反論に対し、千聖さんはいつも通りの表情を浮かべている。

 脳内のCPUが高速で動いているのを感じる。小柄でかわいい会長にパジャマを着せるために、千聖さんがリソースを惜しむはずがなかった。


 ももかもそこそこ小さいけど、会長は小学生並みに小さいのだ。

 まだ穢れを知らない少女。千聖さんが飛んで火にいる夏の無垢を逃すはずがない。


「そういう君だって、夜に残っているじゃないか。私達の行為を責められるのか?」

「委員会の責務」

「本当にそうなのか? 何か帰りたくない事情があるんだろう。私に話してみるといいぞ、口の堅さは保証済みだ。貢物を受けとっている間は」

「……黙秘」

「我々は親睦を深めるためにやっているのだよ。生徒会だってよく親睦会をやってるじゃないか」

「副会長の発案。私は反対」

「でも会長は君だ。キミが一言言えば、やらなくて済むはずだ。それをしないってことは、君も少しはこういうパーティに興味があるんだろ?」


 ……ついに会長が無言になった。微動だにしなかった表情が少し曇り気味になる。

 千聖さんの意見に押されているのだろうか。 


「とりあえず着てみてくれ。きっと楽しいぞ」


 千聖さんが柔らかい笑顔を向けると、会長は何も言わずにパジャマを受け取る。

 そして、僕に構うことなく上着を脱ぎ始めた。普通に下着が顕になってる。


 ……本当にいいのか、これ? 

 この前依頼に来た渡辺さんも僕を無視して着替えの話をしてたけど、ひょっとして僕は存在感がないのか? それとも僕、霊なのだろうか?


 着替え終わった会長さんが、僕の隣に座る。

 性格はアレでも、やはり美少女というのは心惹かれるものがある。子犬のような出で立ちにつられて思わず頭をなでそうになる。


 彼女は脱ぎたての制服を、なぜか僕の膝の上に乗せた。

 女の子の体温が残った衣服が、足の上に乗っている。どうにかしたいが、女の子を服を触るのも躊躇われるので、どうしようもなかった。


「ではゲームの続きだ。もちろん、負けた人は恥ずかしい秘密を言うんだぞ」

「恥ずかしい……秘密?」

「そうだ。下着の色から好みのカップリングまで、何を言っても構わないぞ。ちなみに愛樹の下着の色は白で、リコーダーで間接キスしてる男子を見ながら妄想するのが好きらしい」

「ちょ、ちょっと! なんで会長さんの前でバラすのよ!」

「恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。同じ女なんだし」

「女同士でも恥ずかしいでしょ、普通っ」


 千聖さんと愛樹の漫才が始まる。

 真剣な会長は全く動じずに口を開く。


「白は良好。全てを見通す、汚れのない色。だから私の下着も白。好みのカップリングはリコーダー×唇」


 急に下着の色を暴露しだした。

 着替えの時も堂々と見せてたし、羞恥心と言うものがないのだろうか。

 そしてカップリング?


「唇は自分がリコーダーに美声を出させてると勘違い。美声の真の源は指で塞がれた裏穴。半分だけ穴を塞ぐ、下の穴を全く触らずに放置、様々な責め手。

 それに気づかず、リコーダーと密愛を結んだ気になる唇。いと儚し」


 ……全員に沈黙が走る。

 しかし本人は、梅雨で洗濯物が乾かないとでも言っているかのように自然な表情をしている。

 なんか愛樹以上にヤバイ人みたいだ。


「ふむ、なるほど。こんなにすごい秘密でも恥ずかしがらないのか。益々興味深いぞ。どうすれば君を恥ずかしさで悶絶させられるのか、考えただけでよだれが出てくるじゃないか」

「千聖、ほんとに出てるわよ」


 会長と親しげに話す千聖さんを見ていると、僕は自分の行動を後悔した。


 僕もあの時こうしていればよかったのだろうか。犯人扱いした同級生に対して反抗せず、ただあの子の居場所を用意してあげれば……。


 ……ってあれ? いつの間にか僕以外の人の手札がなくなってる?


「あ、れいくんが負けちゃった」

「そんなに負けたかったのか」

「じゃ、どんな秘密がいいのか、会長さんに決めてもらいましょう」

「……」


 隣の会長を見る。彼女はとても神秘的な顔をしていた。

 もちろん目と口があるのだから、表情はあるはずだ。しかし、そこには何のメッセージも読み取れなかった。

 それは彫師が魂を込める前の木像に似ていた。まるで虚空に目と口がついているみたいに。


 そして……会長は何も言わずに、僕の腕に寄りかかってきた。


「ちょ、ちょっと玲! アンタ、どさくさに紛れてなんてことを」

「いや、これはきっと王様ゲームだぞ。四番の人と添い寝だ」

「ああ、そっか――って納得できるか! 事案よ事案!」


 人を変質者みたいに言うんじゃない。確かに、会長の見た目が小学生っぽいので、はたから見ればアウトなのかもしれないけど。僕の膝上にスカート乗ってるし。


 とりあえず会長の体を起こそうと手を出すと、空気の通る音が聞こえた。

 しばらくすると、それが寝息だとわかった。彼女はまるで電池が切れたかのように眠っていた。


「疲れてたのかな?」


 会長はソファに背中を預け、規則正しく寝息を立てていた。

 とても小さな音で、寝静まった夜の部室にさえほとんど響かないほどだった。


「かわいそう。毎日一人で頑張ってたんだね」


 ももかが心配そうな声を上げる。


「眠っている会長さんの口から真のボスが出てくるとかないわよね?」


 愛樹の言うような場面を想像してみる。……少しエッチだった。


 さてどうしようかと思案していると、彼女の目がゆっくりと開かれた……ように見えた。

 それは普通の目ではなかった。どこか異質で、僕を吸い込もうとしているように見える。


 僕は彼女の目に引き込まれる。

 そして……僕の意識は途切れた。

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