第3話 幽霊、就職する
「ところで、きみの目的は何?」
「私の目的は就職することよ」
お前がニートだったのか。というか、死後の世界にもニートってあるのか?
「幽霊が就職するってどういうこと? 神社とかで働くわけ?」
「あのねぇ――神社で働けるのはもうエリート中のエリートなのよ? 彼らはみんな、霊になる前から神社への就職が決まってるの。
だって、人間に対して最も影響力のある場所でエネルギーを使うんだもの。半端者がなったら人間社会は滅茶苦茶よ」
僕の質問に、彼女は溜め息まじりに答えた。就職と言う表現があっているのかは謎だが、彼女の言うことには同意できた。
僕だって、お賽銭をあげた神様が実は落ちこぼれだったりしたら嫌だ。お賽銭でパチンコとかやるかもしれないし。
「じゃ、就職って何?」
「とにかく、どこかに所属すればいいのよ。高校生だって、部活に入ってない人はニートって呼ばれるでしょ? 幽霊も同じなの」
そうだったのか。部活やってないだけでニートとは、世の中も随分厳しくなったもんだ。最初に会った時に「あなたニートでしょう?」って聞いてきたのは、僕が部活やってないからか?
「で、所属先っていうのは、神社とかの場所でもいいけど、人でもいいのよ。守護霊って聞いたことあるでしょ?」
「うん、聞いたことはあるね」
オカルト系のテレビ番組で、だけど。
僕はその番組を見ながら、うさんくさいと思いつつも、どこがうさんくさいのかがよくわからなかった。「霊なんて存在しない」と思いつつも、具体的な反論が思いつかなかった。
霊が存在する証拠は今の所ないが、科学的分析の精度が上がれば霊が見えるかもしれないからだ。ニュートリノはスーパーカミオカンデが発明されてから観測された。将来的に霊を観測する装置も出来るかもしれない。だから、僕はうさんくささを感じつつも、最後まで見てしまっていた。
その番組では、人間には必ず守護霊ってのがついていて、良いことをすると守護霊の恩恵を受けて人生が晴れ、悪いことをすると守護霊の導きが聞こえなくなると言っていた。
「守護霊になるには難しい試験も資格もいらないの。とにかく、憑く人との相性がよければOKなわけね。
『守護霊は先祖じゃなきゃダメ』って人もいるけど、血縁関係なんて元を正せば赤の他人だった男女が結婚して作るものなんだから、実は関係がないの」
「まあ、そうだね」
僕はまた頷く。何度も頷いていると、自分の頭なのに自分の頭でないように感じてくる。
実は腑に落ちない点がいくつかあったのだが、彼女のペースに合わせて相槌を打っているうち、どこが疑問なのかわからなくなってきたのだ。
「でね、ついさっき、良い就職先を見つけたの。
やっぱりこういうのは悩んでたら駄目ね。スパっと決断しないと」
話の行き先がつかめない僕に対して、彼女は上機嫌に話し続ける。
このまま彼女に喋らせるのは良くない気がした。何せ急に殴るし、洗脳とか言い出すし、しまいには世界征服とか異世界ハーレムとか言いかねない。
僕はこれ以上巻き込まれないために、反論を思いついた。
しかし、口に出そうとしたその時、急に一陣の風が吹き抜けていった。
風は、屋上の生暖かい夏の空気を僕の言葉と一緒に洗い流し、他の音をかき消した。僕は砂埃を恐れて目を瞑った。
風の音が消えて目を開けると、やわらかな笑みを浮かべた彼女がいた。まるで風がくるのをわかっていたみたいに落ち着いていた。
そんな圧倒的な雰囲気に圧されてしまったのか、僕は自然とこんな言葉を口に出していた。
「良い就職先って、どこ?」
すると彼女は、スローモーションのような動きで右手をあげ、僕を指差した。
雲の隙間から太陽が零れて、淡い光の粒が彼女を照らす。
そして、幽霊少女の言葉が一つ。
「私を雇ってくれませんか?」
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