第7話


「たァだいま~!喧嘩せずに待てた~?」


数十分後、何故か着ている服の至るところが焦げた状態のヴィゾが三人のもとへと戻ってきた。


「鳳君は僕たちを何歳だと思っているんだい?」


「大きめの赤ちゃん」


「確かにあなたからすれば赤ちゃんでしょうね」


その服の惨状に触れず、あたりまえのように会話が成されているが、"これは突っ込みを入れた方が良いのだろうか"と困惑するイリェン。

そんなイリェンの視線に気づいたヴィゾは、懐から上質な紙を取り出してイリェンに投げ渡した。


「これは....」


紙に記載された内容は迷宮についての詳細。

知りたかった情報そのものだが、これは迷宮側として安易に渡して良いのかとイリェンは眉を寄せた。


「勝手にこの迷宮で死なれちゃ堪ったもんじゃないからね、本当に攻略する気があるならその一覧、高名な賢者か星占いの先見に見せてちゃんと戦える奴連れてきなよ。いるでしょ、馬鹿みたいに高い塔に住んでるのと図書館に住み着いてるの」


「た、確かにいますけどその言い方は....」


英雄様、なんて持て囃されて今ではギルドマスターをやっているイリェンでも一生頭が上がらないであろう人物を適当に呼称するウィゾに、イリェンは目眩を覚えた。

この人はどれだけ自分に自信があるのだろうか。

そう思いつつ、渡された紙の内容に目を通していると、三つの疑問が浮かび上がった。


****

第十階層 小鳥の庭園 

番人 鳳のヴィゾ


第九階層 古龍の寝床

番人 豊穣のリュジヌア


第八階層 不明

番人 不明


第七階層 不明

番人 不明


第六階層 凍てつく氷城

番人 氷雪のシャーデン


第五階層 錬成の間

番人 錬金のフォメット


第四階層 不明

番人 不明


第三階層 表裏の番人

番人 シャッター ヘルメス


第二階層 不明

番人 不明


第一階層 不明

番人 不明

****


一つめは単純に記載の仕方だ。

詳細、とは言ったものの半数は不明扱いで記載されていることが不思議だった。


「この、不明というのは....」


「名前晒すの断るついでに俺の羽根燃やそうとしてきた奴ら」


「氷のお嬢さんとあの変な兄弟はOKを出したんだね、彼ららしいとも言えばそうだけども」


「八階層の奴は隠してた方が面白さがどうのっつってたなぁ」


「あの人ならまぁ、そうでしょうね」


イリェン以外は和気あいあいと会話を続けるが、問題は二つめと三つめの疑問だった。


第三階層の番人として記載されている名前には見覚えがある。

いや、見覚えどころか本人に対面したこともあるのだ。


「大罪人シャッターに、魔導師ヘルメス........」


禁術に手を出して投獄されるも、脱獄を繰り返す大罪人と、新たな魔法を幾つも発表したとされる魔導師の双子。

イリェンの属する国では有名な二人が、何故。


三つめの疑問は階層の数だ。

迷宮と呼ぶにはあまりにも少ない。

大抵の迷宮は狭く小階層を幾つかと、ボスの魔物のいる階層が交互になった造りをしている。

今いる第十階層の広さは、小さく見積もっても普通の迷宮の小階層四階分はあるだろう。

階層一つ一つが広大なのかもしれない。


....一つ一つが広大で、それぞれの階層には番人がいる。

また目眩がしそうだ。


「すみません、番人....って、階層につき何人いるのか聞いても........っあ、いや、答えなくても大丈夫なんですが...」


「ぢゅ?あー、第三階層以外は全部一人ずつだけど....一人って形容していいもんかね、あれって」


「私たち、自由に色々出せるものねぇ」


目の前にいる三人のような番人が少なくとも11人。

シャッターは投獄される前は弟のヘルメスよりも魔法に長けていたときいている。

実力的にはウィゾたちよりはましだと信じたいが、強いことにはかわりない。

目眩どころか卒倒しそうな現実に、イリェンは静かに表情を歪めた。


迷宮から出た後、本当に賢者様か先見様に相談しなければならないかも知れなくなってきた。


でもこの紙に書かれたことが事実で、間違いが一切無いのなら非常に有益で賢者様や先見様に相談するに値する重大な情報だが、もしも嘘だったら?

そんなイリェンの疑問を払拭するかのように、ヴィゾはポケットから小さな石を取り出した。


「ぢゅぢゅい、見てこれイリェン君。人族んとこの嘘発見器」


手渡された小さな石は、皮肉にも今イリェンの頭を悩ませている話の中心にいる番人、シャッターが投獄される前に作り出した簡易魔道具だった。

質問した相手に持たせて否定と肯定のどちらかを選ばせれば、嘘なら石が光るという単純な仕組みだ。

鑑定を掛けてみても偽物でないことが分かる。

イリェンが魔道具の確認を終えると、ヴィゾはイリェンの手から魔道具をひょいとつまみ上げて"質問どーぞ"と告げた。


「えっ、....ぁ、こ、この紙に記載された内容は真実ですか....?」


石に反応はない。


「ね?嘘は書いてないよ。嘘を書いて騙さなくたって、俺らに何の不利もないしね。....ほらほら、そろそろ帰りなよ。早く帰ってやんないと、一人で来たこと心配してる人がいるんじゃないの」


にっこり、と形容するにはあまりにも性格の悪い笑顔を浮かべたウィゾは、イリェンに帰宅を促した。

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迷宮暮らしのご隠居生活~静かに暮らしたいので英雄は帰ってどうぞ~ leito-ko @syulei

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