第6話


遡ること数時間前、早朝のギルドにて。



「はぁ!?今何て言った!!?」


「で、ですから....僕一人で迷宮に出掛けてきますから暫くの間ギルドを任せます、と...」


「おまっ、死にたいのか!?」


朝っぱらからギルド内で怒声を響かせるモンドと、胸ぐらを掴まれながら引き気味に抵抗するイリェン。

早朝のギルドにはあまり人がいないからよかったものの、昼間の込み合う時間だと周りに迷惑がかかったかもな、とイリェンは頭の片隅で揺さぶられながら考えていた。


「もう少し人数を集めてから行けば良いだろ」


「そうですけど、僕は彼....ヴィゾさんの討伐にいくわけではありませんから。ただ話し合いを試みたいだけで」


「殺されたらどうするんだ」


「そ、その時はあの迷宮が危険だと分かるじゃないですか、どう転んでも情報は得られます」


「イリェンの魔眼はこの世に二つと無いんだぞ?その眼と諜報能力を失ったら人族は大きく戦力を失うことになる」


「大丈夫ですって、今回は万が一のために蘇生の指輪を付けますし」


「そういうことじゃ....」


何を言っても無駄か、とモンドは呆れてため息を吐いた。

イリェンはどうにも知りたい物事を見つけてしまうと急に自分の命の価値を急降下させる傾向がある。

他の、比較的仲が良い英雄にも同じようなのがもう一人いるせいで、モンドは何度も止める役を担っていた。


「お前はどうしてそう死に急ぐんだ....」


英雄一人の損失も大きいが、何よりイリェンはギルドマスターだ。

大役が急にいなくなると大勢の人間が困ることだろう。


「イリェン、協会に行ってこい。今の時間帯ならフィラムもいるだろ、彼奴の魔法で蘇生を掛けた方が死んだときに此方に戻ってこれる」


フィラムは英雄の中で一番の回復の使い手、聖女だ。

蘇生の指輪は死んだその場で生き返るが、フィラムの魔法は指定した場所で生き返ることが出来るという代物。

もしも蘇生が発動した際にその場か協会かで選ぶのなら圧倒的に後者が安全だ。


「あぁ、その手がありました!では早速フィラムさんに話をしてきますね。僕が帰還するまで、ギルドを任せますので」


俺にギルドを任せるのはこれで何度目だとぼやきながら、モンドは既にギルドから姿を消したイリェンを見送った。



***



「こんな魔眼を生まれ持ったせいか、自分の眼で分からないものがあるとつい確かめに行きたくなる性分で....あなた方との戦力差を考慮しても、その、自分で確かめたいという欲が優先してしまって........」


と、隠居三人組に囲まれて肩を縮こまらせながらイリェンは事の発端を説明した


「見たところ、イリェン君の眼はかなり高性能だね。うんうん、分かるよ、鳳君程の性能になると最早見えることが多すぎるけど、キミぐらいだと見えないものは探るしかないだろうからね」


自殺願望はないが、知りたいことの前に自分の命は塵同然という性格に納得を示したのはフォメットだった。


「俺は何でも見えるからなぁ....んー、確かにこの眼で見えないようなものがあったら見てみたいけど」


次に納得を示したのはヴィゾ。

ヴィゾの眼はイリェン以上の性能を誇り、多少の未来すら見ることも可能だ。

そんな眼で見えないものがあるというのなら逆に見てみたいという気持ちがあるらしい。


「私にはわからないわ、自分の命以上に価値があるのなら良いけれど、そうでなかったときに損じゃない」


リュジヌアは反対派のようだ。

フォメットとヴィゾの二人は何かを強く望むことがあるからこそ同意したが、リュジヌアには大して欲というものがない。

それ故にわからないのだろう。


「でも、やっぱ無謀だよね」


掌を返すように、ヴィゾが述べた。


「だって、俺らの危険性って英雄様たちが理解してないだけで相当なものだよ。イリェン君が死んでも戦力が大きく減るだけじゃん」


「答えたくないのなら答えなくて良い質問だけれど、英雄君のお仲間にキミと同等かそれ以上の探索に特化した英雄はいるのかい?いないのなら、自殺扱いどころか人族の損失が大きすぎないかな」


「イリェン君以外に探索特化はいないはずだぞ」


「阿呆だねぇ」


「そ、そこまで考えてなくて....」


「兎も角、ここにいるのが私たちだけでよかったわね。命拾いしたじゃないの」


敵(仮)に囲まれて己の無謀さを責められるという状況に、イリェンは理解が追い付かず心の中で悲鳴を上げた。

命拾いしたのは確かに良いことだが魔物からすれば英雄一人を生きたまま逃がすのは良いことなのか?と脳内に大量のはてなを浮かべ、首を傾げる。


「ところで、その命の価値を下げてまで何を聞きに来たのさ。本題はそっち、」


「えっ、あ、あの、この迷宮を攻略する上で色々とお聞きしたくて....」


「攻略する気かい?正気を疑うよ、こんな物騒な迷宮、踏み入れることすら馬鹿馬鹿しいというのに」


うげ、とフォメットは怪訝な表情を浮かべる。

その理由がわからないイリェンは再度首を傾げた。


「うーん、ちょっと待っててくれない?俺が一肌脱いだげる」


そう言って立ち上がったヴィゾは、背中から見事な羽根を生やして下層へ続く階段へと羽ばたいて行った。

とり残されたイリェンは、両サイドに座る初対面の相手二人に何とも言えない曖昧な笑みを浮かべるのだった。


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