第5話
他愛もない話をしながら一階層を散歩するリュジヌアとヴィゾのもとに、下層行きの階段から何者かが上がってきた。
何者か、といっても上から来たのでないなら迷宮の住人に間違いないので二人は誰が上がってきたのだろうかと首を傾げ、振り向いた。
「やあやあ!上層の鳳君と古龍のお嬢さん」
片手をひらひらと振りながら軽い挨拶とお辞儀をするのは二人よりも、より人間らしい姿の学者じみた服装の青年だった。
「フォメット!いやぁ、ついさっき君の話してたんだよね。久しぶり、元気にしてた?」
「上に上がってくるなんて珍しいですね、どうかされました?」
鱗をフロアと融合させた際に話題に上がった人物こそが、この青年だ。
好青年と思わせる爽やかな笑顔と柔らかな金髪、ヴィゾやリュジヌアと違って異形ではない身体は昨日来た英雄たちが今この場所に居合わせれば"なぜ人間が?"と思うような容姿をしている。
「昨日来客があったようだからね、多少気になっただけだよ。すこぶる元気だけど五階層なんて任されてもやることがなくて暇で仕方ないんだ」
暇で仕方ないと言うわりに、着ている服は作業をしたばかりですというような汚れかたをしていた。
おおよそ、来客が来た時点で来ようと思っていたが作業を優先したのだろう。
「で、僕の話って何、錬金術?もしかして何か作ったの?」
きらきらと目を輝かせ、二人に問うフォメットは新しいおもちゃを買ってもらった子供のようだ。
「ぢゅー....錬金術っていうか、リュジヌアの鱗をフロアと融合させたんだよねぇ」
錬金術とは少し違い、混ぜ合わせただけだと述べるヴィゾの話に、フォメットは勿体ないと呟いた。
「あぁ、なんて勿体ないことをするんだ鳳君!
「フロアなんかとは何だよ、俺はこのフロアが吹っ飛ばされるのが何よりも嫌なんだよ!フォメットのフロアだって保管庫は馬鹿みたいに強化してあるだろ!」
「保管庫は大切なものを収納する場所だから強化ぐらいするだろう!?それにあの保管庫には僕自ら作った武器が入っているのだから強化して当たり前じゃないか!」
「てかフォメットお前この前俺の羽根むしってった挙げ句燃えカスにして無駄にしたじゃねぇか!鳳の羽根も古龍の鱗も同じぐらい滅多に手に入らねぇよ!!」
「........」
どうでもいいことで口論が始まった、と半眼でヴィゾとフォメットを見るリュジヌアはふと近くに小さな気配を感じて上へと続く階段へと視線を向けた。
そこには丸く大きな眼鏡を掛け、こちらの様子を伺う小柄な人族が一人。
「......ヴィゾ、フォメット、口論を止めてくれないかしら。お客さんが怯えているわ」
リュジヌアの声に反応してお互いに掴みかかろうとしていた二人はぴたりと静止した。
お客さんという単語に真っ先に反応したのはフォメットだが、ヴィゾの方が先に声をあげた。
「イリェン君じゃん」
やほ、と軽く挨拶するヴィゾにこの人は誰だと全員から視線が突き刺さった。
何しろ、イリェンはヴィゾ以外の番人を知らず、リュジヌアとフォメットは英雄一行を見ていない。
お互いに初対面で、更には今にも喧嘩が起こりそうだという場面に出くわしたイリェンはどうしていいのかわからず立ち
「あ、あの....ヴィゾ、さん........そちらの方々は?」
今も英雄と呼ばれるイリェンだが、勝てないと思う相手であるヴィゾの気配ひとつでかなり苦しい現状に加え、まさかヴィゾと同等レベルの存在が同じ階層に集まっているとは思ってもいなかったらしく、先日とは違って物陰から出てこようとしない。
英雄とは名ばかりかとフォメットはイリェンを一瞥した。
「こっちのラミア擬きが九階層のリュジヌアで、もう一人の人擬きが五階層のフォメットね。良かったねえ、温厚な隠居しか集まってなくて。他の階層の奴がいたらイリェン君殺されてたよ」
「こっ、殺されてたって....」
「だって私たち、人間嫌いだもの」
「僕も。....ヴィゾのフロアだから絶対に暴れないけれど」
まるで世間話でもするかのように行われる人外たちの物騒な会話に、イリェンは余計物陰から身を引いた。
幸いにも、この場にいる三人の人外から魔物や魔王と対峙した時のような殺気は一切感じられない。
それに、昨日交わした会話からしてヴィゾは温厚であり、英雄が来ることを歓迎していた筈だ。
「でっ、でも、人間に危害は加えないと、昨日....」
「ぢゅー....それは迷宮の外の話な。俺たちは他の迷宮に住む魔物と違ってこの迷宮から出て危害を加えることはないけど」
「この迷宮、私たちの家に入ったのなら話は別よ」
「ここは迷宮であって、僕らの家でもあるからね。人の家に勝手に入って家の所有者に怒られるのは普通じゃないかな?」
「それに、ヴィゾはこの庭園を荒らされたくないからそんなことを言っているのよ。ヴィゾが暴れれば庭園どころか私のフロアにまで影響が出るわ」
何よりも自分の築いた楽園、喧騒と己のフロアを壊されることを嫌うヴィゾの話などあてにするなと言うリュジヌアに、イリェンは信じていいものかと眉をひそめた。
「そういや英雄君、どうして一人で来たのさ。自殺願望でもあんの?」
勝てないと分かっている相手に、まさか非戦闘職が一人で挑もうとしたのなら明らかに無謀。
諜報の英雄がそんな馬鹿なことをするわけがないし、先程から物陰から出てこないことから実際戦いたくないのだろう。
「君がなにもしないなら俺たちもなにもしないから出ておいで。少し息苦しいかもしれねぇけどお茶でもしよう」
こんな物騒な場所でお茶など飲めるかと叫びそうになったイリェンは、口を押さえて言葉を飲み込んだのだった。
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