第4話
「そういやさ、リュジヌアはなんで英雄様に固執してんの」
つい先程、リュジヌアから鱗を譲渡されて上機嫌なヴィゾは自身のフロアへ到着するなりリュジヌアに質問を投げ掛けた。
「そうね....私、人は嫌いだけれど、一人だけ好きな人がいるの」
好きな人?と首を傾げるヴィゾをリュジヌアは小さく笑った。
「恋愛的な意味ではないわよ、....昔、どのくらい昔だったかは忘れてしまったけれど、まだ幼い瀕死の同族を助けてくれた人がいたの。とても良い人だったわ」
リュジヌアは人を嫌う。
万人を嫌うわけではないが、人間や亜人という種族自体をあまり好まない。
神として祀り上げられた古龍が人を見続けたせいだと彼女は語るが、実際はそれだけの理由ではないだろう。
彼女の種族は長命だが、個体数が少ない。
特に生まれたては龍も竜もまだ体が弱く、幼体なら人間でも容易く殺せてしまうほどだ。
長いときを経て古龍となったリュジヌアも、幼い頃は自然や人為的な脅威に怯えて暮らしていた。
龍種は竜種よりも更に数が少なく、竜種よりも長命であることから長く生きれば生きるほどに力を得るが、竜種は他の種と比べて少ないものの竜種内での区分が多いため人里離れた山ならばその姿を見ることは容易い。
"知性の低い竜種は人を襲うことから幼体でも見つけ次第殺すのが人間や亜人の一般論だ"と四階層の者に聞いたことがある、と記憶の隅から情報を引き出してリュジヌアの話と照らし合わせながら相槌を打った。
「あなたも人は嫌いでしょう?」
「....まぁ、うん。好きではないな」
「でも、たまにいるじゃない、とても綺麗な心を持った人。私が出会ったあの人は、自分のことを英雄だと言っていたの。だから、もしかしたら英雄と称される人の中を捜し続ければまた会えるかもしれないと思っているのよ、年甲斐もなくね」
「そうさなぁ....ああ、いるね。ごく稀に、稀有な奴が一人二人はいる......にしても、そんな理由だったのな。残念ながら昨日来た英雄様の中には多分いなかったなぁ」
そう告げられたリュジヌアは、眠たげな表情から一変して"また違う英雄様なのね"と悲しそうな表情を浮かべた。
「....私たちって、時間の感覚が可笑しくなってるじゃない?考えたくはないけれど、あの人はもういないかもしれないわ」
「ぢゅ、どうせあの英雄様たちはまた来るだろうから、そのときに聞けばいいさ。なんなら捜してやろうか?天下の
「いえ、もう私も全力で探したもの。あなたに頼んだところで変わらないわ。」
のんびりとした気性のリュジヌアは、物事をあまり長期に渡って記憶することを得意としていない。
過去は過去であり、過ちも繁栄も同じように繰り返すのが世界なのだから記憶する必要性をとうの昔に感じなくなっていた。
それで良いのだと、この迷宮に住まう長命の隠居たちは言うが、リュジヌアは後悔していた。
稀少な人を、忘れてしまった。
確かに大切で、確かに忘れたくないと思っていたのに一定のサイクルで記憶の一部を棄てるようになってしまった脳はリュジヌアの意識と裏腹に大切な記憶すら棄てたのだ。
長く生きる種族や、特別な個体は時間の感覚が無いに等しい。
一日を体感しないわけではないが、一ヶ月、半年、一年....過ぎてしまった時を纏めて一瞬の記憶として扱うようになり、果てにはリュジヌアのようにその一瞬の記憶を何時の間にか棄てる習慣ができてしまっている。
故に、リュジヌアはもうその英雄の詳細を覚えていない。
「....リュジヌア。その英雄様が生きてたとして、もしも、もしもだけど........」
「分かっているわ。英雄様は魔物を殺すことが仕事だもの。ちゃんと、分かっているわ」
きっとまた会えたとしても、次は敵対することになるかもしれない。
今この迷宮に住んでいるということはそういうことだ。
「それに、この迷宮に来たとしても結局はあなたが殺しちゃうかもしれないじゃない」
「えぇ?心外だなー、俺は英雄様と戦いたくないし、何かされない限りは俺だって何もしないさ」
「そうかしら。........そういえば、ヴィゾ。あなた、私の鱗を何に使う気なのかしら?」
「英雄様って気盛んな奴もいるらしいからね、特に炎を扱うような英雄様が来たら俺のフロアが焼け野原!そんなの絶対嫌だからフロアの強度を上げるんだよ」
そう言うと、ヴィゾを抱えていた鱗を地面に置いた。
「"豊穣を司りし龍の鱗よ、我が庭園に恵みを与えたまえ!"」
呪文のような言葉に反応した鱗はレンガ造りの地面に溶け、瞬く間にフロア全体が淡い光に包まれる。
リュジヌアは豊穣を司ると言われるが、本質は炎と土の属性。
彼女の鱗を使うことで炎への耐性、土壌の質を向上させたのだ。
「....相変わらず、よくこんなこと出来るわね。フォメットとタメが張れるんじゃないかしら」
「ぢゅぢゅいっとね、長生きしてる俺には簡単なことさ。リュジヌアの鱗とフロアを融合させる程度でフォメットとタメが張れるなら世の中の錬金術師は職を失うよ!」
誰にだって出来ることだと軽快に笑うヴィゾを、呆れたように見るリュジヌア。
実際簡単なことではないし、フォメットと呼ばれた更に下層の住人もこの場にいれば
"簡単というのは君くらい"
だと言っていたことだろう。
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