第3話
英雄五人組を追い返した次の日。
十階層の番人であるヴィゾは九階層に来ていた。
九階層はパッと見は鬱蒼と茂る森林に似たフロアだが、奥に行くにつれてマグマや岩石が行く手を阻むのに加え、マグマの影響でかなり気温が高いので涼しい場所を好むヴィゾは苦手なフロアだった。
Q.なら何故わざわざ苦手なフロアに来たのか?
A.欲しいものがあるから
九階層のご隠居は豊穣のリュジヌア。
その容姿は一見亜人のラミアにしか見えないが、実際は隠居を選ぶ前まで地上で豊穣の土地神擬きをしていた古龍だ。
もう一度言うが、古龍だ。
龍種の中でも特別に強いのが古龍、その次に普通の龍、その次にあと二種類程いるが、龍種というだけでも人間からは畏怖の対象だというのに、リュジヌアからすれば多分蟻同然である。不憫。
それはそうと、欲しいものを手にいれるためならば多少暑かろうと気にすまいと軽く浮遊しながらヴィゾが九階層の奥へと進めば、リュジヌアがマグマ溜まりで半身浴をしながら眠りについていた。
「うわ熱そ」
引いた。
リュジヌアが土龍の性質とともに火龍の性質を持ち合わせているのは知っていたが、マグマで寝るのは流石にどうかと思う。
元々燃えやすい身体のヴィゾは、今日は人型で来たから良かったものの元の姿で来ようものなら毛に燃え移っていたことだろう。
「リュ~ジ~ヌ~ア~!起きてくれよ。俺に鱗分けてくれるんだろ?」
リュジヌアとヴィゾはかなり昔からの知り合いだが、彼女が簡単に起きないことは知っている。
揺さぶろうにも近付けない場所にいるリュジヌアを起こすには幾つかの方法があった。
1、殴る。
この方法は寝起きの不機嫌なリュジヌアと対峙することになるのであまりオススメはできない。
2、根気よく声を掛け続ける。
クソ熱い空間に耐えられるのならこれが一番穏便に済む。
3、別のフロアの奴に力を借りる。
これもあまりオススメ出来ない。というのも、悲しいことにリュジヌアが寝ているマグマ溜まりの奥に下へ続く階段があるので通るに通れないのだ。
どの選択肢も地上にいた頃、つまりは隠居前なら幾らでも実行できたが、今いるのは地下迷宮。
しかも"リュジヌアの"フロアだ。
2以外の選択肢を選ぶと録なことがない。
諦めたヴィゾは風魔法で周囲の気温と飛び火を調節しながらリュジヌアを起こすことに決めた。
「リュジヌア、リュジヌア。起きてくれよ。俺このままじゃ焼き鳥になっちゃう」
「........、....。」
「あ?小さくて聞こえん」
「....とり、...ば、....いい........」
「もうちょい大きく」
「やきとり、....なれば、いい....」
「リュジヌアてめぇ起きてるな???鱗ひん剥かれたくなかったらさっさと起きろ」
う"ぅ、と不機嫌そうな声を出しながらマグマ溜まりから抜け出して起床したリュジヌア。
赤褐色の髪に黄色い目の大層な美人だが、そんな美人を焼き鳥にと言われた恨みから足蹴にするヴィゾ。
起こされることを何よりも嫌うリュジヌアが怒っていない辺り、二人の仲の良さが伺える。
だが、それはそれで、これはこれ。
先の約束ごとを済ませるまでヴィゾはこの場から立ち去る気はなかった。
「ほら、リュジヌア、昨日来た英雄様ご一行の話してやるから起きてくれよ」
「えいゆう....さま............聞く、起きる」
うつらうつらとしていたリュジヌアだったが、英雄という単語に反応して眠たげだった瞳をしっかりと見開いた。
リュジヌアは何故か英雄という単語に敏感なのはこのダンジョン中の隠居全員の周知の事実だが、その理由は一番長い付き合いのヴィゾすら知らない。
「よし、いい子だ。話をするのもいいけど、先に鱗をくれ。んでもって、俺のフロアか森林の方に移動してからな」
「...貴方はせっかちね。えぇ、わかったわ。あら、何処に置いたのかしら?落ちた鱗を何処かに貯めておいたのだけれど...」
「鱗、小さくもないんだし岩の隙間とかにでも置いたんじゃないの?無いなら無いで新鮮なの一枚貰ってくけど」
「乙女の肌を傷付ける気?ちゃんと探すからそれだけは止してちょうだい」
自分のフロア内の把握すらままならないようなのが古龍でいいのだろうか。
九階層の番人を任せていいのだろうか。
古龍は長生きすればするほど強くなると言うが、長生きの分だけ反比例するみたくボケられても困るんだけどなぁ、とヴィゾがため息を吐いている間、リュジヌアは黙々と鱗を探し続ける。
「あぁ、あったわ。これよ。五枚あるから貴方の時間を無駄に浪費させた分、これで勘弁して頂戴」
「十分十分!五枚もくれるなんてありがたい限りさ」
「....」
「まだ何かあんの?」
「英雄様の話、してくれるんでしょう?」
「そっちか。それじゃあ移動しよう、ここに居続けるなんてたまったもんじゃない」
「あら、ここで暮らす私の前でそれを言うのね」
目的のものを得たヴィゾと、眠気の覚めたリュジヌアは楽しげに話に花を咲かせた。
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