第14話親子

「無理やり詰め込んだから吐きそうです……」


 うぷっと女は口を抑えて嘔吐を我慢している。まあ儂も急ぎすぎたな。

 飯ぐらいもう少しゆっくり食しても良かったのだが……。でもそれよりも儂は早く休みたかった。

 この世界に来てからずっと動きっぱなしだ。ただでさえ異世界に来たと言うわけの分からぬ状況に混乱していたのに、ずっと走りっぱなしだったからな。

 流石の儂も心身ともに疲れ切っている。それでもまだ限界ではない。やはり若さというのは素晴らしいものだ。

 老体を経験した後では、若さの素晴らしさをさらに実感する。体が言うことを聞かないと言うのは、それだけでものすごいストレスだ。

 ゴキゴキと首を鳴らし、グッと腕を伸ばすと額に浮かんだ汗を拭う。

 今更だがここは暑いな。この世界に四季が存在するのか知らないが、地球の猛暑日と同じぐらいの気温はあるのではないか?

 それなのにかかわらず……。

 儂はちらっと横目で女を見る。

 何だこの女の服装は。肌が露出している部分が顔と手しかない。なぜこんなクソ暑い中、長袖長ズボンなのだ? 見ているこっちが暑いわ。


「おい女。なぜそんな厚着をしている?」


 儂は女に疑問をぶつける。すると女は顔をしかめるが、すぐににこやかな表情に戻す。


「私寒がりなんですよ。だからこんな暑くても厚着してて……」


 なはは……と乾いた笑みを浮かべる女。それに向かって儂は。


「お主。嘘が下手だな」

 

 何てことを言う。燃え上がるほど火照っている顔や、額から止まらない汗。そして仕草や目線でこの女が嘘をついていることはわかった。

 こんな暑い日にこんな厚着をしているには、何かしら理由があるのだろう。

 でも詮索はしない。興味もないしな……。

 女は儂にそんなことを言われ、動揺するが。


「別に詮索するつもりはない。変なことを聞いたな」


 そう言った。すると女は安心したような、しかし少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。全く。人の表情を読み取る能力ちからなど、いつ備わったのやら。

 そんなもののせいで変に気を使う羽目になる。儂はもう一度グッと腕を伸ばし、女の一歩後ろをついて行く。


「あの……着きました」


 ついた場所は、豪華で煌びやかな建物……ではなく、木製のいつ壊れてもおかしくないみすぼらしい一軒家。


「おいお主。先ほど金持ちの家系で育ったと言っていなかったか?」

 

「あ、はい……。確かに私、生まれは貴族のボンボンです。でも今はほとんどお金がなくて……。さっきあなたに奢ったのでもうお金がそこをつきまして……」


 何なんだ此奴? ならどうして儂に昼など奢った? 別にそこまでして施しを受けたくはなかったわ。

 何て思うが、もう奢られたのだし今更何を言っても遅い。女は古びたドアをガチャっと開けると、中に入る。

 それに続くように儂も中に入る。


「おーいシル〜。ママが帰ったよー」

 

 女は帰るなり甘い声でそう言った。そういえば既婚者とか言ってたな。では子供がいるのか? 儂は中にはいりドアをしめる。すると奥からトタトタと小さな赤髪の子供が歩いてきた。

 この女と同じ髪色。

 その子供は屈んだ女の胸もとに飛び込むと。


「おかえり」


 と、嬉しそうに言った。


「うん、ただいま」


 言われた女も本当に嬉しそうにしている。


「お主、子がおったのか」


「はい。優しくて可愛い私の宝物。私の生きがいです」


 そういうと女は子供の頭を撫でた。心から幸せを感じている人間の顔をしている。

 世の中こういう人間だけが存在していれば、きっと世界は平和なのだろう。

 柄にもなくメルヘンなことを思う。でもそれはさぞかし退屈な世界になっただろう。だから儂のような悪人が生まれてしまうのかもしれん。

 本当、人間というのはめんどくさい生き物だ。

 何てことを、二人の親子を見て思う。

 儂がじっとその二人を見ていると、子供の方と目があう。


「うぅ……」


 儂と目があった子供は、怯えたように母親の後ろに隠れる。それを見た女は、優しく子供の頭を撫で。


「大丈夫。この人はいい人だから」


 何て、諭すように言い聞かせる。儂が”いい人”か。この女には初対面でかなりきついことを言ったつもりだが……。

 まあ、助けたことに変わりは無いしな。

 女は子供を撫でた後立ち上がると、くるっと儂の方に顔を向ける。


「あの、実は私、この後まだ仕事が残っていて。あなたと会ったのも仕事の休憩時間でして……」


「そうか。まあ安心しろ。何も盗みはしない。盗むものなど何もなさそうだがな」


「はは……そうですね。じゃあ私はもう行くので、その子のことお願いします。ヘレナには夜来るよう伝えますので」


 そう言い残すと、女は外に出てってしまった。何だお願いしますって。儂はもう寝るつもりだったのだが……。

 まあ子供のことなどどうでもよいか。多分いつも一人で家にいるのだろうし、儂が世話をしなくても何とかなるだろう。

 儂は靴を脱いで中にはいり、床で寝る体制に入るが。


「あそんで」


 ぐいぐいと服を子供に引っ張られ、睡眠の邪魔をさせられる。


「邪魔だ」


 ぐいっと子供を軽く押し倒す。しかし子供は起き上がりまた儂の服を引っ張ってくる。しつこい……。このままじゃ眠れん。

 儂は体を起こし、子供のつぶらな瞳を見る。


「はぁ……。少しだけだぞ」


 そうして儂は子供が寝るまでの間、遊び相手をした。

 

 






























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