弱点


空が明るくなり始め、鳥達の美しい歌が聞こえ始めた頃、家で独り八千代は瞳を閉じ冷たい床に脚を組んで座っていた。背筋は伸び、腕は特に何かするでもなく、自然に脱力している。


薄暗く静謐な部屋で八千代の体は淡い青色の光に包まれており、周囲にはその光の残滓が、空気中に漂う埃に反射して神秘的な雰囲気が漂っていた。


「ふぅ....」


しばらくして八千代を包んでいた光は空気中に溶けるようにして霧散し、やがて消えた。同時に瞳をゆっくりと開き、肺の中の空気を静かに吐き出す。



「まあ、一日そこらじゃどうにもならないな」



この一連の動作は内にある魔力をスムーズに循環させるトレーニングであり、細胞を活性化させ、より最適な身体に作り変える側面もある。


八千代はこのひ弱な身体では普段の生活に支障をきたすと考え、今後軽い運動とともにこの魔力循環のトレーニングをすることを決めていた。


「次は筋トレだな。」



――――――――――――――――――――――




「くっ、ここまで酷いのか!?」


現在、八千代は腕立て伏せをしていた。このトレーニング自体はあまり筋肉はつかないが、現状の筋肉量をある程度把握するのも兼ねている。


魔力は使わない。使ってしまっては意味がないからだ。一刻も早く不便がない程度には仕上げなくてはいけない。だが開始一回目、腕を曲げ体を上げようと腕に力を入れるがそこで動きが止まってしまっていた。


全く上げられる気がしない。どうにか身体を上げようと力を込める八千代だったが細い腕がプルプルと震えるだけだった。


「はぁはぁ、全然ダメだな。これは先が長いな。」


しばらく粘っていた八千代だったが、ついに限界を迎え床の上に倒れてしまう。



「次はランニングだな。まあ、大体の予測はできてるが。」



ゆっくりと起き上がった八千代は、早速ランニング用の衣類に着替えようとする。だがそんなものは八千代の記憶にはないことに気付き、学校指定のジャージに着替えた。


腰まで伸びている長髪はうなじが見える程度で後ろでまとめる。


準備が整った八千代は玄関でシューズを履き玄関を出た。


「よし、行くか」


玄関先で軽く準備運動をした八千代は走り始めた。出来るだけ長く走れるように体の芯がブレないよう意識しながら地面を蹴っていく。


「はぁはぁはぁ、こ、これ、予想、はぁはぁ、以上、だな。」


八千代は二百メートルもしない内に息切れをしていた。前髪は額に張り付き体中汗で濡れていた。いつの間にか身体の芯もブレにブレ、ゆらゆらと走っていた。もはや、これは走っていると言っていいのだろうかという有様だ。



近所に住んでいるのだろうお爺ちゃんやおばちゃん、そんな人たちが八千代追い越していく。そんな後ろ姿をどこか悲しげに見つめる八千代だった。




―――――――――――――――――――――



「はぁはぁはぁはぁ、、、」


やっとの事でランニングを終えた八千代は玄関先で膝をつき腕で身体を支えながら呼吸を整えていた。地面には八千代の汗で沢山のシミができていた。



どうにか走りきった八千代は玄関先で限界を迎えてしまい。そのまま崩れてしまっていた。



「た、立てない、、、」



足が産まれたばかりの子鹿のようにガクガクと震え、立てずにいた。


しかし、どうにか八千代は立ち上がり家に入る。


家に帰った八千代は汗を流すためシャワーを浴びに浴室に向かう。

脱衣所で衣服を順序よく脱いでいく。脱ぎ終わった八千代の体は全体的に細身ではるが女性特有のまるびを帯びており、肌は色白だ。


浴室は全体的に白で統一され、浴槽は一人で入るには十分な大きさである。


「ふぅ、これは地道にやってくしかないな」


浴室に入ってシャワーで汗を流していく八千代。勢いよく流れ出る水を顔から浴びながら独りつぶやく。




しばらくして汗を流し終えた八千代は、学校の制服に着替えた後、朝食をとりながらテレビを観ていた。




『では次のニュースです。昨日夕方頃、丸日商店街で刃物を振り回し暴れたとして30代男性が現行犯逮捕されました。幸い住民には怪我はなかったようです。動機については現在不明とのことで引き続き捜査続けるとのことです、、、、』



「ふむ、私のことは言ってなかったな。まあ、こちらとしては好都合なわけだが、、時間だな」


八千代はテレビの上に掛けられている時計で時間を確認する。


まだ残っていたコーヒーを飲み干し、学校へ向かうため椅子から立ち上がった。





―――――――――――――――――――――




「ねぇ今朝のニュース観た!?丸日商店街で刃物男が暴れてたってやつ」


「ゲッ、マジで?そこって近所じゃん。こわ〜」


「俺もそのニュース観たぞ。実際に犯罪者が、身近にいたと思うと怖いな」



そんな話し声が聞こえ、似たような話をあちこちのグループから聞こえてきた八千代は軽く息を吐いた。


学校の昼休み八千代と今日子それに悠の三人は机を並べて昼食をとっていた。



「怖いよね。僕も今朝ニュースを見て驚いたよ」


周りの話を聞いてか、悠が二人に言った。


「あー、それ私たちもその場にいたんだよね。ね、ちーちゃん?」


半目の今日子が八千代に視線を向けてきた。


「あ、ああ」


「えっ!?大丈夫だったの!?怪我ない!?」


目を見開いた悠が二人の心配をする。


「あー、大丈夫、大丈夫、その男ちーちゃんを襲おうとした拍子に転んでそのまま気絶して何にも無かったみたいだしね、ちーちゃん?」


今日子の目はまだ半分だった。


「え、そんなことあるの?うーん。あるのかな?」


悠も何か引っかかるようだ。


「、、、そういえば二人は中がいいみたいだがどんな関係なんだ?」


「、、、悠とは幼い頃からの幼馴染?腐れ縁?みたいなものかな」


あからさまな話の転換だったが、今日子はその質問に答えた。


「そうだね。今日子は昔から気が強くて、僕が困っているときは必ず助けてくれたんだよね」


ニマニマと笑いながら悠が今日子を見る


「は!?はあぁぁ!?ちがっ」


今日子は真っ赤に顔を染め上げる。


「、、そうなのか?今日子?」


仕返しに少し口角を上げ今日子に問う。


「な!?ち、ちーちゃn」



「おいっ!この教室に眼鏡をつけたお下げ髪の女はいるか!?」


ガタンという大きな音とともに教室に入ってきた大柄な男が今日子の言葉を遮った。


「えっ、ぶ、部長!?」


その男を見た今日子が目を見開いて驚いた。

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