引き継いだもの
「さて、どするか」
八千代はホームルーム前の教室で考えていた。
今後どうするのか。
俺自身はごく普通な人生を望んでいる。では、普通とは一体何か?学生である貴重で短い時間の中での普通とは?
友達をつくって一緒に共感し合うこと?
部活で仲間と共に笑い、時に泣くそんな青春を送ること?
それともバイト漬けの毎日で、いつのまにか夏が過ぎ、後になって後悔すること?
または、恋をして上手く行ったり、上手くいかず涙を流したり?
色々考えてみたが、いざ自分で置き換えてみるとあまりイメージできなかった。
「...難しいな」
前世、タロウだった時の八千代は壮絶な人生の中で劇的に価値観が変わってしまっている。
今の八千代に「普通」という言葉は難しいものかもしれない。
「なあ、あれ辻西だよな?なんか、全然違くね?」
「ああ、あんな美人だっけ?別人に見えるんだが」
考え事に集中していた八千代は気付いていなかった。
記憶が戻って、猫背気味だったのが姿勢良く堂々とし、纏う雰囲気の違いにクラスの視線を集めていた。
「昨日保健室に運ばれた後から見かけなかったけど、 あの後何かあったのかな?」
男子も女子もそれぞれヒソヒソと呟きあう。
その中で八千代に近づき話しかける二人がいた。
「おはよ〜辻西。なんか今日いつもと全然違うね」
「おはよう辻西さん。」
八千代は田村と西野に話しかけられ、思考を一旦中断して二人を見る。田村は綺麗なブロンドの髪が腰のあたりで切り揃えており、三角状の髪留めにより前髪は左右に分けられている。女子高生にしては背は高く確かロシア人と日本人のハーフだったはずだ。
西野は黒髪を短く切りそろえており目元は柔らかく、異性にモテるだろう容姿をしている。
「ああ、おはよう。えっと..田村に西野」
「「 ...... 」」
八千代の言葉に二人はぽかんと口を開け、同じ呆けた表情になった。
「...?」
「「いやいやいや、誰?」」
「....辻西 八..」
『いや違うから!名前を聞いたんじゃないから!』
「ははは、辻西さん、いつもと全然違うね。別人にしか見えなくて驚いたよ」
八千代はその反応に記憶が戻る以前の自分を思い出し、対応を考えるたが、このままでも特に問題はないと判断して、そのまま話すことに決めた。
「....ああ、今までの自分のままではいけないと思って、少しイメチェンをしてみた」
「いや、それにしても口調とか雰囲気変わりすぎ」
「もう別人だね」
田村の言葉に西野は頷いて同意を示す。
「少し遅めの高校デビューみたいなものだ気にするな」
「「いやそれはちょっと違う」」
二人は突っ込みながら笑う。
「まあ、でも前より全然こっちの方がいいよ」
「だよね、なんか面白いし、」
「そうか?じゃあ、今更おかしいかもしれんが、改めておr....私は、辻西八千代だ。八千代と呼んでくれて構わない」
一瞬、一人称をどうするか考え、今の身体で「俺」は色々とダメな気がして言い直した。
「あははは、私は 田村 今日子よろしく〜ちーちゃん。あ、私も今日子でいいよー」
いきなりちーちゃんは少し驚いたが特に問題はない。
「僕は西野 悠。よろしくね。八千代さん」
「ああ、こちらこそよろしく」
「本当に面白いくらいに別人だね」
それからしばらく話していたがホームルームが始まりそれぞれ自分の席に戻って行った。
「それじゃ、また後でねちーちゃん」
「またね八千代さん」
そのあとは問題なく時間は過ぎ放課後となり、この後の予定を話し合うものや、部活に向かうもの、いまだに寝ているものなど、放課後の教室ではそれぞれ違う時間が流れている。その様子に心の中に何か暖かいものを感じていると今日子が近づいてきた。
「ちーちゃん、せっかく友達になったことだし一緒に帰ろう?」
「....ああ、わかった一緒に帰ろう」
八千代は「友達」と言う言葉に少し反応に遅れるが、特に断る理由もないのでその誘いに応じた。
「じゃあまた明日、八千代さん」
八千代に向かって手を上げる西野は友達と共に帰っていった。それにしても友達か.....と転生前のことを思い出す。
「どうしたの?」
しばらく立ち止まっていた俺に今日子が問う。
いや、なんでもない 。行こう。と言い八千代と今日子は教室を後にした。
―――――――――――――――――
帰り道、八千代は今日子が小腹が空いたと言いだし近くの商店街に寄り道することになった。
そこはたくさんの人が賑わい行きかっていた。
「ここの商店街にあるコロッケがまたメチャクチャ美味いんだよね」
そう言う今日子は垂れそになる涎を腕で拭っていた。
そこまで美味いのだろうか。
「ちょっと、買ってくるわ。待ってて」
そう言って走っていく姿を見届け、待ってる間どうしようかと周りを見渡していると、
「「「キャーー!!!」」」
「うわぁぁぁあーー!!邪魔だ!!どけー!!」
複数の叫び声が聞こえた方から血走った目に包丁を前に構える男が走って来ていていた。
「そこの女!!どけっ!!」
こちらに向かって来る男を感情の映らない眼で見ていた八千代は無意識に身体を動かす。目の前まで来ていた男の動きに合わせただ一歩前に進むだけ、それだけで音も無くその男の背後に現れる。それが必然だったかのように、ただ身体に組み込まれたプログラムにに従って一切の無駄を剥ぎ落とした美しい動き。特別な力などではない。ただただ完成された歩法だった。
八千代はそのまま男の頭を鷲掴みし、腰を回転させ、地面に叩きつけた。
凄い音と共に地面に亀裂がはいる。
「あっ...」
「ちーちゃん!なんか凄い音したけど何があったの?」
静まりかえった周りに気づき声を漏らす俺に
コロッケの包みを持った今日子が走って近づいてくる。
「えっ、これどういう状況!?」
地面にキスをしている男と側に落ちている刃物を見て驚く今日子
しかしその言葉には何も返さず今日子の手を取り商店街を走り去った。
「・・・・」
走り去る際、静まり返った周りとはちょっと違う視線を感じたが、そんなものを気に留める余裕はなかった。
――――――――――――――――――
「ちょっ、ど、どうしたの!?」
急に手を引かれいた今日子は立ち止まる。
「......用事思い出した?」
八千代は少し考えた後、首を傾ける。
「いや、なんで疑問形!?...そうじゃなくてさっきの状況はなんなの?」
「刃物を持った男が走って来て転んだ」
「....え?それ本当?」
今日子が怪訝な表情で八千代を見る。
「ああ、きっとあれが、世に言うドジっ娘って奴だな」
「いや、あれのどこに娘要素が!?」
「まあ、大丈夫だ。男は気絶していたし、すぐに警察も来るだろう」
咄嗟に手加減をしたので死んではいないはずだ。身体もちゃんと形を保っていたし。うん。
「う〜ん、 ま、いっか」
納得はしてないようだったが、これでこの話を終えたようだ。
「あっ忘れてた。はいこれ 、ちーちゃんの分。食べてみて」
今日子が手を前に出してコロッケの包みを渡してくる。それを八千代は受け取り、そのまま中身を開け少し眺めた後、食べてみた。
「....美味いな」
「でしょ!よく放課後に食べたくなって寄り道してるんだ」
予想以上に美味くて少し目を見開く。
「これならいくらでも食べられるな....どうした?」
コロッケを食べている八千代を、まじまじ見つめる今日子に気づく。
「いやー、自分が好きなものを友達に共感してもらえるってなんか、こう、いいなって思って」
「....そうか」
今日子の少し照れたような、でも嬉しそうな笑顔が少し俺には眩しく感じた。
『―愛してるわ、タロウくん』
「…… 」
その笑顔を重ねてしまっていた。
「どうしたの?」
「――いや、なんでもない」
「あっ、私こっちだから。また明日ちーちゃん」
「ああ、また明日」
笑顔で腕を振る今日子に手を振り応え、それぞれの帰路につく。
―――――――――――――
「さて、どういうことだ?つい反射的に動いてしまったが 、あの力はおかしい。」
暫く歩いていた八千代は独り声を出し立ち止まる。
まさか、力も一緒に引き継いでるのだろうか?
「ステータス.....だよな、開くわけ、」
最後まで言い終わる前に半透明なウィンドウが目の前に開く。
「・・・・」
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辻西 八千代
ユニークスキル 《不老不死》: 5%
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少しの間思考が止まっていた八千代だったが、落ち着いて考え始める。
言いたい事はいくつかあったが、まず殆どの項目消えていた。いや、さっきの動きからして見えなくなってるだけなのか?
いや、八千代自身の身体能力は一般人のそれだ。この身体であの動きは不可能だろう。記憶として技術は八千代の中にあるが再現は難しいはず。では、何故?
「....魔法か...」
暫く考えた後、試しに自分の中の魔力感じ取り、使ってみる
「・・・・」
八千代の手のひらで小さな火の暖かい光が揺れていた。異世界で魔力は精神に宿ると言われていた。記憶が戻った今、魔力も一緒に引き継がれたのかもしれない。
この考えが正しければ、あの時は無意識的に魔力を使い身体強化していたのだろう。それなら説明できる。
しかし一番気になるのは、
「不老不死の横の数値....」
確証はないがある程度予測する事はできる。
この5%、この数値からして完全な不老じゃないがある程度は老いにくく、かつ不死ではないが傷が治りやすいといったところではないだろうか。
暫く考えていた八千代だったが、前世のように完全な不老不死では無いだろうと予想し、特に問題はないなと判断する。魔法にしてもあまり目立たないようにすれば、便利なものだろう。
結論を出した八千代は歩みを再開した。
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