想起


「うぅ、学校行くの辛いな....」


 私こと、辻西 八千代つじにし やちよは学校に向かう道中で弱々しく呟く。


 今朝は、体のダルさと酷い頭痛で、布団から這い出でるようにして起きた。そのまま洗面所で顔を洗い、鏡の中の顔色の悪い自分の姿を見て溜息をついた。


 そしていつものように眼鏡をかけ、髪を左右に分けおさげにし、そのまま独りで朝食を済ませ家から出た。


 八千代は昔から体が弱く、学校でも時折保健室を利用しているような子だった。


 梅雨の時期に入って雨が続くことが多かったからかもしれない。ここ最近は安定していた体調も、また崩してしまったようだ。


 今も、雨が傘を打つ音に耳を傾けながら、もう少し丈夫な身体で生まれたかったなと、独り心の内で呟いた。


 そうしているうちに、高校の校舎に着き、荒れた息を吐きながら階段を上る。二階にある2年3組の教室に入り、特に意識することなく、窓際の席に近づきそのまま腰を下ろした。


 窓の外は今も雨が降り続け、教室の空気もしっとりとしている。その教室は、今日の空模様とは対照的に、生徒達の話し声で賑やかだ。


「最近、雨多いね」


「そうね、私この時期になると体調悪くなることがあるから嫌なんだよね〜」


「うん、私も嫌い」


「「えっ ??.....」」


 いまだ続く頭痛に、無意識答えた男女二人は声を上げて私の方を向いた。


 驚いた表情で見てくる二人に気づき慌てて口を塞ぎ、そのまま机に額を付ける。


「珍しいね、辻西が話すの」


「うん、僕も久しぶりに声聞いたかも」


 笑い声とともにそんな二人の声が届く。だがこの反応も仕方ない事なのだ。


 幼い頃から身体が弱い八千代は、外で遊ぶことも少なく必然的に仲が良いといった友達が出来ることもなかった。


 そのせいか、昔から人見知りが酷く、俯いて話す癖で声は聞き取りにくく、周りからは暗い印象の子だったようだ。そんな八千代だったが、小中高と進学するたび、話しかけてくれる人は少なからずいた。


 しかし、そんなことは最初だけで、声をかけても良い反応をみせず、話しても声が聞き取りにくい、暗い印象の子からはすぐに離れていった。


 八千代自身、内心では沢山言葉は浮かんでいるのだが、どの言葉を選べばいいか優柔不断にあれこれ悩んでいるうちに、会話が終わることが多かった。



 だから、二人の反応があのようになるのも仕方ない。


 八千代は耳を真っ赤に染め机に身体を預け、ホームルームが始まるまで寝たフリをして過ごした。

 

────────────────



 最初の授業が始まってしばらく経っていたが、


 頭痛は酷くなるばかりで、よくなる気配はない。

 冷や汗も沢山浮かんでいて、意識も朦朧としている。


今日は特に酷い、、


「次、辻西、続きから読んでみろ」


「.....はい」


 先生に指名され、ゆっくり立ち上がろうとするが、うまく踏ん張れずに倒れそうになる。


「おい!大丈夫か!?顔色も悪いし、体調が悪いなら保健室行くぞ!」


 先生が心配して近づき、立たそうとしたが限界だった八千代はそのまま倒れてしまう。


 薄れゆく意識の中、先生の声と生徒達の動揺したような声が聞こえた気がしたが最後までその声を聞き終えることなく八千代は意識を手放した。


 ────────────────



 目を覚ましたのは保健室のベットの上だった。しばらくぼーっとしていると、閉められていたカーテンが開き1人の女性がが現れた。


「あら、起きたの?もう放課後よ。随分なお寝坊さんなのね」


 そう言って微笑むその姿は八千代がよく知っている人物だった。


 保健室の養護教諭、鮎田 静乃あゆた しずの


 たしかもう三十路のはずだが二十代にしか見えない、柔らかい雰囲気を持つ大人の女性だ。身体の弱い私はよく保健室を利用するのその度に世話になっている。


「もう、顔色も良くなってるみたいだし、大丈夫なら暗くなる前に帰りなさい。」


「.....はい」


 長い夢から覚めたような、だがまだどこか、意識ぼんやりと霞がかかっている中、私は曖昧に返事をする。


「...鮎田先生、お世話になりました。」


 しばらく先生と話していたが静乃に促され、帰宅することにした八千代は保健室のドアに手をかけた。


「....失礼しました。」


「...?」


 呟くように言った八千代は、オレンジ色に染まるの保健室を背に教室を出た。


 ────────────────



 最初、意識を失って運ばれてきた辻西さんを見たときは驚いた。彼女は前からよく体調不良で保健室に訪れることがあったので顔はよく知っていた。


 辻西さんをベッドに横にさせて、

診てみたが、幸い熱はあるようだが他は大丈夫な様子だった。


 相当体調が悪かったのだろう、彼女は放課後を過ぎた頃目を覚ました。


 そのあとは一言二言ほど話したがどれも心ここに在らずと言った様子で、俯き加減に私の言葉に返すばかりである。


「もう、顔色も良くなってるみたいだし、大丈夫なら暗くなる前に帰りなさい。」


 しばらくして窓の外で下校しはじめている生徒の姿を確認すると彼女に顔を向け言った。


 彼女は応じ、教室から出て行く。ドアくぐる際見えた彼女の纏う雰囲気と表情に、私が知るものではなく全く別のモノを感じたが、私の気のせいだろう。


さて、私も残りの仕事を片付けて帰りましょう


 ────────────────



 保健室を出た後、八千代はそのまま自分の家に帰宅した。


「ただいま...」


 しかし返ってくるのは、静寂だけで、誰一人返事はない。八千代以外住んでる者がいないのだから当然のことだ。これは日課なので仕方ない。


 八千代はずっと続いてるボンヤリとした意識の中で洗面所に向かい、そこにある鏡で自分の姿を見る。深い黒色の瞳を見つめていると、不意に自分の姿がぶれたように感じた。


「「あっ、」」


 その時、二つの違う声が重なって聞こえ、瞬間、少女としての十七年とタロウとして生きた記憶が濁流のごとく脳内で再生された......。


「ゔうぅ....」


あまりの頭の痛さに八千代はその場でうずくまってしまった。



――――――――――――――――――――



「.....なるほど。ちゃんと成功していたようだな」


しばらく経った後ゆっくり立ち上がった八千代は鏡の中の自分を見つめながら呟くが先ほどまでとは全く異なる雰囲気を纏っていた。


「ふむ、典型的な文学少女だな。...なるほど、いいな。いかにもクラスに一人はいる生徒Aって感じだ。」


顔をペタペタ触れながら八千代はつぶやく。


 その容姿は髪は黒髪におさげ、前髪は眉に少しかかるくらい。そして黒縁の眼鏡。眼鏡で分かりづらいが、容姿は整っている方だろう。




 八千代は機能してない表情筋を使い、少しだけ口の端を上げる。


「しかし、驚いたな。まさか転生先が地球だったとは。」


 もともと、転生の際、同じ異世界で生まれ直すと思っていたため、これは完全に予想外のことであった。


「さて、まずは今後の身の振り方だが......眠いな」


 朝からの頭痛とタロウとしての膨大な記憶情報が一瞬のうちに脳内に流れたからかもしれない、凄い疲れと眠気にさからえそうになかった。それに体がすごい重たい、体調もそうだが、圧倒的に筋肉がついてないようだ。


「この体でよく今まで生活できたな。これは今後の課題だな。」


さらに今後のことを考えていたが眠気が限界に来ていた。


「....寝るか。後は明日の俺に任せよう」


 八千代は問題を後回しにし、そのまま寝るとにした。

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