12、犯人?

 空の遠いところに不気味な笑みを浮かべる女の口みたいに浮かんだ月が流れる雲で見え隠れする。風が早いせいか、表情がコロコロ変わる。

 

 現在時刻は午前二時。

 あちら側の住人が一番活発に動き始める時間帯だ。

 桃源堂で仮眠をとった二人は、最寄駅から一駅隣の駅北口から更に一キロほど進んだところにある神社に来ていた。

 もう一つは反対側、南口から少し言った場所にある公園だったが、厳選なるじゃんけん三本勝負の結果、璃子りこが推した神社に決まった次第である。


 「・・・お前さ、今回の件どうするつもりだ?」


 今回の件とは一体なんぞや。


 唐突に話を振られた璃子は返事をするよりも前に小首を傾げる。


 「ほら、牧センの件」

 「ああ、あれね・・・」


 どうすると言われたところでいまいちいいアイデアは浮かんでいない。現状はなんとか手元にある素材で誤魔化すしかないが、それでは本治には程遠い。桃源堂の売りは症状の改善ではなく、原因の根絶だ。


 「熱が籠もっているのは間違いないんだよね」

 「じゃあ青鬼の角は?」


 珍しい。

 壮馬そうまの提案に思わず目を見張る。


 「たしかに熱は取れるけどちょっと強いかな。胃腸薬と一緒に出せばいいかもだけど・・・というか、仲本なかもと先生と仲良いの?」


 壮馬だって同じ赤城あかぎの孫だ。

 薬についてもそんじょそこらの薬剤師に引けを取らない位には詳しい。ただ、ここは璃子の領域ので口を挟むことは殆どなかった。

 態々口を挟んでくるということは、症例に興味があるか対象者と仲が良いのどちらかである。


 しかし璃子の問いに壮馬は首を振る。


 「あれ?そうなの?」

 「ああ。俺は担当してもらったことねぇし、あんまし接点ないからな」

 「じゃあ、なんで?」


 しばらく考える素振りをした壮馬がゆっくりと口を開く。


 「さあ。強いて言うなら、雪村ゆきむらがよく世話になってるからくらいだ」

 「・・・壮ちゃんって桃矢ももやのお母さんだよね」


 発想がもはや完全に親の思考である。

 

 「はっ、俺が親だったら赤点取った時点で許さねぇけどな」

 「うわぁ、自分のこと棚に上げすぎ」

 「うるせー。俺は赤点は取ったこと・・・」

 「何、どうし、うわっ」


 急にぐんと腕を引っ張られた。

 そのせいで植木に突っ込みそうになる。


 「ちょっ」

 「しっ・・・誰か来る」


 物音も何も璃子には聞こえない。

 そんなはずないと一瞬思ったが、たぶん彼の勘がそう告げているのだろうと納得する。彼の狩人ハンターとしての勘は侮れない。


 息を潜めて境内の様子を伺っていると、誰かが砂利を踏む音が聞こえ始めた。

 音はどんどん大きくなり、それと同時に血のような鉄臭さが漂う。


 顔を見合わせた二人は小さく頷くと、植木からほんの少し顔を覗かせる。


 「ッ!」


 思わず声をあげそうになって口を手で押さえる。

 小さな舌打ちに横を見ると、壮馬が見たことのないような顔で歯を食いしばっていた。

 忘れてはならない。壮馬は大の犬好きだ。しかもつい昨年、愛犬を亡くしたばかりだった。実際この事件の話もあからさまな態度には出さないものの、苛立っていていたことは知っている。

 そんな彼にとって犬を、犬の命を踏みにじるような行為は嫌悪というよりも憎悪に近い。


 握りしめた拳が怒りの大きさを物語っている。


 深くフードを被っているせいで顔は見えないが、体格からして男だ。男は階段を登りきったすぐ側にある桜の木の近くで膝を折ると、ポケットからシャベルを取り出した。

 ザクザクザク。

 静寂の中、土を掘り返す音だけが境内の中で響く。


 男は動きを止めたかと思うと、掘り返した穴に持っていた首を入れた。躊躇うことなく今度は土を被せていく。


 その様子に、だからが悪いのかと璃子は密かに納得する。


 一般的に犬神の呪術とは、犬を頭部のみを出して生き埋めにし、その前に食物を見せて置く。餓死する寸前にその頸を切ると、頭部は飛んで食物に食いつく。そうやって作られた犬の首を媒介にする。

 

 だが、今目の前で行われているのはすでに首を落とされた犬であり、という一番大事なプロセスが抜けてしまっている。

 つまり、本来の効果からは程遠い効果しか発揮できない。むしろ効果を発揮する方が難しい。

 ただ、その質の悪い呪術に苦しめられたのは事実である。


 「・・・いくぞ」

 「えっ?あっ、嘘!」


 止める間もなく壮馬が飛び出す。

 

 「おい!」


 突然の大声に男が肩を大きく揺らす。

 

 「壮ちゃん!」

 「うるせぇ。ここは俺がやる」


 壮馬は先程璃子が薬を取り出したがま口と同じものを取り出すと、その中から手袋と刀を取り出した。

 刀を見た瞬間、男が息を呑むのがわかった。でも気持ちはわからなくもない。刀を向けられたら何も悪いことをしていなくても誰でも似たような反応をするだろう。

 

 手早く手袋をはめた壮馬が刀を構える。


 「同じ目に合わせてやるよ」

 「っ・・・!!」

 

 死刑宣告とも取れる言葉に、じりじりと後退りしていた男が弾かれるように階段を駆け降りる。そのスピードは中々のものだ。毎年年始にある福男選びに出ていればかなりの好成績を収められるかもしれない─ただ、相手が悪すぎる。

 男は目を見張る。

 階段を降りた先で待っていたのは刀を担いだ壮馬だ。

 

 「その程度で逃げ切れると思ったのか?」


 意地の悪い笑みを浮かべる顔は到底正義のヒーローとは言い難い。むしろ刀も相まって完全に悪役である。

 男が慌てて雑木林の方へ逃げようととするが、それを阻止するように飛んできた刀が目の前の木に刺さる。男はその場で腰が抜けて座り込んだ。

 そこに遅れて璃子が合流する。璃子の姿を見ると同時に小さく舌打ちする。


 「もう終わりかよ」

 「・・・ご苦労様」


 怒りはわからなくもないが、これ以上痛めつける必要はない

 璃子はしゃがんで目線を合わせる。


 「あなた・・・どうして犬神の力を借りようとしたんです?」


 想定していた質問と違ったのか、フードの奥で瞳が揺れた。


 「・・・だんまりか。おい、さっさと話させ。それが身のためだ」

 「・・・」

 「チッ」


 今度は大きく舌打ちした壮馬が刃先縦に振り上げる。

 フードだけが綺麗に真っ二つになり、隠れていた顔が明らかになる。

 体格はいいがその顔つきは大人というには幼く、子供というには熟している。見た目から察するに璃子たちと同年代か、少し上くらいだろう。


 さて、連絡しよう。

 

 璃子がスマホを取り出し、通話履歴を開く。


 「・・・・横溝よこみぞ

 「えっ?」


 ぽつりと聞こえた声に手を止めて壮馬の顔を見ると、驚愕の表情を浮かべていた。

 そして名前を呼ばれた男もどこか気まずそうに視線を逸らす。


 「えーと・・・お知り合い?」

 

 璃子の問いに、壮馬がゆっくりと頷く。

 

 「そいつは隣のクラスの柔道部だ」

 「・・・てことは、同じ宝条生ほうじょうせい?」

 「クソっ、あの狐野郎の情報、当たりだったな・・・おい、横溝」


 壮馬はしゃがむと柄で顎を上に向ける。

 単純に横幅だけで言えば倍近くあるが、横溝は敵わないと悟っているのか全く抵抗しない。


 「テメェには聞きたいことがたくさんあるが・・・まずはひとまず殴らせろ」

 

 言うが早いか、右頬に拳を受けた横溝が左に飛ぶ。

 

 「・・・よし、これでひとまず浄化は完了したな」

 「・・・そうだね」


 完全に私情を優先した私刑リンチだろと思ったが、あながち間違いでもないし、なにより今は触らぬ神に祟りなしである。とばっちりを食らうのはごめんだ。


 「璃子」


 伸びている横溝に近づこうとしていたところを壮馬が呼び止める。

 振り返ると、壮馬が自分のつけていた手袋を投げていた。慌ててキャッチする。


 「大丈夫だとは思うが、一応はめておけ」

 

 璃子は素直に手袋をつける。

 一見普通に見える手袋だが、使われている糸は百年の歳月をかけて祈祷されたもので呪いに滅法強い。それに内側には、どんな毒でも跳ね返す特性を持つ大蝦蟇おおがまの皮が張られている。壮馬は愛刀を握る際、必ずこの手袋をつけている。


 横溝の脈を確認する。

 弱くはあるが、どうやら従兄は犯罪者にならなくて済んだらしい。


 「大丈夫みたいだから電話して」

 

 壮馬がわかりやすいほどはっきりと顔を歪める。

 

 「・・・わかった。あたしがするから、この人縛っておいて」

 「おう、まかせろ」


 意気揚々と綱を取り出す壮馬。

 

 「言っとくけど、変な縛り方とかしなくていいからね」

 「おう」


 返事はしたものの、スタート地点から明らかに普通の縛り方ではないのだが。


 まぁ、いいか。

 生き物を無意味に殺傷する奴らに人権などない。


 璃子はスマホを軽くタップする。

 すぐにのらりくらりとした聞き慣れた声が返事をした。

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