11、胃もたれに饕餮

 「・・・赤城あかぎ、なぁあの子本当にお前のいとこか?」


 本日何度目になるかわからない質問に、壮馬そうまの額にくっきりと青筋が浮かぶ。


 「何度もそう言ってんだろ。お前らの耳ちゃんと機能してんのか?」


 その凄みに聞いた本人ならず、周りのチームメイトもじりっと後ろに一歩下がる。

 その様子に壮馬は小さく舌打ちをした。


 最近は日が落ちるのが早い。

 一旦闇に包まれてしまえば、あっち側のホームグラウンドだ。いくら璃子りこが普通の人間よりは扱いが慣れているとはいえ、璃子の客は所謂話の伝わる相手。こっちでいえば上流階級と同じだ。

 だからもっと下等な、畜生と同類の輩に襲わる可能性はある。そしてそれよりももっと人間に襲われる可能性の方が高い。


 璃子自身に自覚がないが、身内の贔屓目を差し引いても有り余るくらいに彼女は整った容姿をしている。

 それ故、壮馬が被害に遭うこともしばしば。今正しくその最中である。


 「いやぁ、だってあんまりにも似てないし、な?」

 「うんうん。あっ、俺、あとで連絡先聞いてもいい?」

 「ずるい!俺も俺も!」

 「おいおい、迷惑だろ。ここは俺が代表でだな」


 我先にと名乗りを上げる。


 どいつもこいつも浮き足立ちやがって。

 その様子に口には出さぬものの悪態を吐く。

 それと同時にさっさと帰せばよかったと思うが、すぐに何かあった時にどうするのだと自分に言い聞かせる。

 普段からこちらのものではない妖や異形を平気な顔で扱っているから勘違いしそうになるが、ただの人間というカテゴリーにおけば璃子はひ弱な、しかもここ辺りで人気の高い女子校に通う女子高生なのだ。

 しかし、それにしてもうるさいと壮馬が米神を抑えているとドンっと背後で音がした。振り返ると、そこには茶の入った大量のコップを盆に乗せた美優みゆの姿。


 「すみません、お待たせしました!」


 美優がにこりと笑うと、一気に場が和む。


 「いや、ありがとう!助かるわ」


 練習上がりで余計な熱が入ったせいか、皆コップの中身を空にしていく。

 

 「取りに来るので、コップは重ねて置いておいてください」


 パタパタと去っていく美優。


 「・・・いやぁ、やっぱり東野ひがしのっていいよな」


 ひとりがぽつりと漏らす。


 「わかる。家事とか全部できそうだし、常に優しそうだよな」

 「顔もなかなか可愛いし」

 

 うんうんと皆が賛同する。

 美優のおかげで話がうまい具合にずれていっている。

 よしよしと小さく頷く壮馬。


 「高嶺の花を羨むより足元の石を拾え、だっけ?」

 「それを言うなら、石じゃなくて豆ね」

 「あーそれそれ!雪村ゆきむら、お前相変わらず国語は得意だな!」


 監督と何やら話していたため遅れてやってきた桃矢ももやが残っているコップを手に取る。


 「別に普通だよ。ちなみにりっちゃんは家事全般完璧で身は固いし、束縛もしなければ、滅多なことでは怒らない。あ、りっちゃんっていうのは赤やんのいとこの愛称ね。呼んでるのは俺とその親戚くらいだけど。他に何か聞きたいことあるなら聞いて。たぶん全部答えられるから」


 笑顔で話す桃矢だが、その言葉の端々に感じる圧にチームメイト達が口を閉ざす。

 自覚ありの飛び抜けていい容姿に、プロ入り確定と言われるサッカーの技術。ただでさえ恵まれているのにあの大製薬会社、羽島製薬の親戚筋だ。それに加算して幼なじみポジション。

 そんな男にマウント取られて勝てる見込みがあると思う方が難しい。


 普段は温厚で波風立てないようにしているくせに、璃子が絡むといつもこうだ。


 ため息混じりに拳を振り下ろす。


 「あだっ!ちょっ、赤やん俺何かした!?」

 「何もクソもねぇよ。ほら、帰んぞ」


 少し離れたところで、マフラーに顔を埋めた猫みたいな璃子がこちらを睨んでいた。

 寒いんだから早くしろと苛立っているに違いない。たいして運動をしてこなかったせいか、璃子は筋力が少なく、同年代と比べても寒がりだった。


 身支度を整えた二人が駆け寄る。


 「待たせたな」

 「肉まんおごりね」

 「そんなん食ったら晩飯食えないだろ」

 

 うっと顔を小さくしかめる。

 璃子はこの後壮馬の家に行くことになっている。

 昨日の今日でまた発熱して呼び出されてはたまらないし、夜になればどうせ一緒に出掛ける予定だ。それに出発地点は同じ方が色々と楽である。


 「りっちゃん、相変わらずおばちゃんのこと苦手なの?」

 「別に苦手じゃないんけど・・・」

 

 言い淀む姿に男二人が仕方ないと言わんばかりに小さくため息を漏らす。

 壮馬の家は男ばかり三人いるせいか、とにかく食事はボリューム重視になる傾向が強い。そして皿を開けたと思えば、すぐに頼んでもいないのにおかわりが出てくる。いくら食べ盛りとはいえ女である璃子にとって、壮馬家の食卓はフードファイター並みに頑張らなければならない戦場なのだ。

 ごちそうになった翌日は確実に胃がもたれる。そのせいで近所であるにも関わらず、なかなか訪問できずにいた。


 「あのな、何度も言っているけど断ればいいんだよ」

 「うん、まあそうなんだけど・・・」


 璃子だって馬鹿ではない。もちろん何度か試みてはみた。

 しかし、そのたびに壮馬の母、夏子が悲しそうに肩を落とすのだ。あまりにも悲しそうな顔をされるため良心がグサグサと痛み、結局自分から「やっぱりおかわりください」と言いざるを得ない。

 こればかりは息子の壮馬には絶対にわからないことだろうし、想定以上に食べる桃矢にも共感してもらえないのはわかっている。


 「はぁ・・・・あっ」

 

 何かを思い出したかのように鞄をあさり始める璃子。

 そして封がされた紙袋を取り出したかと思うと、それを渡す。受け取った桃矢が眉を顰める。


 「・・・またよし姉ぇ?」

 「違う違う。それはあたしから」

 「えっ」


 目を大きく見開いた桃矢が慌てて袋を開ける。

 中に入っていたのは、更に一個一個丁寧にラッピングされた色鮮やかなアイシングクッキーだ。


 「それ、今日の調理実習で作ったから貰ってくれる?」

 「も、もちろん!」


 食い気味の返事に笑いそうになる。

 昨日迷惑をかけてしまったお詫びで、いつ渡すか迷っていたがやはり部活帰りに渡してよかった。疲れた時に糖分を欲するのはやはり老若男女変わらない。


 「おい、俺にはないのかよ」


 壮馬がこっそり耳打ちしてくる。


 「失敗作ならあるけど」


 もう一つの袋を取り出すや否や奪われる。その中から無梱包のクッキーを取り出すと、どんな柄かも見ることなく壮馬が口に放り込んだ。

 それに引き換え、桃矢は「うわぁ〜」と犬とうさぎを持って目を輝かせている。

 類は友を呼ぶなんて言うけど、彼らは裏と表、陰と陽、虚と実。正反対とまでは言わなくとも、似ているとは決して思えない。


 「・・・本当にあんたたち似てないよね」

 

 まあ、似ていたらそれはそれで面白くないんだろうが。


 璃子の独り言はクッキーを見ることに夢中な男と食べることに夢中な男のせいで誰に拾われることもなく闇夜に溶けた。



 気持ち悪い・・・。


 璃子が思わず足を止める。

 壮馬家の本日のメインディッシュは唐揚げだった。

 唐揚げも二、三個までは美味しく食べられるのだが、流石に八個となると胃がもたれ。

 そしてなにより鶏むねではなく鶏モモなのだ。普段から鶏むね派の璃子は相当なダメージを受けている。


 「おい、大丈夫か?」


 胃を押さえる璃子。


 「うん・・・いや、やっぱり無理かも。壮ちゃん、鞄頂戴」

 「おう。ほらよ」

 「ん」

 

 短くお礼を言った璃子は、持ってくれていた鞄の中から小さながま口ポーチを取り出した。

 口を慣れた手付きで弾くと、腕を奥深くまで突っ込む。それは見た目の大きさからは到底想像できない深さだ。しかし、壮馬はその様子に驚くこともなくただ傍観している。なぜなら彼もまた色違いを所有していた。

 正式な名称は知らないが、彼らはこれを宇宙ポーチと呼んでいる。


 何かを掴んだ璃子が腕を引き抜く。拳を開くと、薬包が一つ。


 「なんだそれ」

 

 壮馬が覗き込んでくる。

 璃子に比べれば興味が薄いが、それでもやはり素材屋として気になるらしい。


 「山査子、麦芽、小麦、紫蘇、あと饕餮とうてつ


 最後の素材に壮馬の顔があからさまに歪む。


 「お前、あれまで食べるのか?」

 「うん。爪を粉末にしたものだから全然いける」

 「いや・・・うん。でもそれ高ぇだろ」

 「ううん。薬と交換したからそうでもない」

 「薬?」


 首を傾げる壮馬。


 「そう。最近はが少ないから食欲を抑える薬出してあげてんの」

 「ああ、なるほど」


 饕餮はなんでも食べる大食らいの妖怪だ。

 戦争が頻繁に起こっていた時代はそこらへんに食べ物があったため食い扶持に困らなかったらしいが、最近はめっきり減ってしまい困っているという。

 その饕餮の体の一部には、食欲増進や消化促進の効能があるため結構重宝する。何しろ漢方薬と巷で呼ばれるものには胃腸に関するものが多く、黙っていても売れるのだ。

 ちなみに饕餮に出している薬は胃熱を取る処方を普段の千倍強くしたものだ。


 「ただそうは言っても希少なことには変わりない壮ちゃん家に来る時ようにしか使わないようにしてる」

 「うーん・・・なんか、すまん」


 謝るくらいなら少しでも減らすのを手伝って欲しかった・・・と思ったが、彼もまた大量の飯を平らげていた。


 「きっとおばちゃんは宇迦之御魂神(うたのみたまのかみ)の生まれ変わりなんだよ」

 「あれは豊穣というよりもただ単にお前が普段食べてねぇと思ってんだよ」

 「失礼な。これでもちゃんと食べてます」

 「自分が食べたら食べた分だけ身になるからその考えまでは至らないんだろ」


 夏子なつこの姿を思い浮かべる。

 たしかに年齢の割に頬はぱんっと張っていて、体はどの角度から見ても納得のわがままボディだ。兄弟が全て父親に似たのか、それとも年齢や性別のおかげかはわからないが家族の中でも一人だけ異色の存在感を放っている。

 本人は気にしているらしいのだが、見かける度に何か食べているので実際はそこまで気にしていないのだろう。もし本気ならば璃子は喜んで手伝う。身内だから安くもできるし、いい実験体にもなる。


 「ほら、それにあのジジィと二人暮らしだしな」

 「あぁ・・・うん、そうだね」

 

 それを言われてしまっては、もはや同意せざるを得ない。

 流石に璃子が中学にあがる前までは家を長く開けることはなかったが、それ以降は二人暮らしというよりも一人暮らしの方がしっくりくるほど不在の期間が長い。

 

 今、どこで何をしてるんだろう。ちゃんと生きているのだろうか、それとも既にこの世にはいないのだろうか。

 

 二人はしばらく見ていない祖父の顔を思い浮かべながら、月明かりの下を進んだ。

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