10、マネージャー
黄色い歓声の中、敵意の視線が突き刺さる。
中には態とらしく「なんで他校生が来てんの?」と聞こえるように言ってくる者もいる。
なんでって・・・こちとら不可抗力だわ!
腹の中で不満をぶちまけていると、ガシッと後ろから頭を掴まれた。
そのまま頭を後ろに傾けると、頭にタオルを被った
「おい、何カリカリしてんだ」
「・・・別にカリカリしてない。てか、この体制苦しい」
天井を見上げるような形なので、必然的に喉が閉まる。
それになにより、刺さるような視線を肌で感じている。
皆さん大丈夫、安心して。この人は
「ほら、こっちだ」
「それで、突き止められたのか」
「うん。飴屋のもと子さんがよく知ってた」
「ああ、あの」
壮馬がげんなりと顔を歪める。
飴屋のもと子さんと言えば、町内きってのスピーカーお婆さんだ。桃源堂から二本離れた表通りに店を構えおり、昔からのお得意さんでもある。
璃子と壮馬もよく飴を貰っていたのだが、その代わりに有る事無い事触れ回られ、そのせいで大変な思いをしたのもまた事実である。
「それ、本当に大丈夫か?」
「うん。一応警察にも確認してきた。『うちの犬が行方不明になってて、一連の事件で被害にあってないか確認したい』って言ったらすんなり見せてくれたよ」
「そんな回りくどいことしなくても、お前にはできんだろ」
どういう意味だ。
ため息混じりの言葉を璃子は聞き流す。
「見つかった犬の死体は全部共通して首から上がなくて、今でも見つかってないって。犯行現場は決まってないみたいだけど、もと子さんの話からすると大体神社か人通りの少ない公園だね」
鞄から何かを取り出す。
「なんだそれ」
「地図」
「買ったのか?」
「ううん。ちょうど交番で広げてあったから欲しいな〜って言ったらくれた。あと一緒に連絡先もくれた」
地図に張り付いていた付箋には名前とメッセージアプリのID、それと電話番号が書かれている。
「おいおい。そいつ本当に警察官か?」
「うん。しかももし困ったことがあったらいつでも連絡していいって。すごく親切な人だったよ」
少し推しが強かった気もするが、地図までくれたのだから悪い人ではない。
「お前・・・まあいい。それ寄越せ」
璃子が返事をする前に付箋を握りつぶし、ポケットに沈める。
その間に璃子はもと子さんとうっかり口を滑らせた警察官からの情報を地図に落とし込んでいく。
全て記入し終わった後にコンパスで円を書くと・・・。
「次はここかここだな」
壮馬が指さしたのは、璃子たちの最寄りから三駅離れた場所にある神社と公園だった。
「さて、どっちがいい?」
にやりと笑う璃子の頭を壮馬が小突く。
「何言ってんだ。どっちもに決まってんだろ」
「うん、だから手分けしようと思って」
ぎょっとする壮馬。
「・・・お前、まさか自分が頭数に入っていると思ってんのか?」
「えっ、違うの?」
てっきり手分けして張り込みをするとばかり思っていた璃子が目を見開く。
その様子に壮馬が苦笑する。
「そんな無理させるわけねぇだろ。お前は俺の後ろに隠れてろ」
流石は男の中の漢である。
これが壮馬でなければ危うく惚れていたかもしれない。壮馬なので絶対にないのだけれど。
ぽんと軽く撫でられた頭を押さえた璃子は素直に「はい」と頷いた。
「そっち!そっちだ!レフトー!」
「止めろ止めろ!マーク!」
「一年!ボールこっちだ!」
左から右へ、縦から横へと白と黒の二色で構成された玉があっちこっちと忙しそうに行き交う。それを一緒に目で追ってはみるものの・・・。
「だめだ、全くわからない」
思わず言葉が漏れる。
誰かが解説してくれるならまだしも、ルールのわからないスポーツを見ることほど苦痛なことはない。一応文明の利器を駆使してはみたが、文字をいくらなぞったところですぐに理解できるわけもなかった。
こんなことならばさっさと帰っておけば良かったと後悔の念に駆られ、小さく項垂れる。
「あの、よかったらこれどうぞ」
ずいっと目の前に差し出されたのはプラスティックのコップだ。ほんのりと白い湯気がたっている。
「ありがとう、ございます」
「敬語なんてやめて。わたし達同い年だよ」
ふふと笑うのは以前取り次いでくれたマネージャーだ。
特別美人といぅけではなないが、柔らかい雰囲気と小動物のようにクリッとした目が印象的である。
「あ、りがとう」
「どういたしまして」
そう言ってまた再度笑うと、璃子の隣に腰を下ろす。
「この間はごめんね。わたし
急に名前を呼ばれた璃子の眉が上がる。
「あ、ごめん。急に名前呼びとか嫌だった?」
「いや、別にいいけど・・・」
何故自分の名前を知ってるのか。
もしかして同中でしたなんてオチだろうか。名前と顔を覚えるのが得意ではない璃子はひっそりと肝を冷やす。
「よかった!実は名前はね、赤城くんから聞いたんだ」
なるほど。疑問が解決され、小さく安堵のため息を漏らしたのも束の間、次に新たな疑問・・・いや、疑問というよりも単純な好奇心が芽を出す。
「あたしの話をするなんて珍しい」
思わず本音が漏れる。
璃子の話というより、むしろ女子とそんな身の上話をしていること自体が珍しい。
彼はいつも一緒にいる幼なじみがやけにチャラついているせいで同類と思われがちだが、どちらかと言えば女子に馴れ馴れしくできない、良く言えば硬派なタイプだ。そんな壮馬が同じ部内とはいえ、異性に身内の話をしている事実が璃子にとっては割と衝撃だった。
「この間初めて会った時に可愛いって思って気になっちゃって聞いちゃったの!あっ、もしかして聞いてほしくなかった?」
眉を下げる美優。
その表情は庇護欲を誘う。残念ながら璃子が持ち合わせていないものだ。
「いや、全然。ただ壮ちゃんがサッカーの話以外するんだって驚いただけ」
「家ではサッカーの話しかしないの?」
「しないよ。あたし、サッカー全くわからないし」
「そうなんだ。じゃあ、どんな話するの?」
「そうだな、家では・・・」
聞かれて初めて思い返す。
最近二人が話したことといえば、河童の皿の価値がどうだの、氷蜥蜴の鱗をどうやって手を凍らせずに取るかだの、一般人には口を滑らせても言えないような話ばかりだ。
「・・・他愛もない話、かな」
笑って誤魔化す璃子。
「ふーん・・・あ、そうだ!璃子ちゃんって
「えっ、あ、うん」
急に出てきた牧本という名前に思わず顔が引きつりそうになる。
実はお昼過ぎに牧本に連絡を取った際、「今までよりは遥かにいいが、やはりまだ眠れたという感じではない」とはっきりと言われてしまった。
あれだけの大枚を叩いて手に入れた素材が効かなかったこともショックだし、なにより自分の見立てがピッタリと合致しなかったことのショックも大きい。
状況から考えて璃子と同じように
実際昨日飲んだ薬も耳かき一杯分の羽毛を煮出した液を混ぜ込んだものだった。毒やら薬やら異形やら、普段から取り込んでいる璃子だから大丈夫だったのか。それとも一般的に大丈夫なのものなのか。データがなければ人間側にはそう簡単に売れない。
そういう経緯から大本を断つことを前提に新たな配合を考えなければならなかったが、どうしても不眠という固定概念に囚われ過ぎているせいか頭が固くなっていいアイデアが浮かばない。
こういう時に勉強の出来不出来は頭の良さと同義ではないと痛感する。本当に頭のいい者は、柔軟性に秀でている。
「ちなみにどういう繋がり?」
「どういう・・・うーん、言うなれば知り合いの知り合い?」
「知り合いの知り合い?」
「うん。先生の大学の時の友人があたしの知り合いでちょっと手伝ってる」
「へぇ・・・それってもしかして不眠の件?」
図星をつかた璃子は否定も肯定もせず曖昧に笑う。
知っているのかもしれないが、顧客の症状は個人情報だ。おいそれと口にしていいものではない。
璃子が黙っていることで肯定ととった美優がしんみりとした表情で口を開く。
「先生も大変だよね。だってまだ新婚さんでしょ?なのにもう一ヶ月も体調優れないなんて・・・わたしが結婚相手なら自信なくしちゃうな。だって夫の健康管理すらできないんだもん」
きっぱりと言い切る美優。
その表情はどこか悦として見える。そしてその言いまわしにも違和感を覚える。
これは深追いした方がいいのかもしれない。
「あの、」
「あっ!」
急に美優が声を上げる。
何事かと目をパチクリさせていると、美優が慌てて立ち上がった。
「ごめん!本当はもう少し話してたかったんだけど、もうすぐ終わりだから行かなきゃ。璃子ちゃん、またお話ししようね」
美優が笑顔で手を差し出す。
先ほどと変わらぬ可愛らしい笑みのはずなのに、何かが危険だと直感が告げている。しかし、だからといって差し出した手を握らないわけにはいかない。
璃子が美優の手に触れようとしたまさにその時。
「マネージャー!早くしてー!」
「あっ、はい!」
ぱっと美優が立ち上がる。
「ごめん璃子ちゃん!じゃ、また!」
呼ばれた美優が飛び跳ねるようにしてベンチを後にする。
宙に浮いた自分の手を見て、璃子は大きくため息をついた。
「・・・助かった」
ふっと力を抜いた手はじっとりと汗で濡れていた。
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