8、家族だよ

 店内を見渡せば、そこは女子女子女子。

 一番近くにある泉女せんじょは元より、近隣にある高校の制服を纏う女子高生で店内は溢れかえっていた。

 そんな中、顔だけ見ればそうかもしれないと思うが女子と呼ぶには明らかに体格が良い。

 そして何より、周りの女子たちの視線が痛い。排除する方向ではなく、色めき立つ方向に。


 「なんかごめんね。急に仲間に入れてもらっちゃって」


 桃矢ももやは謝罪するも、たいして悪びれた様子はない。


 「ううん!わたし達もぜひ話してみたかったの!」

 「本当?実は俺も紫音しおんちゃんとみどりちゃんの話聞いてたからぜひ話してみたかったんだよね」

 「じゃあ、いい機会だったね!璃子りこ!」


 親指を立てる紫音。

 しかし璃子は頷かない。

 何せ勝手に意気投合して、一緒に同行して、グループにカップルがいればさらにジュースもつくという謳い文句でこの大勢の前で恥を忍んでカップルのふりまでさせられたのだ。その親指を折らないだけ優しいと思って欲しい。


 「なに、まだ拗ねてんの?」

 「・・・・・拗ねてない」


 本当に拗ねてはない。

 ただ、大勢の前でお姫様抱っこされた披露したダメージが尾を引いているだけだ。

 

 「別にいいじゃん。減るもんでもないし、したことだってあるし」

 「いつの話してんのよ」


 こいつ、口が空いてると余計なことしか話さない。

 すでに食べ終わった桃矢の口にまだ半分以上残っているクレープを突っ込むと、そのまま嬉しそうに食べ進める。


 「で、結局おつかいは達成したの?」

 「おかげさまで」

 「そうそう、凄かったんだよ!これはこういう効能があるから夜のみ、これはこういう効能だから朝晩って全部説明していくの!なんか薬剤師って感じだった!」

 「そりゃあ、本業だからね」


 言った後で本業はまだ学生だったと思ったが、いずれそうなるのだから態々訂正する必要もない。

 

 「へぇ。じゃあ、家業継ぐんだ」

 「まあ、たぶん」


 数人いる孫の中で今のところ適任は自分だ─というより、他の誰も継ぎたがらないだろう。


 「でも継ぐって言ってもまだまだ先の話だよね?だって親世代が引退してからだから・・・あと五十年くらい?」

 「五十って・・・あんた親にいくつまで働かせるつもり?」


 苦笑する翠に倣って璃子も同じ表情を取る。

 そこから紫音の兄の話や翠のバイオリンの話、桃矢のサッカーの話にここにはいない壮馬の話へと移り変わり、お開きとなった。


 「今度は壮馬そうまくんも一緒に集まろうねー!」


 ブンブンと大きく手を振りながら反対方向へと向かう紫音の横で翠が小さく手を振る。

 

 「はーい!またねー!」


 そしてこちらも負けずと手を振る桃矢。その手がまるで尻尾のように見える。

 

 「紫音ちゃんと翠ちゃん、どっちもいい子だね」

 「当たり前でしょ。あたしが無理して嫌な子と一緒にいると思う?」

 「いいや。そんなことするくらいならりっちゃんは一人選ぶね」


 流石よくわかってらっしゃる。

 伊達に長年の付き合いがあるわけではない。


 「でもさ、教えてないんだね」


 何が、なんて今更聞かない。


 「聞かれてないから話してないだけ」


 だって想像してみろ。

 聞かれてもないのに態々自分は両親はいませんなんていう必要はないし、何より気を遣われてしまう。

 あの二人は優しい。だからこそ、下手に事実を突きつけて困らせたくないと思ってしまう。

 

 「それでいいの?」

 「・・・どういうこと?」


 小首を傾げる。


 「だってそれじゃ、家族の話をされてりっちゃんは寂しくないの?」

 「寂しくないよ」


 きっぱり言い切る璃子に、桃矢が目を丸くする。


 「えっ、強がりとかじゃなくて?」

 「うん、違う。というか、覚えていないし」


 物心つくかつかないかの出来事で、元より記憶はあやふやだ。写真を見せてもらっても、なんとなく顔立ちが似てるから血が繋がっているのかと思えるくらいで特別な感情が湧くわけではない。

 それに璃子は天涯孤独ではない。


 「・・・そうなの?」

 「うん。それに産んでくれた親はいないけど、育ててくれたお爺ちゃんもいるし、兄弟みたいな壮ちゃんもいる」


 と、ここで小さい頃を思い出した璃子は意地悪な笑みを浮かべる。


 「一緒に着せ替え人形ごっこした桃(もも)ちゃんもいるしね」

 「なっ・・・」


 桃矢の顔がみるみる赤く染まる。


 「あれは忘れて!」

 「ふふ、嫌よ」


 桃矢のあまりの可愛さにしばらく女の子と勘違いしていた璃子は、一緒におままごとや人形遊びやリアルお着替えごっこなどをしていた。


 「まあ不名誉かもしれないけど、あんたもその一員ってこと」

 「不名誉だなんて・・・」

 

 そう言いながらもなんとも言えない複雑そうな顔で俯く。

 そしてその反応は璃子にとって予想外だった。桃矢のことだから普通に喜ぶと思っていたのに。


 じくりと胸が痛んだが、すぐに込み上げてきた感情に蓋をする。

 他人はどこまで行っても他人なのだ。自分で勝手に期待して落胆するなんて烏滸がましいにも程がある。


 「・・・そういえば、牧本先生と滝岸ってそんな昔から仲悪いの?」

 

 微妙な空気を打ち消すように話を変える。

 翠と合流するまでの道のり、桃矢と紫音はずっと文句を垂れていた。その中で牧本と滝岸のことについても少し触れていたのだ。


 「うーん、俺も人伝に聞いた話がほとんどなんだけど、滝岸が中等部に移動する原因になったのが牧センだったらしくて・・・」

 「て?」


 珍しく言い淀む桃矢に続きを促すと、渋々と言った様子で口を開く。


 「・・・これは噂なんだけど、なんか指導と称して女子生徒に手を出そうとしたらしい」

 「・・・」


 璃子は思わず自身の腕を掴んだ。

 教師といえど人間である。善人もいれば屑もいる。

 あのまま連れて行かれていたらどうなっていたのだろう。想像するのも悍ましい。


 「ごめん。怖がるかと思って黙ってた」


 謝る桃矢に璃子は頭を横に振る。

 無理に聞き出したのは自分だ。桃矢が謝る必要は微塵もない。


 「そうだ。りっちゃん、今日はうちでご飯食べていけば?」

 「え?」

 「なんなら泊まっていけばいいよ。服はねぇちゃんのがあるし、布団も言えば出てくるから」

 「えっ、ちょっ、そんな急に!?」

 

 たしかに思い出した時に一人だと心細いが、だからといって急に押しかけるなんて非常識にも程がある。


 「だって今日は店番ないんでしょ?」

 「それは・・・そうだけど」

 「うちが嫌なら赤やん家にお願いしなよ。なんかよくわからないけど、すごく嫌な予感がするから」


 嫌な予感。

 桃矢がそう言う時は大抵昔から何かが起きるのだ。


 「それに最近ここら辺で物騒な事件起きてるし」

 「ああ、あの犬の事件?」


 あまり大々的に報道されているわけではないが、最近市内で野良犬が殺されるという事件が起きている。詳細は捜査上あまり詳しく発表されていないが、対象が動物から人間に移ることはこれまでにもよくあることだ。学校側から気をつけるようにとの指導もあり、近隣の高校生はほぼ全員知っているはずだ。


 「それに今晩はハンバーグだし」

 「・・・」


 ごくりと喉が鳴る。

 油っこいものは苦手だが、ハンバーグだけは別腹なのだ。

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