ドラゴンのお伽噺 ~真っ黒なドラゴン~

笹月美鶴

ドラゴンのお伽噺 ~真っ黒なドラゴン~

 昔々ある山に、黒いドラゴンが住んでおりました。


 ドラゴンは山の洞窟の奥深くで、ひとつの卵を産みました。

 卵は優しくあたためられ、やがて、真っ黒なドラゴンが生まれます。

 とってもかわいい男の子。


 おかあさんドラゴンは真っ黒なドラゴンをとてもかわいがりました。

 ちいさなドラゴンが危ない目にあわないように、洞窟から一歩も外に出さず、それはそれは大切に育てました。



 時が過ぎ、真っ黒なドラゴンはすくすくと成長します。

 でも一度も外に出たことがないので、真っ黒なドラゴンは外が怖くてたまりません。

 どんなにおかあさんが外に行こうと誘っても、真っ黒なドラゴンは闇の中で丸くなって動きません。


 おかあさんドラゴンは真っ黒なドラゴンをこの真っ暗な洞窟に閉じ込めて育てたことを後悔しました。


 私は間違っていたのだろうか。

 もっと自由に大きな世界を見せて育てるべきだった。


 いまさら後悔してもどうしようもありません。



 ある日、おかあさんドラゴンは考えました。

 おかあさんドラゴンは真っ黒なドラゴンにそろり近づくと、あっという間に彼の右目を取り出しました。


 なにをするのおかあさん!


 驚いた真っ黒なドラゴンが叫びます。

 おかあさんドラゴンは真っ黒なドラゴンの叫びに心を痛めながら、その抜き取った右目を宝玉に込め、手にしっかりと持ちました。


 かわいい子、あなたに外の世界を見せてあげましょう。

 きっと気に入るはずよ。


 そう言うとおかあさんドラゴンは洞窟を出て、大空に飛び立ちます。

 その手には、真っ黒なドラゴンの目を入れた宝玉を持って。



 おかあさんドラゴンが外に出ると、真っ黒なドラゴンにとても不思議なことがおこりました。

 おかあさんドラゴンが持つ宝玉に入った目が見ている光景が、真っ黒なドラゴンにも見えたのです。


 はじめて見る外の世界。

 空は青く、風まで感じるようです。

 おかあさんドラゴンは真っ黒なドラゴンの目に、いろいろなものを見せてあげました。


 空、森、木、動物、街、人間、山、湖、……。

 どれもはじめて見るものばかり。


 なんて広いんだろう! なんてきれいなんだろう!


 真っ黒なドラゴンは大喜びです。



 しばらくしておかあさんドラゴンが帰ってきて、真っ黒なドラゴンに言いました。


 外はすばらしいだろう? さあ、一緒に出かけよう。


 真っ黒なドラゴンは首を振りました。


 外はすばらしいけれど、やっぱり怖い。


 おかあさんドラゴンはため息をつきました。

 けれど、気長にやっていこう。

 そう、思いました。


 次の日も、その次の日も、おかあさんドラゴンは真っ黒なドラゴンの目にいろいろなものを見せてあげました。

 真っ黒なドラゴンはとても喜びましたが、やっぱり洞窟から出てきません。



 ある日、真っ黒なドラゴンが言いました。


 おかあさん、ぼくのもうひとつの目も持っていって。すてきな景色を両方の目で見たいんだ。


 おかあさんドラゴンは悩みました。


 それなら一緒にくればいい。そして自分の目で見ればいい

 この目はすぐに返してあげるよ。


 そう言っても、真っ黒なドラゴンは洞窟から決して出ようとしません。

 たいそうおびえてその身を震わせます。

 それを見るとおかあさんドラゴンは何も言えなくなるのでした。

 仕方なくおかあさんドラゴンは真っ黒なドラゴンの左目を取り出して、宝玉の中に込めました。

 真っ黒なドラゴンは両方の目を抜き取られ、もう何も見えません。


 おかあさんドラゴンは真っ黒なドラゴンの両の目を持って、大空を優雅に飛んでいきます。

 両方の目で見た景色は片方の目で見るよりも美しく広く感じられ、真っ黒なドラゴンはとても感動しました。

 おかあさんドラゴンはいつか一緒に飛べる日を信じて、真っ黒なドラゴンに一生懸命珍しいものを見せようと飛び続けます。



 そんな毎日がいくにち過ぎたでしょう。

 真っ黒なドラゴンが暗い洞窟の中で大空の景色を楽しんでいた時、視界が突然がくんと揺れて、すごい勢いで下に落ちていきました。

 おかあさんドラゴンの大きな体が地面ではずみ、真っ黒なドラゴンはその振動を感じた気がしました。

 握りしめられた宝玉の指の隙間から見えたのは、おかあさんドラゴンに向かって走ってくるたくさんの小さな生き物。


 手に剣や槍を持った人間たち!


 真っ黒なドラゴンの目の前に、おかあさんドラゴンの手がしっかりとそえられます。おかあさんドラゴンはかわいいわが子の目を必死に守ろうとしているようでした。

 視界は赤く染まり、目の前に尖ったものが迫ったかと思うと、何かが割れた音が真っ黒なドラゴンの頭に響きます。

 そして、真っ黒なドラゴンは何も見えなくなりました。


 おかあさん! おかあさん!


 いくら呼んでも、おかあさんドラゴンは帰ってきません。

 何にち待っても、おかあさんドラゴンは帰ってきません。


 何も見えなくなった真っ黒なドラゴンは暗い洞窟の中で丸くなり、決して外には出ないまま、いつしか闇に溶けていきました……。

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