第70話 部屋の中から見える景色も良いし、最高だな
「ふわぁ……のどかな天気じゃな」
ベーアは欠伸をすると目の前の風景を楽しみながら馬車を操縦していた。
アースが用意した気温を調整する魔導具のお蔭で風の膜ができ、冷気を遮断してくれるので御者台に座っていても暖かいのだ。
先程から、前方にはアースたちと同じく巡礼に訪れた馬車が並んでいるのだが、御者は白い息を吐いて手を暖めていた。
「それにしても凄いのう」
ブレスの街に入る順番待ちを見てベーアは驚く。
毎年、賑わっているとは聞いてはいたが、実際に見るとあまりの人の多さに圧倒される。
「うわぁ、あれがブレスの街の壁なんですね。あの模様は失われた古代文字で描かれていて街の結界を構築しているんですよ」
馬車の窓から顔を出したアースは模様を見て感激していた。流石はラケシスやリーンに魔導オタクと言われるだけはある。
「それにしても珍しく順調な旅路だったな。やはりトラブルメーカーがいないのは大きい」
ケイは道中を思い出すとそう呟く。リーンとラケシスがいなかったせいか、モンスターも寄ってこずトラブルにも巻き込まれなかったのだ。
旅の途中、数日野営をしたのだが、その時にはアースが特別に用意した料理を振る舞い、他に野営している人々とも意気投合して酒を酌み交わしたり。遠目に火事が見えたが、どこぞの魔道士が寝ぼけて魔法を暴発させたようですぐに鎮火されたので問題はない。
三人は旅行を満喫している間に気が付けばブレスまで到着していた。
「とりあえず、中に入ったらリンダさんが紹介してくれた宿に向かいましょう」
そこらの安宿でも良いのだが、せっかくの旅行ということで、高い宿に泊まることにした。元Sランク冒険者のリンダに紹介状を書いてもらったのだ。
それからしばらくしてアースたちはブレスへと足を踏み入れた。
「うーん。良い宿だ」
床は乾燥させたミグサを編み込んだタタミでできており、草の臭いが部屋に漂う。
部屋の中央には漆が塗られた座卓と、その上にはサービスの菓子と茶道具が置かれている。
「部屋の中から見える景色も良いし、最高だな」
ケイは柱に寄りかかりながら外を見ていた。
透明なガラス張りの戸からは庭に出られるようになっており、小石で敷き詰められた地面に池と、風流な光景が演出されている。
「流石はリンダさんお勧めですね。宿泊費を聞いた時は目が飛び出るかと思いましたけど……」
事前の説明でAランク冒険者以上しか泊まれないと言っていたが、この値段ならば頷ける。
「お蔭で年の瀬の混雑にも拘わらずこうしてゆっくりできるのだからな。そこはよかろう」
安宿などは部屋すらまともに確保することができず、ロビーで雑魚寝させられる程混雑しているのだ。旅行を満喫するというからには、快適さを惜しむのは間違っている。
「ここはにごり酒という呑みやすい名酒を出すらしいからな、今日は男三人だ。ゆっくり酒を酌み交わそうぜ」
ケイはそう言うと、早速お品書きに目を通すと酒とつまみを女将に注文する。道中酒を呑めなかったので、ここから挽回するつもりらしい。
「そうですね。普段は呑まないようにしていますけど、こういう時くらいはお付き合いします」
それがわかったからか、アースは笑みを浮かべるとケイに答えた。
この後運ばれてきた料理が美味かったこともあってか、三人は大いに盛り上がるのだった。
★
「ふぅ、落ち着きますね」
露天風呂に浸かりながら、カタリナは夜空を見上げる。
澄んだ空には無数の星が浮かび、漂う湯気が周囲を覆う。人目を気にせずにいられる隔絶した空間は聖女のカタリナにとってとても貴重な時間だった。
左腕を上げ、湯から肌を出すと撫でてみる。この温泉は美肌効果もあるらしく、染み一つない白い肌は益々艶をおび綺麗になっていた。
ロマリア聖国に戻ってから一ヶ月、徹底的に働かされたカタリナは、久々の休暇を楽しんでいた。
レミリアによって手配された旅館は格式が高く、外部との接触を遮断してくれるので、名と顔が知れているカタリナでも安心して寛ぐことができる。
そこで出された料理に舌鼓を打ち、口当たりの良い酒を少し嗜んだカタリナは、ほろ酔いになったところで名物の温泉に浸かろうと腰を上げたのだ。
「ふふふ、こうして髪や肌を磨くのも悪くありませんね」
呪われていたころは、自分の肌など見たくもなかったカタリナだが、アースに救ってもらってからは、周囲の評価もあってか自分の身体が整っていることを知った。
これが、彼に対する武器になるのなら、美しさを保つのも悪くない。
「願わくば、彼と同じ場所で年を越したかったですね」
流石に都合がよすぎる思考に苦笑いを浮かべる。
特に約束をしていたわけでもなく、カシューから随分と離れた場所にあるこの街を偶然アースが訪れる可能性は低い。
普段呑まない酒を呑んだせいか、カタリナは視界が段々とぼやけて行くのを感じた。
――チャプン――
その時、湯が跳ねる音が聞こえる。どうやら、自分以外にも誰かが温泉に浸かっているようだ。
お湯を掻きわけ誰かが近付いてくる気配がした。
湯気で相手の姿がはっきりと見えないカタリナは、笑みを浮かべると……。
「アース様ぁ」
酔いが回り、そのまま意識を失ってしまった。
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