第71話 夢なら……少しくらい、いいですよね?
「えぇっ⁉」
アースは突然の事態に声を上げた。
旅館に泊まり、ベーアやケイと宴会をしていたのだが、二人が冒険者の心得について語り始めたので話に入れなくなり、一人温泉に浸かりにきたのだ。
夜遅くということもあって貸し切りかと思い、温泉を満喫していたのだが、どうやら岩の裏に誰かいたようで、旅行先で人と話すことも楽しみの内とばかりにそちらへと移動した。
すると、アース以外の客が確かに温泉に浸かっていたのだが、それがカタリナで、彼女は手を伸ばすと意識を失ってしまった。
「危ない!」
意識を失っているカタリナが沈みそうになっていたので、アースは湯を掻き分けて近寄ると彼女を抱き締め、支えてやる。
近くで顔を見ると、まるで女神の生まれ変わりのような美少女ふりに、アースは思わず息を呑む。
「ちょ、ちょっと! カタリナ! こんなところで寝ると風邪ひくから! 起きてよ!」
温泉にて裸で肌と肌が触れ合っている状況だ。誰かに見られたら誤解されかねず、アースはどうにかカタリナを起こそうとした。
何度か声を掛けてみるが、起きる気配はない。
吐息からお酒の匂いが漂ってくることから、カタリナが酒を呑んでいることをアースは察した。
先程ベーアとケイが美味しそうに呑んでいたにごり酒。
二人から「この酒は強いから、呑みやすいけど酒になれていないなら呑みすぎない方が良い」と注意されていたアースはそこそこの量に留めていたのだが、独りで呑んでいたカタリナはその加減を間違えてしまったようだ。
アースは彼女の知り合いがいないか気配を探るが、どうやら温泉にいるのは自分たちだけのようだ。
裸で抱き合っているせいで、お互いの身体が密着している。特にカタリナの胸が押し潰され、極上の柔らかさを意識してしまい、アースの心臓は激しく脈打っていた。
「このままだとまずい、とにかく温泉から上がらないと」
じっとしていたら自分までのぼせてしまい、二人揃って温泉に沈む未来が見えたアース。
移動する間も、カタリナの様々な部分が身体に当たり刺激してくるのだが、どうにか鉄の意思で脱衣所へと運び込んだ。
「濡れたままだとまずいから拭かなきゃ……」
アースはカタリナを脱衣所へと横たわらせると、タオルを掛けてやる。そして、なるべく見ないようにしながら身体の水分を拭き取っていくのだが……。
「ぁ……ん」
おそるおそる拭いていたせいか、タオルが彼女の敏感な部分へと触れ、声が漏れた。意識を失った状態で突如響く嬌声にアースの手が止まる。
完全に硬直するアースだったが、それでカタリナが目を覚ますことはない。
今度は変なところに触れないよう、気を付けて身体を拭くと、彼女が着ていたと思われる浴衣を着せてやった。
「ふぅ、これでよし」
一仕事やり遂げたアースは汗を拭うとホッと息を吐く。そして自分も着物に着替えると、改めてカタリナに視線をやる。
「それにしても、本当にカタリナ?」
ここは、ロマリア聖国の聖地ブレス。確かに彼女がいてもおかしくないのだが、たまたま泊まった高級旅館で彼女に遭遇するという偶然は出来すぎではないか?
まるで何者かに空から行動を見られているかのような薄気味悪さを感じる。
そうこうしている間に、カタリナがピクリと動いた。
「うっ……ここは……?」
頭を起こし、まどろんだ瞳で周囲を見回すカタリナ。
彼女はまだ寝ぼけているようで、起き上がると、トロンとした目でアースを見る。
「どうやら呑み過ぎたみたいですね、このような夢を見るなんて」
自身の姿を見て浴衣を着ていることを確認すると、カタリナはこの非現実的な光景を夢だと判断した。
先程、湯船に浸かっていた時に『アース様に逢いたい』と願望を口にしたら、本人が現れたのだ。現実にはあり得ない奇跡だからこそ、彼女は判断を誤ってしまった。
「ふふふ、浴衣姿のアース様も格好いいです」
滅多に見ることのできない、レアなアースを見たカタリナは、微笑みを浮かべると手を伸ばしアースへと触れる。
「えっ? ちょっと……?」
混乱するアース。相手は酔っ払いだと認識しているので言葉が支離滅裂なのは仕方ないにしても、徐々に顔を近付けてくるカタリナのせいで、先程触れ合ったことを思い出してしまったのだ。
「ふふふ、熱くなってますよ、アース様。心臓の音まで聞こえてくるなんて、リアルな夢ですね」
腰を引いて下がるアースと、四つん這いで追いかけてくるカタリナ。アースはとうとう壁まで追い詰められると、怯えた様子でカタリナを見つめた。
「夢なら……少しくらい、いいですよね?」
そんな、珍しいアースの表情を見たカタリナは、悪戯心が芽生える。どうせ夢ならば、少しくらい欲望を解放しても構わないという……。
「えっ?」
彼女は両手をアースの首に伸ばし、身動きを取れないようにすると、自分の顔を近付けていく。
次の瞬間、二人の唇が重なった。
「んっ……ん……あぁ……はぁ」
舌が伸びてきてアースの唇をくすぐる。目を見開いて唇を閉じ、抵抗するアースだったが、カタリナの執拗な責めにあい、口を開いてしまう。
「んんっ⁉」
するりと舌が入ってきてアースのそれに触れ、絡みつくように吸われると、アースは思考の限界を突破し、されるがままになってしまう。
「…………はぁはぁ」
しばらくすると彼女は顔を放した。蕩けるような顔をして右手の指で自分の唇をなぞる。
その姿は艶やかで、普段の彼女ではまずしない恍惚とした表情を浮かべていた。
「うん? こうして触れていても消えませんね……って、まさか!」
「……か、カカカカ、カタリナ……」
カタリナの口付けの衝撃が大きかったのか、酔いが回ったのか、アースは顔を真っ赤にして名前を呼ぶ。
流石に妙だと思ったカタリナは、彼の身体にペタペタ触れると、
「本物っ⁉」
カタリナは両手で口を覆うと、目の前の想い人が幻ではないことに気付くのだった。
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