第58話 お久しぶりです、アース様。お会いしたかったです

「ふぅ、これで安静にしていれば平気だと思います」


 治癒魔法をかけ終えたカタリナは汗を拭うとほっと溜息を吐いた。


「カタリナ様、アースきゅんは大丈夫なんだよね?」


 リーンは心配そうな声を出すと、ベッドで寝ているアースを見る。


「どうなの?」


 ラケシスも先程までとは違い、真剣な表情を浮かべカタリナに問いかけた。


 リーンとラケシスの視線を受けたカタリナは皆を見渡すと説明を始めた。


「大丈夫です。私が見たところ、魔力の欠乏と疲労の蓄積のようですから」


 カタリナが治癒魔法を掛けたので容体は安定している。だが、消耗した魔力は休まなければ回復しない。


「そんな疲労なんて……。ラケちんがなにかした?」


「し、してないわよっ!」


 日頃の行いだろう。リーンが疑わし気な視線を送ると、ラケシスは顔を真っ赤にして否定した。


「早朝に頼まれて隣町まで送っただけだし、その時はあいつ普通に起きて家事してたわよ」


 早い時間から出かけるということで朝食やらなんやらの準備をしていたアースだが、特に変わった様子はみられなかった。


「隣町から戻ってくるだけでそんなに疲労したっていうの?」


 険しい顔でにらみ合う二人をみたカタリナは仲裁に入った。


「二人とも、アース様が寝ている横で争うのは止めませんか?」


「うっ!」


「ごめんなさい」


「とにかくアース様の様子は私が見ますので皆さんは先に休んでください」


 有無を言わさぬその言葉にアパートの住人たちは気圧されると部屋を出ていくのだった。



           ★



 食堂にてラケシスとリーンは向かい合って座ると眉をひそめていた。

 ケイとベーアはそんな二人から距離を取った場所に座っており、ただならぬ雰囲気の二人からとばっちりが来ないかと身構えている。


「ねえ」


「何よ」


 短いやり取りが二人の間で起こる。そのやり取りをきっかけに二人は顔を合わせると。


「さっきのカタリナ様の話に出てきた男の子ってさ……」


「……恐らくアースよね」


 先程のカタリナの目を見ればわかる。あれは完全に想いを寄せている相手へのものだった。


 二人は目を合わせると……。


「「はぁ~~~~~」」


 テーブルへと突っ伏した。


「そりゃアースきゅんは只者じゃないと思ってたけどさ。まさかカタリナ様の想い人だなんて思わないよ!」


「確かに、カタリナの想い人の優しさはアースに似てるとは思ったけどさ」


「ねぇ、大丈夫かな? 二人っきりにして平気だったかな?」


 リーンはラケシスの腕を掴むと引っ張った。


「知らないわよそんなこと!」


 ムスッとしながらラケシスは乱暴にリーンの手を払った。ラケシスも許されるならドアを蹴り破って突撃したいのだ。


「ふむ、話はよくみえないが、噂の聖女様はアース殿の知り合いということかな?」


「何かあるやつだとは思ってたけど、流石アースだな」


 二人の会話からまたアースが何かやらかしたと察したケイとベーアはひそひそと話すのだった。






 カタリナの目の前には無邪気な顔で眠るアースがいる。


 最後に会ってから四年の月日が経ち、その間に成長したのか以前よりも大人びて見える。


 あれからアパートの住人を追い出したカタリナは、しばらくの間アースの寝姿を見続けていた。


「うぅーーん」


「汗が出てきていますね」


 身体が熱いのか額に汗がにじみ出ている。

 カタリナはハンカチを取り出すとベッドに体重をかけてアースに近づく。そしてハンカチで汗を拭きとってやった。


 まるで血を分けた家族にするように献身的に接するカタリナ。ハンカチを動かし額から首筋にとアースが快適に眠れるように汗を拭きとっていく。


 だが、カタリナの触れ方がくすぐったかったのか、次の瞬間アースが寝返りを打った。


「きゃっ!」


 まさか急に動くと思っていなかったカタリナはバランスを崩しベッドに倒れてしまう。


 カタリナの視界にはつむじから見える柔らかそうな髪が見える。

 伝わってくる体温、胸元に感じるアースの吐息。


 二人は同じベッドで向かい合って横たわっていた。


「っ!?」


 突然の事態にカタリナは固まってしまう。心臓はドキドキしていて顔は血が噴き出しそうなほどに赤い。


「うぅん?」


 アースがカタリナに身を寄せる。鼻がカタリナの豊かな胸に触れる。かすかにアースの呼吸を感じたカタリナはそのせいで身動きがとれなくなった。


「んん?」


 鼻が触れたことで、アースの意識が覚醒した。


「あれ? いつのまにか寝ていた?」


 目の前には白い布地があり、何となくそれを見つめてしまう。


「隣町から戻ってきたまでは記憶にあるんだけど……」


 自分がベッドにいることに気付き記憶を取り戻そうとしている。


「これ、なんだろう?」


「きゃっ!」


 アースが目の前の布地を指でつつくと頭上から可愛らしい声が聞こえた。


 目の前から白い布が離れていく。距離が開き、全体を見つめられるようになるとアースは眉をひそめた。


「なんで僕のベッドに女の子が……?」


 カタリナは両腕で胸を抱くと恥ずかしそうにアースを見つめている。


「うん? どこかで見たような……?」


「え、えっと……その……ですね」


 追及するような目を向けるアースに、カタリナはしどろもどろになると言葉を発しようとした。


「もしかして、カタリナ?」


 次の瞬間、カタリナの目から涙が零れ落ちた。


「えっ? どうして急に泣き出すの? 僕悪いこといった?」


 慌て始めるアース。ハンカチを取り出すとカタリナへと握らせる。


 彼女はハンカチを受け取ると愛しそうにそれを抱きしめると、


「お久しぶりです、アース様。お会いしたかったです」


 美しい笑みを浮かべアースにそう言った。



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